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口下手な矢部太郎の言葉が感動を呼ぶワケ

プレジデントオンライン / 2019年2月20日 9時15分

2018年12月05日、「Yahoo!検索大賞2018」作家部門賞に決まったお笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さん(写真=時事通信フォト)

『大家さんと僕』がベストセラーとなったお笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さんは、自称「口下手芸人」だ。だが手塚治虫賞の受賞式では、感動的なスピーチを行い、激賞された。なにがあったのか。トップ・プレゼン・コンサルタントの永井千佳氏は「人前で話をするときには、緊張を隠すよりも、緊張を活かしたほうがいい」と解説する――。

※本稿は、永井千佳『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)の一部を再編集したものです。

■リラックスした本番で「調子悪いの?」

お笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さんは、芸人が本業ですが、「人前でうまくしゃべることが苦手」と自認しています。しかし、2018年6月、コミックエッセイ『大家さんと僕』で手塚治虫文化賞短編賞を受賞した際、その熱く真摯なスピーチは会場中を感動させました。

人生何があるか分からないとよく言いますが、中学生の頃、図書室でひとりで『火の鳥』を読んでいた僕が、いまここにいるなんて思いもよらなかったですし、芸人になって長く経ち、次第にすり減り、人生の斜陽を感じていた僕がいま、ここにこうしていることも、半年前には想像もつきませんでした。

それでも、あの頃、全力で漫画を読んでいたこととか、芸人として仕事をして創作に関わってきたこととか、子供の頃、絵を描く仕事をする父の背中を見ていたこととか、なんだかすべては無駄ではなく、繋がっている気がしています。それは僕だけじゃなく、みんながそうなのではないかとも思います。

お笑い芸人が僕の本業なのですが、人前でうまくしゃべることが苦手です。そんな「うまく言葉にできない気持ち」を、これからも少しでも漫画で描いていけたらと思っています。

本日は本当にありがとうございました。

※Book Bang編集部「口下手なカラテカ・矢部太郎の言葉に会場中が号泣! 手塚治虫賞贈呈式の受賞スピーチ全文」(2018年6月20日掲載)より

実は私も矢部太郎さんに負けないほど緊張するタイプでした。そんな私がピアニストとして舞台に立って演奏活動をしながら、「緊張しなければ、きっといい演奏ができるはず」「緊張をなんとか克服したい」と悪戦苦闘していた頃のことです。

ピアノの演奏会というものは、とにもかくにも緊張するものです。

「今日は本番だ」と思うと、朝起きた瞬間から緊張してきます。

永井千佳『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)

でもあるとき、本番の前なのにまったく緊張してくる気配がなく、「なんだかリラックスしてできそうだ」と思ったことがありました。いつもなら本番直前はガタガタ震えるほど緊張するのに、普段と変わらない状態。本番が始まっても、いつものように恐ろしい緊張が襲ってきません。

「今日はリラックスしてできた。そうか、これだったのか!」

そのときは、緊張を克服する方法が分かったような気がしました。

しかし、終わってみるとお客さんの反応が悪いのです。アンケートの結果もよくありません。数人の知り合いから「今日はどうした?」「調子悪いの?」と言われてしまったのです。

■「緊張」と「リラックス」は両立しない

不安になりビデオを見ると、うまくいっていると思っていたところが実際はうまくいっていません。「あんなに憧れていた緊張しない状態なのに、緊張しない本番はうまくいかない。それどころかお客さんの反応が悪い。なぜなんだろう?」と不思議に思い始めました。

そんなとき、医学的な緊張のメカニズムを知り、脳天に雷が落ちたような衝撃を受けました。

私たちの身体は、脳が命令しなくても心臓は動くし食事も消化されます。これは自律神経のおかげです。

この自律神経には、大きく分けて「交感神経」と「副交感神経」の二つがあります。交感神経は、緊張したり興奮したりすると活発になり、脈が速くなります。副交感神経は、リラックスすると活発になり、脈が遅くなります。

交感神経と副交感神経は、同時に活発になることはありません。だから人間の身体は、「緊張しながら、リラックスする」ということはできない構造になっているのです。

■プレゼンでの緊張は「交感神経」のせい

私たちがプレゼンで緊張するのは、交感神経が活発になっているからです。

「今から勝負!」と思った瞬間、人間は身体から交感神経を活発にさせるアドレナリンというホルモンが出て、さらに「覚醒のホルモン」ノルアドレナリンも出て、周囲に意識を張り巡らします。

狩りをしていた太古の人類にとって、何よりも必要なことは、獣や敵と戦って生き延びることでした。「緊張状態」は交感神経を活性化させて、戦う際に必要なエネルギーを集中させる反応なのです。たとえば獣が現れて緊張するとき、脳が命令しなくても勝手にアドレナリンが出て交感神経が活発になり、脈を速めて身体全体に大量に血液を送り込み、後回しにしてもいい消化活動を停止して、エネルギーを重要な器官に集め、血管を収縮し、攻撃されたときの出血量を抑えます。

また緊張状態になると、脳波は緊張を示すβ波に変わり、意識は分散し、雑多なことが頭に浮かび、一つの考えに集中できなくなります。実はこれも、覚醒のホルモン・ノルアドレナリンが出ることで、あらゆる方向からの敵の攻撃を感知し対応するためです。

■緊張は「生まれつき備わった才能」

つまり「緊張する」のは、「人間が生き残るために戦闘態勢に入った」ということ。私たちが緊張すると手が冷たくなり落ち着きがなくなるのは、DNAに組み込まれた緊張のメカニズムが作動したためなのです。緊張とは、生きるか死ぬかのギリギリのところで、能力以上のものを引き出そうとする、人間に生まれつき備わった力、才能なのです。

このように緊張は、私たちの身体に備わった大切な機能です。

普段の私たちは、能力を限界まで出さないように、脳が無意識にリミッターをかけています。常に能力を限界まで出すと、身体が酷使されてしまい壊れてしまうからです。しかしアドレナリンは、このリミッターを外す役割を持っています。つまり緊張をうまく使えば、リミッターを外し、私たちの潜在能力を目いっぱい使うことによって、大きな力を発揮できるようになるのです。

私が緊張しないときにうまくいかなかったのは、緊張で能力を引き出す仕組みが動かなかったからだったのだ、というのは実に大きな発見でした。この経験で確信しました。

緊張はもともと人間に備わった力。

緊張を活かせば、自分の能力をさらに引き出せるはずだ。

■緊張を活かしたら人生が好転した

このときから私は、緊張を活かすことを考え始めました。緊張を活かす方法を見つけるまでは、トライアンドエラーの連続でした。たくさん恥もかきました。でも、試行錯誤の末、緊張に対応するためには緊張を活かす方法があることが分かり、人生が好転し始めたのです。

緊張を活かす方法には二つあります。

一つ目は、「緊張を認める」

二つ目は、「緊張を取扱説明書通りに扱う」です。

難しいことは一切ありません。誰でもできることです。

「まずは認める」。緊張を認めない人は、緊張を活かすことはできません。緊張を素直に認めることです。

■緊張の「機嫌」を損ねてはならない

そして緊張はとてもデリケートです。取り扱いに注意が必要です。なかなか自分の思うとおりにならないわがままなものなのです。あなたの心の中にいる赤ちゃんだと思ってください。赤ちゃんは機嫌が悪くなると泣きやみませんよね。あなたがイライラしたりすればそれを敏感に察知して赤ちゃんもぐずり始めます。でも、あなたがやさしく丁寧に扱えば、赤ちゃんは機嫌よくしてくれています。

緊張も同じです。いったん無造作に扱うと、ぷいっとそっぽを向いてしまい、その日は二度と帰ってきません。だから、あなたがやってはいけないことは、緊張の機嫌を損ねないことです。そのために、まずは緊張を取扱説明書通りに扱ってください。そのうち自分なりの方法が分かってきて、細かい部分で取扱説明書の書き換えが必要となってくるかもしれませんが、まずは基本通りにやってみてください。

この二つを行えば、緊張してしんどい本番でも、自分の能力を最大限引き出すことができるようになります。そして、緊張しないで悠々とプレゼンをしている人に勝つことができるのです。緊張を活かす方法が分かれば、人生は好転し始めます。あなたは緊張という才能を授かってこの世に生まれてきていることを知ってください。

■大舞台の直後にたたずむ社長の姿

有名な社長さんでも緊張している姿を目にします。

日本を代表する世界的企業を大変革して復活させ大きく名を挙げた某CEOは、プレゼンで、なんと初めてのサックス演奏を披露しました。会議室で猛練習したそうです。でも演奏がうまくいきません。音がひっくり返り、首をかしげています。緊張で硬くなっていることが伝わってきます。

ところがプレゼン後半では一変。最後は腹の底から声を出して会社のビジョンを宣言し、鳥肌が立つような素晴らしいプレゼンを成し遂げました。

そんな大舞台の終了後。一人エレベーターホールの前に立っている社長さんを偶然見かけたのです。

「はぁ~」

誰もいないと思ったのでしょう。肩を落として小さくため息をつき、疲労しきった表情をしていました。私はその社長さんの背中を見て、しばし立ちすくんでしまいました。この社長さんのプレゼンは世界の中でもトップクラス。でも、皆さんと同じように緊張しながら出ていたのです。そして自分のリミッターを外すことで、一世一代のイベントを務めあげたのです。

■20世紀最高のピアニストは本番前に歩けなかった

一流企業の社長も取材のときに至近距離で見ると、手足はガクガク震え、声も震えています。でも社長ですから、どんなに人前で話すことが苦手で緊張しようとも、話さなくてはならない立場なのです。

音楽家も同じです。ある音楽家は、楽屋で「緊張でおなかが痛い」と言って、まったく落ち着きがありません。リハーサルも、出来はいまひとつ。大丈夫かなとひとごとながら心配していました。ところが本番で舞台に出た瞬間、リハーサルとはまったく別次元の素晴らしい演奏をしたのです。数年後、その音楽家は、世界3大コンクールの一つで優勝しました。

巨匠と言われる世界的な演奏家は、みな超あがり症です。ピアニストのマルタ・アルゲリッチも、テノール歌手のマリオ・デル・モナコも、指揮者のカルロス・クライバーも、本番前に極度の緊張で不安になってコンサートをキャンセルしてしまうこともしばしば。20世紀最高のピアニストと言われるスヴャトスラフ・リヒテルは、本番前に緊張で歩けなくなり、指揮者が支えないと舞台に出られないほどでした。そんな彼らは、本番ではまさに鳥肌が立つような演奏をします。

■緊張がなくなることは一生ない

緊張していいんです。

緊張こそ、あなたの才能です。緊張しなくなればプレゼンで人を感動させ、動かせるようになると思っていたら、それは大きな誤解です。緊張はあなたのDNAにしっかり刻み込まれたものなので、一生なくなることはありません。私は、皆さんに緊張という宝を活かす方法を知って、1日でも早く力を発揮してほしいと願っています。

緊張克服のために、リラックス法を見つけ出してプレゼンしている方もよく見かけます。

「話し方を変えよう」と話し方の講習に参加したりする方もいます。でも、一度緊張を活かせる体験をすれば、無理にリラックスしようとは考えなくなります。

まずは緊張の存在を認めましょう。後は緊張の取扱説明書通りにやるだけです。

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永井 千佳(ながい・ちか)
トップ・プレゼン・コンサルタント、ウォンツアンドバリュー 取締役
桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業。極度のあがり症にもかかわらず、演奏家として舞台に立ち続けて苦しむ。演奏会で小学生に「先生、手が震えてたネ」と言われショックを受ける。あるとき緊張を活かし感動を伝えるには「コツ」があることを発見し、人生が好転し始める。その体験から得た学びと技術を、著書『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)で執筆。経営者の個性や才能を引き出す「トップ・プレゼン・コンサルティング」を開発。経営者やマネージャーを中心に600人以上のプレゼン指導を行っている。また月刊『広報会議』では、2014年から経営者の「プレゼン力診断」を毎号連載中。50社を超える企業トップのプレゼンを辛口診断し続けている。NHK、雑誌「AERA」、「プレジデント」、「プレシャス」、各種ラジオ番組などのメディアでも活動が取り上げられている。その他の著書に『DVD付 リーダーは低い声で話せ』(KADOKAWA /中経出版)。永井千佳オフィシャルサイト  Twitter: @nagaichika

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(トップ・プレゼン・コンサルタント、ウォンツアンドバリュー 取締役 永井 千佳 写真=時事通信フォト)

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