『日本国紀』は歴史修正主義か? トランプ現象にも通じる本音の乱――特集・百田尚樹現象(3)
ニューズウィーク日本版 / 2019年6月27日 17時0分
しばしば、議論になる犠牲者数も「20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がされている」と表現している(『「日中歴史共同研究」報告書』より)。
だが、百田にとって最も重要なのは史実的な「正しさ」ではない。百田が繰り返したのは、「正しい歴史」を書いたのではなく、自分での視点で「面白い歴史」を「物語」として書いたということだった。プロの歴史家とは、基本となる考え方そのものが違う。批判がすれ違う理由がここにある。
「僕は反権威主義ですねぇ。一番の権威? 朝日新聞やね。だって1日に数百万部単位で発行されているんですよ。僕の部数や影響力なんてたかが知れている。そこに連なっている知識人とか文化人も含めた朝日的なものが最大の権威だと思う」と百田は語る。
百田史観の売りは、読み物としての「面白さ」と、反朝日、反中韓というスタイルにある。だが、スタイルそのものは百田のオリジナルではない。
『日本国紀』はなぜ売れるのか HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN
「南京事件の否定論もWGIPも90年代に『新しい歴史教科書をつくる会』ができて以降、彼らはずっと言い続けてきました。敵も明確に定めていた。中国と韓国、そして朝日新聞です」
大阪市内のホテルで倉橋耕平はこんな分析を披露してくれた。倉橋は主著に『歴史修正主義とサブカルチャー』(青弓社、18年)がある若手社会学者だ。私とほぼ同年代であり「90年代の衝撃」を共有している。なかでも代表的なのは、小林よしのりの『戦争論』(幻冬舎、98年)、西尾幹二の『国民の歴史』(産経新聞社、99年)だ。
前者では、右派的な歴史観がインパクトの強い漫画と共に衝撃的「真実」として描かれ、後者では「物語としての歴史」という価値観が前面に打ち出される。彼らが唱えた「自虐史観」批判と共に、「歴史認識」問題が言論空間の主戦場になっていく。そんな時代だった。
■リベラルに対する反権威主義
今の百田現象を単に「右派ビジネス」と見るべきではなく、「アマチュアリズム」と融合して形成されているというのが倉橋の主張のポイントだ。歴史を語る西尾の専門は哲学であり、小林は漫画家であり、百田は小説家だ。無論、アマチュアというのは、必ずしも悪い意味ではない。業界のルールや作法に縛られないでできるのが、アマチュアの強みだからだ。
プロの歴史学者はアカデミックな手続きを踏んで、実証的かつ客観的に研究しようとする。それに対して百田なら、歴史に基づき「面白い物語」を書くという目的がまず先にある。彼にはプロが語る歴史だけが、歴史ではない、という思いもある。言い換えれば、作家が通史を書くことが挑戦なのだという意識が根底にある。
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