「米アメフト史上最高のワイドレシーバー」に天賦の才能はあったのか? 生涯競技時間「150時間」に対して、彼が練習に費やした時間は
集英社オンライン / 2024年3月15日 11時1分
何らかのことが「できる/できない」は天賦の才能によるもの、と考えている人は少なくないだろう。そこに異論を唱えるのが、20カ国以上で翻訳され、何年も読まれ続けるロングセラーの新装版『新版 究極の鍛錬』。モーツァルト、タイガー・ウッズ、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットなどの天才たちを研究した成果とともに、才能の正体に迫り、ハイパフォーマンスを上げる人たちに共通する要素「究極の鍛錬」を突き止めた本書から、伝説の天才アメフト選手が生まれた背景をご紹介する。
天才アメフト選手の誕生
ジェリー・ライスはミシシッピ州のクローフォード(人口636人)という小さな町に育ち、スカウトされて高校のアメリカンフットボールチームに入部した。チームの監督はその若者の足がとても速いという報告を聞いていたので、説得してテストを受けさせることにした。
実際、ライスは素晴らしい選手で州の代表チームにも選ばれた。しかし、アメフトで有名な大学が奨学金を出して入学させるほどの選手ではなかった。
最終的にはミシシッピ州イッタベナ(人口1946人)にあるミシシッピバレー州立大学からアメフト奨学金を受け、入学し、そこでその後の4年を過ごした。
その小さな学校でライスは大スターだった。ワイドレシーバーとして数々のNCAA(National Collegiate Athletic Association/全米大学体育協会)の記録を何度も塗り替えた。
最終学年ではすべての全米フットボールチームの大会に選出され、大穴ではあったけれどもハイズマン賞(大学フットボールでもっとも活躍した選手をたたえる賞)の候補者の一人にも選ばれた。
しかし一方、全米プロフットボールチームが奪い合うような傑出した選手ではなかった。難点はライスのスピードにあった。クローフォードの町の基準ではたしかに速かった。大学のスター選手としても十分な速さだった。
しかし、アメリカンフットボール最大のプロリーグNFL(National Football League)の基準でみたスピードでは特別な存在ではなかった。1985年のドラフトで、15チームがライスを見送ったあと、ようやくサンフランシスコ・フォーティナイナーズと契約を交わすことができた。
今ではライスはフットボールファンなら誰でも知っているようにNFL史上最高のレシーバーであり、フットボールの専門家の中にはポジションに関係なくライスが最高の選手にちがいないと信じる者さえいる。
あれほど高いレベルで厳しく、競い合っていることを考慮すれば、リーグにおけるライスの圧倒的な強さは信じがたいものがある。
たとえば、タッチダウンパスを含めパスを受け取る際の獲得ヤードはライスがもつ記録と2位の選手の記録とには5%や10%ではなく、20%から50%もの差があるのだ。
記録とはいつしか破られるものだと考えたほうが無難ではあるものの、鉄人ライスの記録を破るのは非常に難しいことだ。
危険なポジションで20シーズン(20年間)プレーをし、医者の助言を聞かずプレーに復帰したが、ケガで14週間休んだ1997年を除いて、ほとんどすべてのシーズンでライスはプレーをしている。
今後誰かが過酷なゲームでライスのように何年にもわたりずば抜けて高い水準でプレーを続けることは、無論不可能なこととはいえない。しかし、これまでの歴史をみるかぎり起こりうる可能性はきわめて低いように思える。
なぜライスは素晴らしい選手になれたのか
「なぜあの選手はすごくなったのか」という類いの質問は、必ずやスポーツファンの中で論争の種となる。しかし、ライスの場合はその答えに議論の余地はまったくない。
フットボールの世界ではライスが最高の選手だということに異論はないようだ。他のどの選手よりシーズン中もオフシーズンも練習に懸命に努めるからだ。
チームの練習ではライスは張り切り屋で有名だった。多くのレシーバーがパスを受けたあとクオーターバックのところにゆっくり戻ってくるが、ライスの場合必ず走って戻った。そして、他のチームメンバーが家に帰ったあとでもいつも遅くまで練習を続けたものだ。
とくに注目に値するのは、オフシーズンに週に6日のトレーニングを行うことだ。ライスはこうした訓練を完全に一人で行っている。
午前中は心肺機能強化のため丘陵を5マイルほど走り、もっとも傾斜のきつい40メートルの距離では10回全力疾走を行っていたと報じられている。午後には、同様に激しいウエートトレーニングを行った。
ライスのこの訓練はNFLリーグでもっとも厳しいものとして伝説のようになり、ときには他の選手たちがライスはいったいどんな練習をしているのか知ろうと参加することもあった。しかし、一日のメニューが終わる前に気分が悪くなる選手もいたほどだった。
ときにはフォーティナイナーズのチームメンバーが手紙を書いて、ライスの訓練を教えてくれと頼むこともあった。しかし、トレーナーはライスのまねをしてケガでもされては困ると考え、その情報はけっして教えなかった。
ライスの話の教訓は厳しい訓練が大きな違いを生み出すという事実だ。しかし、さまざまな研究やまわりをみてもわかるように、懸命に取り組むことだけでは、たいていの場合、「偉大な業績」にはつながらない。
また、大学時代、選手として素晴らしい成績を収めたあとでも、ワイドレシーバーにとって必須だとフットボールの監督が考えている「ずば抜けたスピード」を持ち合わせていなかった。
それゆえ、ライスの物語には他の何かが潜んでいるにちがいないと考えざるをえない。そう、たしかに何かが潜んでいるのだ。
いくつかの重要なポイントをみてみよう。
実戦でうまくなったのではなかった
とりわけライスを偉大にしたものはいずれもフットボールの試合以外で積み重ねた努力だった。オフシーズン中のライス一人で行う訓練はコンディショニング(調整)で、チームで行う訓練は授業形式で映像を見ながらの研究、そして、個別のプレーを実際にチームメートと徹底的に練習するというメニューで構成されている。
しかし、フォーティナイナーズものちにライスがプレーをした他のチームもすべて、選手にケガをさせるリスクを冒したくないので、実戦練習を行うことはめったになかった。
ということは、ライスが行ったアメリカンフットボールの試合は、ほとんどがライスを有名にした週末の本当の試合だけだったのだ。
ではその実際の試合時間は、フットボールのためにライスが使った時間のどれぐらいの割合だったのだろうか。控えめに評価しても、ライスは平均で週20時間をフットボールに使っていた。
その練習内容はとてもきつく、もっとも熱心な選手さえ、その一部分の量しかこなせないほどのものだった。実は20時間以上の時間を練習に使っていたという証拠もあるが、ここは控えめにみておこう。
ということは年に約一千時間ということだ。彼の20年間のプロ生活では2万時間という計算になる。ライスは生涯NFLで303試合に出場した。ワイドレシーバーとしてはNFL史上最多数の出場回数だ。
もし攻撃側が試合時間の半分を使うと仮定すれば、ライスのNFLでの生涯競技時間はおよそ150時間になる。
しかし、これは少し過大評価かもしれない。ライスはすべての試合でフィールドにいたわけではないからだ。
いずれにしても結論をいえば、アメリカンフットボール史上最高の選手が実際アメリカンフットボールの「試合」に費やした時間は、アメリカンフットボールに関することに費やした時間の1%にもならなかったということだ。
もちろんNFLの選手はアメリカンフットボールに関する時間の大半を試合以外の活動に費やすということはわかっている。そしてそれは重要なことだ。こうした選手は最高水準でプレーをし、容赦のない継続的な評価にさらされており、平日、練習試合は行わない。
彼らは平日の時間のほとんどを他の活動に費やす。この事実を認識しておかなければならない。もっとも偉大な選手であるライスの場合、この比率が他の選手に比べても極端に大きな数字となっている。
特定の課題を解決するために練習を考案する
ライスはすべてにおいてうまくなる必要はなく、いくつかのことをこなすだけでよかった。ライスは正確なパターンで走らなければならなかった。
具体的にいうと、ライスはときには2、3人のディフェンダーをかわさなければならなかった。またボールをとるために高くジャンプをしなくてはならなかった。
ボールをライスから引き離そうとやってくる相手チームの選手をすり抜け、タックルに向かってくる連中を振り切って走らなければならなかった。
そして、NFLリーグでもっとも速いワイドレシーバーであるということは、あまり重要ではなかった。ライスはレシーバーとしての動きのパターンの正確さで有名になったからだ。
ウエートトレーニングはライスに強大な力を与えた。丘陵の小道を走ったことで、相手に自分の体の動きを事前に察知されずに急に方向を変える身体コントロールを身につけることができるようになった。上り坂を使った疾走練習で爆発的な加速力を身につけた。
スピードに重点を置く選手たちが通常重きを置かないような持久力トレーニングのおかげで、最終第4クオーター(60分の試合の最後の15分間)でライスは一段と有利になった。
最終クオーターで敵陣の選手が疲れきっているのにもかかわらず、ライスはあたかも試合開始後まだ1分しかたっていないかのように元気に見えるのだった。ライスはいつもそうやって試合を終えた。
敵を圧倒するために何が必要かライスもコーチも正確に理解していた。本当に必要な課題に注力して訓練を実施し、一般的に必要だといわれる目標、たとえばスピードのようなものには力を注がなかった。
他人の助言も受けていたが、ライスは訓練のほとんどを自分自身で行った。
アメリカンフットボールのシーズンは1年に半分以下しかない。チームスポーツなのでもちろん他の選手たちとともに練習することは必要だ。
しかしライスの練習は、ほとんどオフシーズンに行われていた。ライスは監督やトレーナーから重要な助言は受けていたが、フットボール関連の練習のほとんどは自分自身で行った。
けっしておもしろくない
限界まで走り込んだり、筋肉がいうことをきかなくなるまでウエートトレーニングを続けたりすることはけっしておもしろくはない。しかしこうしたことは中核をなす重要な活動なのだ。
NFLの選手たちは平均20代で引退するので、35歳まで選手生活を続けることはめったにない。たとえケガをしなくても、選手として肉体の衰えは不可避で30歳も後半になり、15歳も年下の若い選手と対決すれば、もはや限界を感じるというのはよくいわれることだ。
ライスのように30代まで活躍できるのは、試合でブロックしたり走ったりすることのないクオーターバックか、一試合でほんの数プレーだけにしか出場せず、めったに敵から接触を受けることもないキッカー(キックオフなどのキックプレーにおいてボールを蹴る役割の選手)やパンター(攻撃権が変わる際に行うボールを蹴る役割の選手)だけだ。
ほとんどのプレーにおいて死に物狂いで走り、しばしばタックルでつぶされるワイドレシーバーの場合、20シーズンあるいは42歳までプレーをするということは信じられないことだ。実際ライス以外にこうした長期間にわたりプレーを続けた選手はいないのだ。
文/ジョフ・コルヴァン
新版 究極の鍛錬
ジョフ・コルヴァン
2024/3/7
2,090円
442ページ
978-4763141248
あなたも、努力が面白くなる!
世界的業績をあげる人々に共通する「究極の鍛錬」とは?
ニューヨークタイムズベストセラー! 20カ国以上で翻訳され、何年も読まれ続けるロングセラーの新版の登場です。モーツァルト、タイガー・ウッズ、ビル・ゲイツ、ジャック・ウェルチ、ウォーレン・バフェット……など天才たちを研究した成果がここに! あなたは、才能がない人間はハイパフォーマンスを上げられないと思っていませんか? しかし、抜きん出た成功の源泉は才能ではないのです。本書の著者ジョフ・コルヴァン氏は心理学の先端分野「達人研究(Expert study)」を手がかりに、ハイパフォーマンスを上げる人たちに共通する要素――「究極の鍛錬」――をつきとめました。本書でその内容が明らかに!
(目次)
第1章 世界的な業績を上げる人たちの謎
第2章 才能は過大評価されている
第3章 頭は良くなければならないのか
第4章 世界的な偉業を生み出す要因とは?
第5章 何が究極の鍛錬で何がそうではないのか
第6章 究極の鍛錬はどのように作用するのか
第7章 究極の鍛錬を日常に応用する
第8章 究極の鍛錬をビジネスに応用する
第9章 革命的なアイデアを生み出す
第10章 年齢と究極の鍛錬
第11章 情熱はどこからやってくるのか
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