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「超大富豪」が1週間、たった1人で旅行する理由

プレジデントオンライン / 2019年8月13日 11時15分

※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/Jag_cz

マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、年に2回、バカンスとは別に1週間の「内省の旅」に出ていた。目的は「クリエイティブなエネルギーを取り戻すこと」だという。なぜエリートは旅を好むのか。ラグジュアリー・コンサルタントの山田理絵氏が解説する――。

※本稿は、山田理絵『グローバルエリートが目指すハイエンドトラベル 発想と創造を生む新しい旅の形』(講談社)の一部を再編集したものです。

■旅はもともと「嫌々行くもの」だった

旅という言葉からは楽しいイメージが連想されますが、英語の「travel」という言葉は、もともと「仕事、労苦(古語の場合)」を意味するフランス語の「travail」から来ています。さらに語源を遡れば、「trepalium」という、なんと「三つの鉾を持った拷問具」を意味するラテン語なのだそうです。

このように、旅はもともと「行かなければならないもの、嫌々行くもの」でした。世界のどこであっても旅の始まりは、私たちヒトが水や食べ物を調達するための、そして定住することのできる安全な土地を求めての、生きるための手段だったのです。

楽しみとしての旅は、ヨーロッパにおいて王室や貴族などの特権階級から始まりました。旅の変遷の中でもエポックメーキングだったのが、15世紀末から18世紀にかけてイギリスで誕生した教育の旅、そして保養という二つの旅のスタイルです。

■イギリス上流家庭発祥の「グランドツアー」

16世紀のイギリスの裕福な貴族や上流家庭では、教育の仕上げとしてパブリックスクールや大学卒業後の子弟に家庭教師をつけ、大規模なヨーロッパ大陸旅行をさせる動きが始まっていました。これが「グランドツアー(Grand Tour)」と呼ばれる教育の旅です。旅行業界では、現在のハイエンドトラベルの原型がこのグランドツアーだとされています。

当時、島国に閉じ込められていたイギリスのエリート層は、自分たちが世界の動きから取り残されることを最も恐れていました。それを避け、コスモポリタンであろうと、パリ、ローマ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ナポリなどの主要都市に数カ月から2〜3年、長くは5年ほど滞在しました。

フランスではフランス語の習得、イタリアでは芸術やオペラを鑑賞し、ルネッサンスの建築遺産に触れるなど、旅を通して貴族にふさわしい教養を身につけました。さらにこの教育の旅は、現地の著名人との交流を通じて社交術を習得するという、上流社会の一員になるための通過儀礼の意味合いも持っていました。

■ジョン・ロックやアダム・スミスが教師役

グランドツアーを率いたチューター(家庭教師)の中には、トマス・ホッブズ、ジョン・ロック、アダム・スミス等の超一流の学者をはじめ、劇作家のベン・ジョンソン、詩人のウィリアム・ホワイトなど、そうそうたる面々がいました。彼らは旅行中に青年たちに講義をつけ、監督に当たりました。イギリスの教育史家であるジュエルは、このグランドツアーを「一流の教育と文化が調和したものであった」と表現しています。

ツアーを終えた若者たちは、やがて各国の大使や政府役人等に抜擢されるなど、グランドツアーはその後の彼らのキャリアや躍進に大きく影響していきます。親が子の幸せを願い、生き抜く力と教養を磨かせるための、究極の帝王学の一環といえる旅です。

18世紀になると、イギリスではヨーロッパ大陸旅行がジェントリ(下級地主層)や文筆家、芸術家、建築家、古物収集家等にも広がります。また、ロシアでも同じ頃、多くの貴族の若者が「ヨーロッパ修学旅行」に派遣されました。彼らは軍事、行政機構を西欧化するために必要な専門知識を学び、また名士、教授に面会し、教養も深めました。

■バカンス的な「滞在型リゾートライフ」の誕生

もう一つ、現在のハイエンドトラベルの原型となっている旅のスタイルが、この頃にイギリスの上流階級が始めた夏の「滞在型観光」、今でいうリゾートライフです。

こちらはグランドツアーのように数カ所を周遊するのではなく、一カ所に長期滞在するというバカンス的な旅のスタイルです。イギリス南部のバースの温泉地やブライトンの海岸などは、上流社会の夏の社交場として賑わい、滞在中の楽しみも次々に開発されていきます。

バースでは、温泉での療養だけでなく、音楽会、観劇、舞踏会など、正装して出席する行事が毎週のように開かれました。また、テニスやゴルフなど、ルールを決めて楽しむスポーツもここから始まりました。成り上がりやニューリッチたちが一夏をここで過ごすことで伝統的な貴族と接するという、それまでのロンドンの社交界ではあり得なかった機会を得て、社交と洗練を学ぶことができたのも画期的なことでした。

それは階級を超えた結婚や、フォーマルとカジュアルな文化の融合など、新たな社会構造や文化のイノベーションを起こしました。バースという街は、こうした新しい旅と社交スタイルを作り上げただけでなく、これ以降の温泉町のロールモデルともなりました。

■グローバルリーダーが実践する「考える週」

バースの海浜版として発展したのがブライトンです。海洋療法という健康法に加え、散策、観劇、社交を織り交ぜた保養地で、現在のビーチ・リゾートや保養の旅のパイオニアとなりました。

このように、現在の旅のルーツと言えるものは、自国では習得できない教養や技術、他の国の政治や文化、豊かなライフスタイルについて学び、社交の経験を積むことにありました。旅は自分を高める格好の機会だったのです。

同じ滞在型でもバカンスとは対照的に、世界のグローバルリーダーが敢えて自分を世間から切り離し、思考を整理する内省の旅の代表格が、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が実践していた「シンク・ウィーク(Think Week)」です。

ゲイツは年に2度ほど、休暇とは別に1週間ほどオフィスを離れ、日々のルーティーンから解放されました。それは、タスク過多で生産性が低下している脳をリセットし、クリエイティブなエネルギーを取り戻すための文字通り「考える週」でした。

■クリエイティブなエネルギーを取り戻せる

シンク・ウィークの間、友人や社員はもとより家族でさえ彼と連絡を取ることは禁止されていました。自分を取り巻くすべてから遮断された静かな状態に身を置き、高いところから自分を俯瞰する。それによって心身が休まり、気持ちがリセットされ、クリエイティブなエネルギーが取り戻せたのだそうです。そして、ともすれば見失いつつあった自分の目標や夢について、効果的に考え直すことができたと言います。

山田 理絵『グローバルエリートが目指すハイエンドトラベル 発想と創造を生む新しい旅の形』(講談社)

マイクロソフト社で生まれた多くの重要なイノベーションは、このシンク・ウィークの間にビル・ゲイツが浮かべたアイディアがベースになったと言われています。特に、シンク・ウィークから戻ったゲイツが役員に発信した「インターネットの高波」という社内メモは、同社のインターネット事業の成功のきっかけになりました。

忙しいビジネスリーダーにとって、家族旅行以外に1週間の休みを取って一人エスケープすることは、非現実的に映るかもしれません。しかし1、2泊、あるいは週末や連休を利用すれば、自分を外部から遮断し、どこかに籠って思考を整理することはできそうですし、特に人生の転換期にはそのような時間を持つことが必要ではないでしょうか。

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山田 理絵(やまだ・りえ)
ラグジュアリー・コンサルタント
Urban Cabin Instituteパートナー。WabiYoga(R)主宰。早稲田大学第一文学部に在学中に、ドイツ公共放送(ZDF)でリポーターを務め、1991年にフジテレビジョンに入社。報道記者、社長室で国際プロジェクトや役員の海外の賓客との社交をアシストする。1996年に、Urban Cabin Institute創設者の山田長光氏と結婚。現在はUrban Cabin Instituteにてハイエンドトラベラーやビジネスリーダー、次世代教育、WabiYogaRインストラクター養成プログラムの講師を務める。また、ハイエンドな価値の創造のためのコンサルティングを行っている。宗徧(へん)流十一世家元夫人・山田宗里でもある。

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(ラグジュアリー・コンサルタント 山田 理絵)

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