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光源氏の内に混在する「亡き人への情」と「浮気心」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔⑨

東洋経済オンライン / 2024年3月31日 16時0分

粗末な板塀に白い花がひとつ、笑うように咲いている(写真:yasu /PIXTA)

輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。

NHK大河ドラマ「光る君へ」で主人公として描かれている紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。

この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第4帖「夕顔(ゆうがお)」を全10回でお送りする。

17歳になった光源氏は、才色兼備の年上女性​・六条御息所のもとにお忍びで通っている。その道すがら、ふと目にした夕顔咲き乱れる粗末な家と、そこに暮らす謎めいた女。この出会いがやがて悲しい別れを引き起こし……。

「夕顔」を最初から読む:不憫な運命の花「夕顔」が導いた光君の新たな恋路

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夕顔 人の思いが人を殺(あや)める

【図解】複雑に入り組む「夕顔」の人物系図

だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。

五条の宿を思い出しては

静かな夕暮れだった。空の景色もしみじみとしていて、枯れはじめた庭の草木から、鳴き嗄(か)れた虫の音が細く聞こえてくる。紅葉(もみじ)も次第に色づきはじめている。絵に描いたようなみごとな庭を眺め、思いがけなく高貴な宮仕えをすることになったと右近はしみじみ思い、あの夕顔の咲く、五条の宿を思い出しては恥ずかしくなる。竹藪(たけやぶ)の中で家鳩(いえばと)という鳥が野太い声で鳴くのを聞いて、光君は、あの家でこの鳥の声を女がひどくこわがっていたのを、ありありといとしく思い出す。

「あの人の年はいくつだったの。ふつうの人とはなんだか違って、今にもすっと消えてしまいそうだったのは、長くは生きられないからだったのかな」光君は言う。

「十九におなりでございました。わたくし右近は、女君の乳母の子でございました。その母がわたくしを残して亡くなりましたので、女君のおとうさまである三位の君がわたくしをかわいがってくださいまして、女君のおそばで育ててくださいました。そのご恩を思い出しますと、女君は亡くなったのに、わたくしがこの先どうして生きていかれましょう。女君とあれほど親しくさせていただいたことが、悔やまれるほどでございます。見るからにか弱い女君を、ただ頼りにして長年過ごして参りました」

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