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「残業がしばらく続いた」程度の疲労で活性化…うつ病と深い関係があり"ほぼ100%の人"が持つウイルスの名前

プレジデントオンライン / 2024年3月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは近藤一博著『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』(ブルーバックス)――。

■イントロダクション

多くの人にとって「疲労」は身近なものだろう。2023年に行われた日本人10万人を対象とする調査によると、78.5%もの人が「疲れている」と答えたという。

だが、残業などで「疲れた」というレベルから、うつ病にもつながる過労まで、疲労もさまざまだ。そうした分類や原因を、科学はどう解明しているのか。

本書では、日本の疲労研究をリードする著者が、疲労の原因やメカニズムについて、自身の研究成果を含む最新の知見を詳細に紹介している。

一般的には「疲れた状態」を指す言葉である「疲労」だが、一人ひとりの感覚である「疲労感」と、客観的に観察が可能な体の障害や機能低下である「疲労」は異なる。さらに後者は、一時的で休息により回復する「生理的疲労」と、持続的で休息したくらいでは治らない「病的疲労」に分けて考えなければならないという。

著者は、東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授。同大学疲労医科学研究センターセンター長を兼任。生理的疲労のメカニズムの解明、うつ病の原因遺伝子SITH-1の発見など数多くの業績をあげている。

序.疲労を科学するには
1.生理的疲労とはなにか
2.慢性疲労症候群 病的疲労の代表格
3.うつ病 究極の病的疲労
4.新型コロナ後遺症 見えてきた病的疲労の正体
5.ついにすべてがつながった
6.人類にとって疲労とはなにか

■疲労には「生理的疲労」と「病的疲労」がある

一般的に使用される用語である「疲労」には、2つの意味が含まれています。疲れたという感覚である「疲労感」と、疲労感の原因となる「体の障害や機能低下」です。

過剰な活動によって体の組織に障害が生じているときに、脳にその危険を知らせてくれるのが「疲労感」という感覚です。脳はこの感覚を感じることによって、無意識に活動を低下させます。

では、疲労感をもたらす原因となる「疲労」とは何でしょうか。疲労は、「生理的疲労」と「病的疲労」の2種類に大別されます。仕事や運動などで発生し、1日休めば回復するような短期的な疲労を、生理的疲労といいます。

これに対し、何カ月も続き、少々休んだくらいでは回復しない疲労は、病的疲労と呼ばれます。病的疲労のなかで、最も発生する頻度が高いのが「うつ病」の疲労です。また、「慢性疲労症候群」という原因不明の慢性疲労も有名です。

■ほぼ100%の人の体内に潜伏している「ヒトヘルペスウイルス6」

生理的疲労では、「疲れた」という感覚、すなわち「疲労感」は、脳の中で生じます。体内で産生された「炎症性サイトカイン」という物質が脳に入って、脳に働きかけることで生じるのです。炎症性サイトカインとは、その名の通り、体内の末梢(まっしょう)の組織(臓器や筋肉)で「炎症」が生じたときに細胞から分泌される「サイトカイン」と呼ばれる小さな分子のタンパク質のことです。

ところで、じつは私は、大学ではウイルス学講座の教授をしています。専門はヘルペスウイルスです。一般的にヘルペスウイルスの仲間は、子供のころに感染して何らかの疾患を起こしたあと、宿主の一生涯にわたり、その体内に潜みつづけます。この状態を「潜伏感染」といいます。潜伏感染しているヘルペスウイルスは、疲労など、何らかの刺激を受けると、再び増えはじめます。これを「再活性化」と呼びます。

われわれ(*著者の研究室)はヒトに感染するヘルペスウイルスの中で「ヒトヘルペスウイルス6」(以下は「HHV-6」と表記します)に注目しました。HHV-6は、ほぼすべての赤ちゃんに親や兄弟から感染し、突発性発疹を起こしたあと、ほぼ100%の人の体内で一生涯、潜伏感染を続けます。

聴診器を持つ赤ちゃん
写真=iStock.com/Casanowe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Casanowe

■「残業がしばらく続いた」程度の疲労で再活性化

われわれは、この潜伏しているHHV-6が、残業がしばらく続いた、といった中程度の疲労によって再活性化することを見出しました。

じつは、われわれは疲労の研究を始める前に、すでにHHV-6が再活性化するしくみを解明していました。それは具体的にいえば、HHV-6の再活性化が、真核生物翻訳開始因子「eIF2α」のリン酸化によって引き起こされる、という現象です。真核生物翻訳開始因子とは、核を持つ生物である真核生物の細胞が、タンパク質をつくる際に必要な因子です。

ヒトの体には、ストレスに反応するしくみが複数備わっていますが、そのうちの一つに、「統合的ストレス応答」(以下は「ISR」と表記します)と呼ばれるものがあります。この反応では、さまざまなストレスに対応するために、細胞がeIF2αをリン酸化して(*その本来の機能を奪い)、タンパク質の合成が起こらないようにします。

ストレスがかかった状態で無理にタンパク質をつくっても、正しいタンパク質がつくれず、変なタンパク質をつくって細胞が死んでしまったり、がんになったりします。ウイルスに感染されている場合は、タンパク質をつくっても細胞がウイルスに乗っ取られているので、ウイルスのタンパク質だけをつくってしまいます。こうした場合に、タンパク質合成をストップするのがISRというわけです。ISRは強く作用した場合には、「アポトーシス」という細胞死も誘導します。

■ストレスに応答するためのタンパク質が合成される

そして、ISRにはもう一つの働きがあります。通常のタンパク質合成が止まる代わりに、ストレスに応答するためのタンパク質が合成され、HHV-6の遺伝子にも働きかけて、再活性化を誘導、さらに、ストレスに応答するために炎症性サイトカインの産生も引き起こしているのです。

この知見をもとに、生理的疲労では「疲労感」と「疲労」の区別は次のようにまとめることができます。

疲労感……ISRによって産生された炎症性サイトカインが脳に伝わって生じる感覚
疲労……ISRを引き起こすeIF2αのリン酸化による細胞の停止や細胞死

疲労の原因はISRと呼ばれるストレス応答であり、それを引き起こすのがeIF2αのリン酸化ということになるわけです。

パソコンが置かれたデスクにうつ伏せになる女性
写真=iStock.com/Poike
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Poike

■うつ病を引き起こす危険因子となる遺伝子「SITH-1」

われわれは最近、うつ病を引き起こす危険因子であると考えられる遺伝子が、HHV-6が宿主の体内で潜伏感染しているときに産生されているのを発見することができました。この遺伝子をわれわれは、「SITH-1」と名づけました。

うつ病の原因として現時点も最も有力とされているのは、脳の炎症、とくにミクログリアやアストロサイトといった脳の免疫機能に関係するグリア細胞(*脳内に存在する神経細胞=ニューロン以外の細胞)での、炎症性サイトカイン産生の亢進(こうしん)による、という説です。

SITH-1は、HHV-6が脳のアストロサイトで潜伏感染しているときに発現している潜伏感染遺伝子です。同じ「SITH-1」という名前の、159アミノ酸からなる小さなタンパク質を産生します。

■SITH-1だけでは説明できなかった「脳内炎症」

うつ病患者の約80%が抗SITH-1抗体陽性であり、SITH-1を発現させたマウス(*SITH-1マウス)がうつ病様の症状を示すことから、SITH-1がうつ病の原因の一つであることは確実です。ところがうつ病には、SITH-1だけでは説明できない症状がありました。それが、脳内炎症です。

うつ病で脳内炎症が発生するメカニズムが、SITH-1マウスでは脳内炎症がみられなかったため、SITH-1だけで説明することができなかったのです。しかし、この本の執筆直前にわれわれは、新型コロナウイルス後遺症の研究を経て、SITH-1が抱えるこの問題を解決することができました。

S1タンパク質(*新型コロナウイルスが感染する際に生成されるスパイクタンパク質の一部)をマウスの鼻腔(びくう)内で発現させると、うつ症状がみられました。しかし、症状は少し異なりました。SITH-1マウスでは脳内炎症は生じなかったのに対して、S1マウスでは、うつ症状に加えて、脳内炎症が生じていたのです。

われわれは、S1マウスにあって、SITH-1マウスにないものを探しました。そして、SITH-1マウスの実験モデルでは、S1マウスには肺から供給されていた炎症性サイトカインがないことに気づきました。

■脳内炎症は「ブレーキ」の故障で引き起こされていた

うつ病の直接の原因で、最大のものは過労です。ならば、SITH-1マウスに、それを負荷してみようとわれわれは考えました。具体的には、薄く水を張った飼育ケージでSITH-1マウスを飼うことで、マウスを睡眠不足にしてみました。その結果、疲労したSITH-1マウスは、脳内炎症を起こしたのです。

火種となったのは、疲労負荷によって誘導されたeIF2αリン酸化による炎症性サイトカインでした。こうしてうつ病患者では、疲労が火種となり、SITH-1がその消火を阻むことで脳内炎症が引き起こされる、という現象が生じていることが明らかになったのです。

近藤一博『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』(ブルーバックス)
近藤一博『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』(ブルーバックス)

生理的疲労と病的疲労の本質的な違いは、脳内炎症が起きているかどうかです。そして、その違いを生むのは、脳の抗炎症機構が正常に働いているかどうかです。この機能が正常に働いていれば、労働や運動による疲労で炎症性サイトカインが大量に産生されても、脳内炎症は起こらず、病的疲労にまでは至りません。

では、何が脳の抗炎症機構を障害するのでしょう? まず挙げられるのが、SITH-1です。潜伏感染するHHV-6が発現させるこのタンパク質が、脳内炎症を生じさせるのです。

これまで、脳の炎症のメカニズムに関しては、脳の中でのウイルスの増殖や、脳の外から加わる炎症性サイトカインなど、炎症を増加させる「アクセル」の働きばかりが注目されていました。ところが、じつは炎症を停止させる「ブレーキ」の故障だったことがわかったわけです。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

■コメントby SERENDIP

著者は「疲労についての研究は日本が世界で最も進んでいる」という言説に対し、むしろ「世界の疲労研究が遅れている」と指摘。その原因として、欧米での疲労のとらえ方が日本とは根本的に異なることを挙げている。欧米では「疲れているのに無理して働く」のは愚かなこととされ、疲労の問題は自己管理や労働管理の分野で扱われ、医学的に重要視されてこなかった。ところが今回のパンデミック、そして「新型コロナウイルス後遺症」の広がりから、日本以外でも疲労を医学的に分析する気運が高まっているという。

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