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『日本国紀』は歴史修正主義か? トランプ現象にも通じる本音の乱――特集・百田尚樹現象(3)

ニューズウィーク日本版 / 2019年6月27日 17時0分

百田尚樹とは「ごく普通の感覚を忘れない人」であり、百田現象とは「ごく普通の人」の心情を熟知したベストセラー作家と、90年代から積み上がってきた「反権威主義」的な右派言説が結び付き、「ごく普通の人」の間で人気を獲得したものだというのが、このレポートの結論である。

「ごく普通の人」は大きな声を上げることがないから、目立つことはない。だが確実にこの社会に存在している。

『虎ノ門ニュース』の裏の目玉は、休憩と番組終了後に開かれるサイン会である。改元前後の10連休には、家族連れやカップル、旅行客など100人を超える人たちが百田の著作を手に列をなした。

印象的だったのは、スタッフだけでなく、彼らの中からも自発的に「歩行者の迷惑にならないように通路は空けて並びましょう」「点字ブロックの上に立つのはやめよう」といった声が上がったことだ。最初は乱れていた列も、奇麗に整理されていった。

百田は読者が「元気になる物語」を生み出したいという。彼が想定するところの「お茶の間に集う老若男女」「普通の日本人」が楽しく、元気になる本が『日本国紀』なのだろう。「自国礼賛である」という批判は、反対する側を納得させることはできても、百田の読者からすれば「それの何がいけないのか?」という疑問になり、かみ合わないまま空転していく。



百田は自身を「トリックスター」と評した一文がことのほか気に入っていると話してくれたことがある。私の頭によぎったのはシェークスピアの戯曲『夏の夜の夢』で舞台をかき回す元祖トリックスター、妖精パックのセリフだった。小田島雄志の訳から引用する。

「われら役者は影法師、皆様がたのお目がもしお気に召さずばただ夢を見たと思ってお許しを。つたない芝居ではありますが、夢にすぎないものですが、皆様がたが大目に見、おとがめなくば身のはげみ。私パックは正直者、さいわいにして皆様のお叱りなくば私もはげみますゆえ、皆様も見ていてやってくださいまし」

彼の自己認識はこれに近いのではないか。読者の支持がなくなればそれで終わり。物議を醸す発言も自分が思うことを言っているだけで、自分の考えに染めてやろうとは思っていない──。

だが、批判も肯定も含めて周囲はそれを許さない。彼が自由に発した、と思っているひとことは想像以上に影響力を持ち、時に誰かを傷つける暴力に転化する。

リベラル派からすれば、このレポートは「差別主義者に発言の場を与えたもの」と批判の対象になるのかもしれない。だが、そうした言説の背景にあるもの、異なる価値観を緩やかにでも支える存在を軽視すれば、あちら側に「見えない」世界が広がるだけだ。 トランプ政権を誕生させたアメリカを思い返せばいい。

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