レギュラー番組20本に迫るかまいたちが味わった「テレビ出演ゼロ」の窮地。そのとき超売れっ子になるために封印したものとは
集英社オンライン / 2024年4月5日 19時0分
〈4月からレギュラー10本超の千鳥。“大阪ローカル”の壁を破れずくすぶっていた彼らが一躍、全国区になった転機とは?〉から続く
一時はレギュラー本数が18本を数えるなど、千鳥とともに昨今のバラエティをけん引している、かまいたち。今では考えられないが、そんな彼らにも「テレビ出演ゼロ」の苦汁をなめた時期があった。
NSCでは「Cクラス」だった山内
「濱家くんはとにかく器用で多才。将棋も手品も料理もあっという間にプロ並みに上達してしまう。なのにけっして小さくまとまることなく、NSC時代からスケールの大きさを感じさせていました。
一方の山内くんは、NSCのAからCまでの3クラスのうち、おもしろくない生徒が集められるCクラスだったけど、マイペースで独特の味があった。このふたりが組んだら、どんなおもしろい漫才が生まれるのか、とても楽しみにしていました」
と、修行時代のかまいたちのポテンシャルの高さを振り返る、吉本NSCの伝説の講師・本多正識氏。
その本多氏が、かまいたちがメジャー芸人へと踏み出す一歩になったと考えている瞬間がある。それはコンビ初期の当たり芸、「謎の中国人チャン・ドンゴン・ゲン」キャラをふたりがすっぱりと捨てきったときだったという。
この芸が生まれたのは2004年のコンビ結成から 2年ほどが経った2006年のこと。山内がチャイナ服姿の謎の中国人チャン・ドンゴン・ゲンに扮し、手にした銅鑼を激しく打ち鳴らしては、「あなたが好きだから~っ!」と絶叫するというなんともシュールなギャクだった。
このギャグを武器に山内はその年のR―1(吉本興行主催のピン芸グランプリ)に初参戦し、いきなり準決勝進出を果たしただけでなく、テレビ局からは「あのおかしな中国人キャラをやってほしい」と名指しで出演依頼が多数舞い込むことになる。「チャン・ドンゴン・ゲン」キャラは初期のかまいたちにとって大切な出世芸となっていた。
ただ、NSC講師として折に触れてふたりにアドバイスを送っていた本多氏は、このギャクをふたりがいつ封印するのか、辛抱強く見守っていたのだという。
「あのギャクはいわゆる一発芸なんです。脈絡もなく山内くんが『あなたのことが好きだから~!』と叫びながら、ゴ~ン、ゴ~ンと銅鑼を大音響で打ち鳴らす。その突拍子のなさがウケていただけで、けっしてふたりの話芸が評価されていたわけではない。
わたしも何度も生でこの芸を見ましたが、印象に残っているのはけたましい銅鑼の音だけで、ふたりの話芸はまったく記憶にない。こんな飛び道具のような芸はすぐに飽きられてしまいます」
かまいたちは一発ネタで終わる芸人などではない。本格ネタで勝負できるだけの才智を秘めている――。そう評価していた本多氏は、そこでふたりにこんなアドバイスをしたという。
テレビ出演ゼロの窮状
「チャン・ドンゴン・ゲンは10年も20年もやり続けられるようなネタやない。キャラネタはウケるのも早いけど、飽きられるのも早い。この芸がウケて注目されている間に次の本格ネタを考えておかんと、芸人としてダメになる。
実際、飛び道具のような一発芸にしがみつき、あっという間に人気急降下というケースは山ほど見てきた。チャン・ドンゴン・ゲンのキャラを封印することで、一時的にくすぶることになってもかまへん。芸人として大成したいのなら、一日も早く謎の中国人ネタを捨てることがいまの君たちには絶対に必要なことなんや」
アドバイスの結果はどうだったのか?
「2008年後半にはふたりは銅鑼を捨て、あれほど大うけしていた謎の中国人キャラを演じることは一切なくなりました」(本多氏)
ただし、その代償は予想外に大きかった。テレビ局のプロデューサーに「謎の中国人キャラはもうやりたくない」と伝えるたびに、「それなら番組に出てもらわなくてけっこう」とオファーを取り消されることが続き、ついにはテレビ出演がゼロになってしまった時期もあったという。
だが、ふたりに後悔の様子はなかった。
「この頃はテレビ出演がゼロになるなど、かなり痛手だったはずです。ただ、ふたりにとっては納得ずくのことだったようで、焦っている様子はありませんでした。
というのもチャン・ドンゴン・ゲンを演じることにふたりともすっかり飽きてしまっていたばかりか、別のネタで漫才をやらせてほしいと申し出ても、テレビ局側からは謎の中国人ネタばかりをリクエストされることに、内心では危機感を深めていたんです。
実際に私も山内くんが『キャラネタはウケるのも早いけど、すぐに飽きられる。一方、ストロングスタイルで売れるには時間も手間がかかるけど、その分、長く漫才を続けられる』と話すのを聞いたことがありました。
ちなみに、ストロングスタイルとは『漫才の王道』のこと。派手なキャラや道具、音などに頼ることなく、ふたりでマイクの前に立ち、しゃべくりだけで客席を笑いの渦にするという意味です」(本多氏)
ネタ作りに明らかな変化が
興味深いことに、謎の中国人ネタを封印することで自分たちの進むべき方向がはっきり見えてきたのか、かまいたちのネタに変化が生まれたという。コンビのネタ作りは山内が担当している。
「この頃から山内くんが作ってくるネタが明らかに変わってきたんです。彼の本来の持ち味である狂気と開き直りがさまざまにパターン化され、より研ぎ澄まされていったという印象です。
中国人ネタをきっぱり捨て去ったからこそ、演じるキャラや生み出すネタの幅に制限がなくなり、自由自在にお笑いを繰り出せるようになったのでしょう」(本多氏)
以後のかまいたちの大化けぶりは言うまでもない。謎の中国人芸を封印した2008年に上方漫才大賞新人賞を受賞すると、大阪のテレビ番組で年間300本近いロケをこなしながらストロングスタイルの話芸を磨き、2017年にはキングオブコント優勝。
さらには東京へと活動拠点を移した翌年の2019年にM-1グランプリ準優勝に輝くなど、今ではテレビで見かけない日はないというほどの超売れっ子芸人となっている。本多氏が続ける。
「チャン・ドンゴン・ゲンのキャラをきっぱりと捨て去ったときに、たとえ時間がかかってもストロングスタイルの王道漫才で勝負するという覚悟が決まったのでしょう。その意味で、出世芸を封印すると決断したときこそが、かまいたちが人気芸人へと成長するターニングポイントだったと思います」
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