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ドイツ進出は完全なリスクになった…「テスラ工場襲撃事件」で過激派を非難できないショルツ政権の末路

プレジデントオンライン / 2024年3月27日 9時15分

約3000台が収容できる広大な駐車場。多くはテスラ製で、充電スタンドにつながれていた(3月20日) - 筆者撮影

■ベルリン郊外に広がる“巨大未来工場”

3月20日、テスラのギガファクトリーを見てきた。3月5日の朝方、極左グループによって攻撃された工場である。

テスラのギガファクトリーは、ベルリン市から40kmほど南西、ブランデンブルク州に入ったすぐのグリュンハイデという町にある。アウトーバーンを、「ギガファクトリー」の看板に従って降りた途端、目の前に、文字通りギガ(巨大)で未来っぽい建物群が現れる。最初の建物の前面には、「WE ARE GIGA WE ARE THE FUTURE」の文字が踊り、周辺は見渡す限りの広大な駐車場。3000台分のスペースという。

そのうちの2~3割には、各駐車スペースにそれぞれ充電装置が設置されているが、そこは満車状態で、もちろん、ほとんどがテスラ。いずれにせよ、何百台ものEVがずらりと並び、全車両にコードがつながっている光景は、あたかも未来を予言するようで、かなりのインパクトだった。

勢いだけでいえば、ベンツもBMWもすでに負けている。近い将来、テスラを所有することが、ドイツの金持ちのステータスになるのではないかというような考えさえ、頭を掠(かす)めた。

■住民1万人を巻き込む放火事件が発生

3月5日、このギガファクトリーに電気を供給していた重要な送電塔が放火され、生産が8日間、完全に停止した。しかも、ブラックアウトはテスラの工場だけでなく、ベルリン市南部の住人1万人を巻き込んだ。そこには病院や老人ホームもあったため、人命を危険に陥れかねない卑劣な犯罪である(テスラの工場以外の停電は、放火された日の夕方には復旧)。

卑劣さは、詳細を見るとさらに極まった。というのも、火災の報を受けて、送電塔に向かおうとした消防や警察が見たものは、地雷を仕掛けたことを示唆するプラカードだったのだ。当然、消火活動は安全確認が終わるまでできなかった。

ちなみに、ドイツの行政の大きな問題の一つが、あまりにも肥大した官僚制で、膨大な書類の提出や複雑な認可制度が健全な産業発展の足枷(あしかせ)となっている。高速道路一本の認可に10年以上かかることさえある。

ところが、このテスラのギガファクトリーだけは、2019年の終わりにイーロン・マスク氏が建設の意思を示した後、異例の早さで認可がおり、300ヘクタールもの森が提供され、木が伐採された(テスラは他の場所にそれと同じ面積の植林をした)。そして、20年には工場群の建設が始まり、22年3月には早くも初のドイツ生まれのテスラが誕生。現在、1万2500人が働いており、モデルYなどのラインが稼働し、生産台数は年間37万台まで伸びている。

■建設予定地の木の伐採をめぐりトラブルに

テスラはこれを今後、50万、そして100万台にまで増やしたい意向で、それを見込んで、現在、さらに100ヘクタール余りの拡張を計画している。専用の鉄道駅と巨大な物流センター、加えて従業員の子供の託児所の建設なども予定されているが、ただ、拡張については、近隣の住民や自然保護団体が反対していた。理由は、この地域が水源保護地域であるため、地下水の枯渇、あるいは汚染が懸念されること、そして、木の伐採などが挙げられている。

さらにこの状況下で何が起こったかというと、反対運動に極左の過激な活動家たちが参入してきた。80人から100人といわれる活動家は建設予定地に忍び込み、「テスラを止めろ!」のスローガンを抱えて伐採前の林を占拠した。伐採を妨害するため、木の上に小屋を作って立て篭もるのは、極左の活動家がよく使う手だ。警察が、放火事件と、この占拠組との関係を調べているという。

では、放火をしたのは誰だったのか? 事件の同日、“Vulkangruppe“という組織が犯行声明を出した。Vulkanとは火山で、Gruppeはグループなので、直訳すれば“火山グループ”。気候保護という名目で犯罪行為さえも正当化する過激派だ。

道路に張り付いて交通妨害をしたり、美術館で作品を汚したりという犯罪行為で有名になったラスト・ジェネレーションと通じるものがある。バイエルン州は、最近、州内で頻発していたインフラに対する一連の放火事件が、火山グループの仕業であったかどうか、捜査し直すと発表した。

■イーロン・マスク氏は「極端にバカ」と大激怒

さて、火山グループの声明文によれば、目標はテスラのギガファクトリーの完全破壊だという。ただ、声明文の内容は、「テスラは、地球、資源、人間、労働力を食い尽くし、その代わりにSUVや、人殺しマシーンや、怪物トラックを吐き出す」とか、「エーレント・マスク(「エーレント」は、哀れ、惨め、卑しいなどという意味のドイツ語で、マスク氏の名前であるイーロンに掛けてある=筆者注)のようなテクノファシストたちを伐採することは、『家父長制からの解放』への一歩である」とか、私には意味不明の文章も多い。

ただ、犯罪行為を肯定していることは確かで、最終的にはラスト・ジェネレーションと同じく、体制の転換を目指しているようだ。ドイツには、共産主義革命を謳(うた)うこの手の組織が多くある。

一方、自分の工場を攻撃されたマスク氏ももちろん黙ってはいない。即日、Xに、「彼らは地球上で最も愚かなエコテロリストか、あるいは環境保護を望んでいない人たちの操り人形のどちらかだ。化石燃料車ではなく、電気自動車の生産を停止しようとは、極端にバカ」と投稿。最後の「極端にバカ」のところだけ、わざわざ「ist extrem dumm.」とドイツ語で書いてくれているところが可笑(おか)しい。

■炭鉱を襲撃しながら、CO2ゼロの原発も反対

左翼の「気候活動家」は、これまでガソリン車やディーゼル車の駆逐に狂騒していたのだから、そういう意味では今回のテスラ攻撃は辻褄が合っていない。いや、思えば左翼はこれまでも、CO2削減のために炭鉱を襲撃しながら、一方ではCO2を出さない原発の停止も求めるという非論理性もなんのそのだったから、辻褄などどうでもいいのかもしれない。

なお、今回のテスラの被害総額は膨大なものになりそうだ。テスラ社の推定では約10億ユーロ(1640億円、他のリサーチ会社の推定ではそれより低いものもある)。

被害は製造ラインの停止による売り上げの落ち込みのみならず、停電になった時、ちょうど塗装中だったり、腐食防止の薬品に浸かっていたりしたボディはすべて破棄しなければならないとか、組み立て作業に使われていたロボットは通電後もすぐに使えるわけではなく、すべて最初から設定し直さなければならないとか、工作機械自体に不具合が生じている可能性があるとか、非常に面倒らしい。

ハイテクになればなるほど停電の被害が深刻だというのは、よく言われていることだ。工場がようやく再稼働したのは、放火から8日後の13日の午後だった。

自動車産業用バッテリー
写真=iStock.com/SweetBunFactory
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SweetBunFactory

■再稼働の日、突然息子と工場に現れて…

そしてこの日、マスク氏が突然、幼い息子を連れてギガファクトリーに現れた。前回、2020年にベルリンを訪れた時は「次回は子供を連れてくる」と言ったのだそうで、その約束を果たしたわけだ。

子供を肩車したマスク氏は、工場の敷地に設置された巨大なテントで、待ち構えていた従業員らに「イーロン、イーロン!」の大歓声で迎えられた。翌日には米国で予定があったそうで、本当に電撃トンボ返りだったが、従業員はこれを、氏がギガファクトリーとその従業員を大切に思っている証拠だと取った。

また、マスク氏に続いてスピーチをした工場長も、従業員の連帯に対する感謝の意を述べ、毎年の賃上げを約束したというから、テスラ社内の団結は放火事件によって間違いなく堅固になった。ただ、ジャーナリストは締め出され、その夜のニュースには、柵の外側から遠景で撮影したテントとマスク氏、そして、従業員の歓声だけが流れた。

■産業の国外逃避が進む中、ダメージは大きい

さて、ここで気になるのは、いったいこのニュースが米国ではどのように取り上げられたのかということだ。過去に日本企業が中国で襲撃される事件が何度かあったが、言ってみれば、それと同じことがドイツで、米国企業、それも米国の看板企業の一つに対して起こったわけだ。米国人としては、マスク氏を好きか嫌いかにかかわらず、いい気分はしないだろう。

つまり、ドイツにとっての今回の真の被害は、内外の企業が、前にも増して投資を控えるようになることだ。現在、独米関係はさほど良好とはいえず、ドイツはEUでも次第に孤立し始めている。しかも、エネルギー政策の失敗で電気代が高騰し、そうでなくても産業の国外逃避が進んでいるのに、このような理不尽なインフラ攻撃まで起こるとなると、ドイツの産業立地としての価値は暴落だ。これは特殊な極左のやったことだなどという言い訳は通用しない。

ただ、産業立地としてのドイツの価値を下げている責任は、実はドイツ政府にもある。ドイツの政治は、メルケル前首相の権力が盤石になり始めた2011年ごろからどんどん左傾化し、21年にその後継として政権に就いた現ショルツ政権で、完全に左翼政権となった。

■緑の党を制御できないショルツ政権

中でも政権内で過剰な権力を手にしているのが、元来、反産業、反科学の緑の党だ。電気の安全調達も確保しないまま、最後の頼みの綱であった原発を止めてしまったのは、戦後ドイツのエネルギー政策の最大の汚点だったが、それさえ彼らはいまだに快挙と見なしている。投資が遠のくのは当然の帰結だ。

そんな左翼政権であるから、今回のテスラの放火事件についても極めて歯切れが悪い。無理矢理EVを推進してきた政府としては、これまで自分たちの別働隊として結構重宝していた極左グループの一つが羽目を外し、善玉であるはずのEV工場に攻撃を仕掛けてしまったことに戸惑っている。

これがもし、極右による犯行であったなら、“民主主義の危機”とか、“ナチ台頭の脅威”とか、上を下への大騒ぎにできただろうが、今回は、第一報が出たきりで、犯人や犯行についてのコメントもほとんどない。その代わりに、“重要インフラの保護が十分であったか”とか、“そもそも重要インフラを完全に保護することは可能であるか”などという方向に論点が逸らされている。問題は過激派の犯罪ではなく、攻撃に弱い設備であると言わんばかりだ。

ドイツ・ベルリン郊外にあるテスラのギガファクトリー
筆者撮影
ドイツ・ベルリン郊外にあるテスラのギガファクトリー。15日に環境保護団体によって送電塔が放火され生産がストップしていたが、現在は再稼働している(3月20日) - 筆者撮影

■「テスラ放火事件」が引導を渡すことになるのか

なお、テスラの拡張工事に抗議して森を占拠している過激派については、18日までに木の上の家を撤去し、退去することが裁判所より命じられていたはずが、活動家側の対抗措置が功を奏したらしく、16日になって裁判所がそれを取り下げた。撤去の日がいつになるのかは23日現在未定だ。

ただ、このような政治の左傾化に国民が付いてきているかというと、必ずしもそうではなく、付いていっているのはほぼ半分で、もう半分では右派のAfD(ドイツのための選択肢)の支持がどんどん伸びている。

いずれにせよ、今のショルツ政権では、ドイツの産業は確実に空洞化し、さらには脱産業が進むので、国民がそれにはっきり気づいた段階で、政権は瓦解(がかい)するだろう。テスラの放火が、そのスピードを早める結果になるのかもしれない。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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