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テレビがなくても受信料を根こそぎ徴収する…NHKが待ち望んだ「ネット受信料」がついに動き出す【2023下半期BEST5】

プレジデントオンライン / 2024年3月23日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Worawee Meepian

2023年下半期(7月~12月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。国際・政治経済部門の第4位は――。(初公開日:2023年10月20日)

■ネット配信が“必須業務”になったNHK

NHKのネット事業が「放送」と同じ「必須(本来)業務」に位置づけられることになった。1950年に「放送」を行うために創業したNHKにとって、「放送」も「ネット」も行う「第二の創業」となる歴史的転換点を迎える。

総務省の有識者会議「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」が8月末にとりまとめた報告書で、「ネット」の必須業務化が確定、「ネット受信料」の創設も盛り込まれた。

パブリックコメント(意見募集)も9月末に締め切られ、年内に細部を詰めたうえで、放送法の改正案を作成、早ければ2024年の通常国会で成立する見通しで、NHKは名実ともに「公共放送」から「公共メディア」に変貌する。

ネット事業を「放送の補完業務」から「放送と同様の必須業務」に格上げすることは、NHKの長年の「悲願」だった。テレビ離れ・NHK離れが急速に進み受信料収入の減少が確実視される中、テレビを持たない人にネットで番組を提供し受信料を徴収することが持続的な経営安定の必須条件と捉えているからだ。

メディアやコミュニケーションの主舞台が「ネット」に移行し、オールドメディアの仲間である新聞社や民放局が特段の規制もされずにネットへのシフトを強める中、NHKだけが「放送限定」という放送法に縛られていた枠組みから、ようやく解放されることになる。その意味では、歴史の必然ということもできよう。

ただ、「ネット」が必須業務になった場合の詰めの議論はこれからで、「公共メディア」の再定義や「ネット受信料」の枠組みなど、整理しなければならない新たな難題が山ほど待ち受けている。

■テレビがなくてもNHKが見られる環境づくり

NHKは早くから、「ネット」の必須業務化に向けて着々と布石を打ってきた。

文字ニュースの「NHK NEWS WEB」を立ち上げ、過去に放送した番組を有料配信する「NHKオンデマンド」をスタート、そして放送と同時に番組を配信する「NHKプラス」のサービスを開始した。一方、水面下では、永田町や霞が関の応援団づくりに腐心し、周到に根回しを進めてきた。

有識者会議の報告書は、「ネット」の必須業務化を明確に示したが、実は2022年秋に総務省が「公共放送ワーキンググループ」を発足させた時点で、今回の結論は予想されていた。政策の方向性を打ち出すために有識者会議を活用する手法は、役所の常套手段だからだ。自民党も事実上容認していたので、初めから大きな障害はなく、既定路線だったのである。

つまり、有識者会議のテーマは「必須業務化の是非」ではなく、「必須業務化のための環境整備」だったと言っていい。会議では、さまざまな角度から問題点が指摘され細かな条件が提起されたが、「必須業務化」の本筋にかかわるものではなかった。NHKにしてみれば、会議の議論を静かに見守ってさえいればよかったのだ。

ようやく大望が実現する運びとなり、まさに「宿願成就」である。

NHK大阪放送局舎
写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

■NHKの悲願は達成したけれど、課題山積

「ネット」の必須業務化が決まったが、NHKには新たな難題が突きつけられている。

全国あまねく「ネット」のサービスを展開する①「公共メディア」の再定義に始まり、②「ネット視聴者」に提供する番組・情報の範囲や内容、そして視聴者にとってもっとも気になる③「ネット受信料」のあり方や徴収額など、詰めなければならないテーマが山積している。いずれも、有識者会議での議論は生煮えで、これからの整理になる。

順を追って、見ていこう。まず、これまでにもたびたび話題になってきた「公共メディアとは何か」という大命題だ。

ネット空間には、フェイクニュースが飛び交い、フィルターバブルやエコーチェンバーを形づくる歪んだ情報があふれ、昨今は「インフォーメーション・ヘルス(情報的健康)」という概念も重視されるようになった。それだけに、正確で公正で健全な情報を国民に届け、権力と対峙(たいじ)するジャーナリズムとして、信頼できる報道機関の重要性は増す一方だ。

しかし、「公共メディア」の看板を掲げるNHKが、その使命を全うできるかどうか、懐疑的にならざるを得ない。

■求められる「公共メディア」の再定義

NHKは、ときに政権寄りの体質が露呈し、国民は政権との近さが番組づくりに影響しているのではないかという不信感を抱き続けている。

古くは2001年の従軍慰安婦問題に絡む番組改編疑惑、14年には「政府が右ということを左というわけにはいかない」と言い放った会長発言、最近では2020東京五輪の反対派を陥れるような虚偽字幕問題など、「国営放送」と揶揄されるような「事件」は枚挙に暇がない。

また、番組への干渉を禁じられている経営委員会が番組に事実上介入したかんぽ不正販売問題では主導した人物がいまだに経営委員長の座に居座り続け、前会長が認められていないBS番組のネット配信予算を独断で決裁するなど、ガバナンスの機能不全は目を覆うばかりだ。

「口先だけの公共メディア」ではなく「真の公共メディア」に脱皮できなければ、国民の支持は得られないだろう。

NHKは、自ら「公共メディア」を再定義し、実践することが求められる。

■ネット配信する番組・情報はどうなるのか

次に、「ネットの必須業務化」の意味合い。それは、「放送」と同様に「全国あまねく番組を提供しなければならない」という義務を負うことにほかならない。言い換えれば、全国どこでも、テレビを持たなくても、ネットを利用できる環境にある人には誰でも、NHKの番組を見られるようにしなければならないのである。

少し説明的になるが、メディアの成立要件として「メディアの三要素」という概念がある。「情報」「伝送路」「端末」のことで、いずれが欠けてもメディアとして機能しない。

放送における「情報」とは「番組」を指し、「伝送路」は電波、「端末」はテレビやラジオである。一方、必須業務になるネットの「情報」は放送と同じ「番組」だが、「伝送路」は通信ネットワーク、「端末」はパソコンやスマートフォンが該当する。

つまり、視聴者は、NHKの「番組」を、電波でも通信ネットワークでも「伝送路」を選ばず、テレビ・ラジオでも、パソコン・スマホでも、さまざまな「端末」で見られる、という図式になる。これが「ネットの必須業務化」の本質であり、2000年代から唱えられてきた「放送と通信の融合」の究極の実践にほかならない。

テレビを手中に収めんとする男性
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

国内の通信インフラは通信事業者によっておおむね整えられているが、全国津々浦々となるといささか心もとないところもある。また、サッカーやラグビーのワールドカップのようにネット視聴者が集中したときに、つながりにくくなったり途切れたりしないよう安定的に配信できるかどうかは予断を許さない。このため、NHKとして、通信ネットワークの確保や高性能サーバーを含めたシステム構築などの環境を整えばならなくなる。

■いまは「この映像は配信しておりません」と表示されるケースも…

報告書は、ネット配信の「範囲」を「放送番組と同一のもの」と規定した。つまり、「放送」でも「ネット」でも同じ番組を提供することが義務づけられたのだが、「NHKプラス」の現状をみると、視聴できるのは総合テレビとEテレの地上放送だけで、衛星放送も、国際放送も、ラジオ放送も対象外だ。

この点については、有識者会議は年内に結論を出すとしているが、仮に現状のままで衛星放送などに拡大しなければ、ネット配信が「放送番組と同一のもの」にならず、有識者会議は自ら天にツバしかねないことになる。

また、著作権の絡みから、高校野球や大リーグなどスポーツを中心に「放送」で視聴できても「ネット」では見られない番組が少なくない。ニュースでさえ、いわゆる「ふたかぶせ」と呼ばれる手法で、突然画面がフリーズして「この映像は配信されておりません」と表示され音声も出なくなる事態が頻出している。

「放送」と「ネット」で見られる番組に違いがあるようでは必須業務の義務を果たせたとはいえず、「ネット受信料」を払うことになるネット視聴者から強い不満が出るのは避けられそうにない。

■ネット記事は廃止する方向に

一方、報告書は、放送番組以外のコンテンツは限定的であるべきとの見解を示した。現在提供している無料の文字ニュースは「災害時など緊急性のある情報に限定」し、「いったん廃止されるべき」と明示した。放送法の趣旨からすれば、きわめてまっとうな整理だろう。

とくに問題になったのは、「理解増進情報」というNHKに認められたネット上の情報提供だ。当初は、番組の周知・広報などの情報をささやかに発信していたが、最近はニュースの深掘り記事や、YouTubeでの動画、地域局における課題解決におけるコミュニティー運営など、なし崩し的に範囲が拡大、「放送」とはかけ離れた内容も目立つようになっていた。

日本新聞協会や日本民間放送連盟(民放連)が厳しく糾弾した結果、ワーキンググループがまとめた案にあった「放送番組の時間的制約のために載り切らなかった情報」も、最終的には廃止の対象になった。

「ネット」の特性を活かした「番組プラスアルファの情報」を発信すべきとの意見もあるが、そのためには放送法を根本から見直す必要がある。それこそ「公共メディアとは何か」という議論に委ねなければならない。

■ついに「ネット受信料」の徴収に動き出す

さて、もう一つの大きなテーマが「ネット受信料」の創設だ。これでNHKには、テレビを持たないネット視聴者からも受信料を徴収できる道が開かれることになる。

ネット視聴者にとってはもっとも気になる問題だが、有識者会議は基本的な考え方を示しただけで、具体的な制度設計は先送りされた。というのも、検討しなければならない課題がたくさんあるからだ。

報告書は、テレビを持たずにスマートフォンやパソコンだけで番組を見ようとする視聴者に対して「相応の費用負担を求める」と明記。「通信端末を持っているだけでは徴収すべきでない」としたうえで、「アプリのダウンロード」「IDやパスワードの取得・入力」など、視聴意思が外形的に明らかになるような積極的行為を徴収の要件に挙げた。

逆にいえば、チューナー非搭載のテレビやNHKの番組を見られるアプリをインストールしていないスマートフォンを持っているだけでは、受信料を払う義務を負わなくてもよいことになる。

■実際に徴収するには課題が多い

ただ、報告書が挙げた徴収の要件では矛盾が起きる。放送法は「受信設備をもっている者は受信契約を結ばなければならない」と定めているのに、「アプリのダウンロード」「IDやパスワードの取得・入力」を要件にすることは、事実上のスクランブル放送を容認することになる。

「放送」は、受信料を払っていなくても受信端末を持っていれば番組を見ることができるのが実態で、これはNHKが災害などの緊急情報は全国あまねくだれにでも届けることが「公共放送」の使命と位置づけているからだ。放送法の趣旨にも沿っている。

ところが、報告書は、「ネット」の場合、受信契約した人しか番組を見られないと規定した。これでは、情報の空白地帯に置かれてしまう人が生まれ、「公共メディア」としての基本理念とは相いれなくなる。

となると、「放送」と同様に、「ネット」でもだれもが受信できる環境を用意したうえで受信契約を結ぶ形を想定しなければならないはず。もっとも、そうなったら「ネット受信料」の徴収に応じる人は限定的になるだろう。

■放送は1世帯1契約だが…

次に、「ネット受信料」を、「放送」と同じように世帯単位で徴収するのか。それとも、個人で受信契約するのか、という基本的な問題がある。「放送」と同じならば1世帯で1契約となるが、「ネット」は家族そろってテレビの前に座って見るという視聴形態が想定されない以上、世帯単位を推す積極的理由に欠ける。

仮に世帯単位となった場合、利用する家族を特定しなければならないし、利用端末を1台ずつ登録しなければならなくなる。言い換えると、IDをいくつ発行するのか、それとも1つのIDを共用するのか。また、1IDあたり何台までの端末を使えるようにするのか、などを詰めなければならない。そうでないと、受信契約していない第三者が自在に視聴できてしまう懸念が生じる。

では、個人単位となればスムーズに運ぶかというと、そう単純ではない。新たに家族がネット視聴したくなった時に、別途、個人契約を結ばなければならないのであれば、1世帯で複数契約することになり、「放送」の1世帯1契約に比べて不合理な格差が生じる。

家電量販店のテレビ売り場で立ち尽くす女性
写真=iStock.com/Filipovic018
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Filipovic018

■いつまで「特殊な負担金」と言い続けるのか

一方、既に受信料を払っている世帯には追加徴収しないのが原則となる(現行制度では「NHKプラス」を見ようとすれば受信料を払わねばならない)が、「NHKプラス」は、1世帯1IDを発行し5台の端末が利用できるように設定されている。このため、家族ではない第三者が利用しても追跡することは難しい。「ネット受信料」が導入された場合、もっと厳格な仕組みが必要になろう。

もっとも、「ネット」が必須業務となれば、「NHKプラス」は、「プラス」でなく「NHK」そのものになるから根本的な見直しを迫られよう。

さらに大きな課題は、「ネット受信料」の徴収額をいくらに設定するかだ。

高校野球や大リーグのスポーツ番組など「放送」では見られるのに「ネット」では見られない番組がたくさんあるのに、「放送」と同額の受信料を徴収できるのか、との指摘がある。NHKは、視聴の「対価」ではなく「特殊な負担金」という説明で切り抜けようとするだろうが、ネット視聴者の反発は免れない。

「ネット受信料」の徴収対象者は、現時点ではそれほど多くないとみられるが、テレビ離れが進む中、近い将来、ネット視聴予備軍がぐっと増えることが予想されるだけに、大きな問題に発展するだろう。

受信料に格差をつけるか、著作権問題を早急にクリアして「放送」と同じ番組を見られるようにするか、早々に判断が求められる。

■全世帯から一律徴収する「放送負担金制度」の導入余地も

ことほどさように、テレビを持たない人を対象にする「ネット受信料」は、さまざまな難題を抱えている。

受信契約を義務づけられているにもかかわらず3割程度の世帯が受信料を払っていない中途半端で不公平な日本の受信料制度は、「ネット受信料」の導入を機に全面的に見直されるべきだろう。

こうした難解な方程式を解くために参考になるのが、ドイツが2013年から導入している「放送負担金制度」だ。受信機器をもっているかどうかにかかわらず全世帯から一律に一定額(年220ユーロ=約3万5000円)を徴収する仕組みだ。

これまで、日本の視聴習慣にはなじまないとしてあまり推奨されてこなかったが、いざ「ネット受信料」の徴収となった時点で、さまざまな矛盾や課題を解消するための方策として検討する余地があるのではないか、という声も出始めた。

もし導入されると、「うちにテレビはありません」「スマホは持っていません」と言っても通用しなくなる

受信料問題は、常に炎上するテーマだけに、だれもが納得する着地点を見出すのは容易ではない。NHKの経営戦略的視点ではなく、ネット視聴者の目線に立った決着が図られるように知恵を出してもらいたい。

■アナログな法体系では限界だ

こうしてみてくると、「ネットの必須業務化」は決まったものの、実際に運用を始めるまでには多くのハードルがあることがわかる。

1950年に施行された放送法は、あくまで「放送」を規律するための法律で、「放送」を取り巻く環境が変わるたびに改正を重ねてきた。増改築を繰り返し、今やツギハギだらけの摩訶不思議な法律になってしまっている。

このため、「ネット」の必須業務化を規定しようとすると、少々の手直しでは済みそうにない。もはや、通信と放送が融合する時代にふさわしい法体系を検討するタイミングにきているのではないだろうか。

放送法をこねくり回すのではなく、新たにデジタルメディア法やNHK法を策定することを考えてはどうか。さらに、電気通信事業法まで含めた情報通信法制のガラガラポンまで想定しないと、デジタル時代にふさわしい適切な法規制はできないかもしれない。

壮大な話だが、急速に進展するデジタル社会は、アナログ時代の法体系では律しきれないところまできていると認識すべきだ。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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