『日本国紀』は歴史修正主義か? トランプ現象にも通じる本音の乱――特集・百田尚樹現象(3)
ニューズウィーク日本版 / 2019年6月27日 17時0分
倉橋の指摘するアマチュアリズムは、カウンターカルチャー的なマインドと言い換えていいだろう。私は2章に登場した花田、山田といった右派メディア人に共通する心情があると書いた。百田の姿勢にも共通している。
それは、権威=朝日新聞(リベラルなマスメディア)に対するカウンター意識であり、「反権威主義」だ。彼らから見れば、今の日本の言論空間は学界もメディアも、リベラル共同体に独占されている。そこで、90年代から右派は主戦場を学会や論文ではなく、雑誌や漫画というサブカルチャー的な場に定めた。エンタメ小説を書いてきた百田もこの系譜に連なる。
前章で挙げたTSUTAYAのデータを見ると、『日本国紀』の主要読者層に40~50代が含まれている。今の右派言説の原型にある西尾と小林がメディア上で存在感を示していた90年代、彼らは20~30代の若者だった。
倉橋は言う。「プロとアマでゲームのルールも違う」。学会の実績よりも、メディア上で「ごく普通の人」に言説をいかに届けるかに右派は取り組み、言い続けることで市場を確保してきた。90年代から積み上げられてきた言説は、2000年代に入りインターネットとも結び付き、現在の右派市場の隆盛へと到達する。
第1章で、百田には「ごく普通の感覚」があると書いた。取材でキーワードとして浮かび上がってきたのも、百田は「普通の人」に刺さる文章が書けるというものだった。
ここに、現代日本における「ごく普通の人」を指し示すデータがある。インターネット世論を研究する立教大学の木村忠正教授(ネットワーク社会論)が16年7月と8月に16~70歳の男女1100人を対象に行ったウェブアンケート調査で、第二次大戦についての歴史認識を尋ねた。ここで思い掛けない傾向が浮かび上がった。
質問は、(1)「第二次大戦における日本の行為は常に反省する必要がある」(2)「孫の世代、ひ孫の世代が、謝罪を続ける必要はない」(3)「いつまでも謝罪を求める国は行き過ぎだ」──(詳細は木村『ハイブリッド・エスノグラフィー』新曜社、18年)。
木村は回答者を保守的志向層とリベラル的志向層に分類し、比較した。(1)は想定どおり、保守とリベラルで明確に差が出た。保守は58.7%が反省の必要があると答えたのに対し、リベラルは70.2%に達した。ところが、である。
(2)は保守層76.2%に対し、リベラル層は78.3%が謝罪を続ける必要がない、と答えている。(3)では保守層の78.9%に対し、リベラル層は81.4%が行き過ぎと答えた。この事実は極めて重要だ。データからは政治的スタンスに関係なく、中韓から求められる謝罪に「ごく普通の人=8割」が反発する図式が浮かび上がる。ここに百田現象を解き明かす最後の鍵がある。
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