「中国思想」は日本にどこまで受容されているのか 「礼」の本質は「かのように」振る舞うということ
東洋経済オンライン / 2023年12月8日 10時0分
そう考えると、集団の規範と個人の道徳というのは、単純な二者択一の問題ではなく、本当に大事なのは、両者のいわば弁証法的なダイナミズムのようなものではないかと思います。
中野:また中国のドキュメンタリーの話になりますが、そこでは、燕の国はいい人たちがいっぱいいる国で、代々の燕の王様が王道を目指して頑張る姿が描かれていました。だけど、燕も滅ぼされます。燕については、「戦国時代に王道は通じなかったのである」といった趣旨のナレーションが入っていましたね。
佐藤:「王道とは何か」という問いの答えにすら、王道は存在しない、すべては状況次第である。悪い時代に王道を貫こうとするなど、自滅に至る最も効率的な方法だ!
中野:だから、人間的にはまったく尊敬できないような総理大臣が日本を豊かにした可能性だってあるし、逆に尊敬できる首相がダメにすることもある。
「個の確立」とは演技である
佐藤:この本で面白いと思ったのは、「個の確立」を目指すうえで、大場さんがずっと「なりきる」という表現を使っていることです。「なる」ではなく「なりきる」。ここには「本当のところ、確立された個になったわけではないが、なった振りをする」というニュアンスがある。つまり「なりきる」とは演じることなんです。
演技とは「本物の印象を与える見せかけ」をつくりだすことです。よく「役になりきる」と言いますが、誰であれ、ハムレットやジェリエットに文字どおり変身できるはずがない。言い換えれば、「本当はなれない」ことが大前提になります。それでも心を込めて技巧をこらせば、ハムレットやジュリエットの印象を的確に与えることはできる。なれないものになりきるというパラドックスが成り立つのです。
この座談会の前編で、「自分を予備に置く」という話が出ましたが、舞台に立つとき、役者は必ず本当の自分を予備に置いています。ならば個の確立とは、「集団の一員としての自分」や「集団から離れた自分」を確固として演じきることではないのか。つまり思想とは、より良い自分を演じるための指針なんだと思います。
古川:ハーバード大学のマイケル・ピュエットという中国哲学の研究者が、似たようなことを言っていますね。彼は礼の本質は「かのように」であると言っています。実は孔子自身がそう言っているふしがあって、たとえば「祀ること在(いま)すがごとく」せよ、と。祖霊を祀る儀礼というのは、あたかも祖霊がそこにいる「かのように」振る舞うことが大事なのだと言っているんです。
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