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「4月入学」にこだわる人こそ、日本の生産性を下げている元凶だ

プレジデントオンライン / 2020年6月6日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vanbeets

新型コロナウイルスによる休校の長期化で急浮上した「9月入学」。来年度導入は見送られたが、議論は続いている。今年3月まで9年間にわたり開成中学・高校の校長を務めた柳沢幸雄氏(現・北鎌倉女子学園学園長)は「9月入学は、先進国で群を抜いて低い日本の労働生産性を上げることにも結びつく。やるべきだ」と主張する――。

■「来年3月までに」という焦りを子供に伝えるな

——9月入学について、自民党は「本年度・来年度の直近の導入は困難である」と見送る方針を固めました。

【柳沢】後述しますが、今後気づいたら物価が10倍になっているという時代がくる可能性があります。そのショックをできる限り小さくするために、自分の努力している(働いている)時間の果実(成果)を今よりも多く生み出せるような働き方をしなくてはいけません。

そのための第一歩として9月入学は必要です。留学生を受け入れている大学では、4月入学のほかに9月入学も実施しています。多くの国の入学時期である9月に実施しなければ、優秀な外国人留学生の受け入れが困難になりますからね。しかし年に2回、入学時期があることによって2度手間になる仕事が少なくありません。9月入学の1回になれば、それらの無駄な仕事を省くことができます。学生にとっても、現在9月入学生は4月入学生のカリキュラムに遅れて参加している状態ですが、9月入学に一本化すれば同時に勉学をスタートできます。

——9月入学に移行した場合の、小中高校生たちへのメリットは。

柳沢幸雄氏(北鎌倉女子学園学園長)(写真=本人提供)
柳沢幸雄氏(北鎌倉女子学園学園長)(写真=本人提供)

【柳沢】勉強の積み重ねから抜け落ちたコロナ世代を作らない、救うことができます。休校の長期化によって、受験生を心配する人が多いのですが、重要なのは低学年の小学生です。ネットを使った遠隔授業は低学年生では難しいですし、集団の中で自分の時間を過ごす形に慣れさせることが小学校低学年では非常に重要。

今年度を12カ月プラス5カ月(来年の8月まで)の17カ月で考えれば、時間的余裕ができます。今まで通り、「来年3月までに今年度の教育をこなさなければ」と教員が焦ると、子供に伝わる。そして、「この学年どうなるんだろう」と子供の不安や焦りを生み出します。ぎゅうぎゅうに押し込まれたスケジュールでは、誰でも勉強が嫌になる。だからスロースタートがいいんです。これからもし第2波、第3波がきたとしても、焦ることなく教育することができます。

——ただそうなると、4月から8月までの間に生まれた子供たちを吸収し、1学年が1.5倍の人数になるという指摘や、7歳の入学は世界的にみて遅いなどという批判もあります。

【柳沢】それは派生した問題で、派生項目を最優先するのは主客転倒でしょう。

■「勉強ができなくなった世代」を作らないことが最重要

【柳沢】最重要課題は何か。今は「コロナによって勉強ができなくなった世代」を作らないことが最も重要です。その対策によって生じた変動は時間をかけて吸収するべきです。例えば4月から8月までの「5カ月の遅れ」を5年間かけて吸収していくなど、いろいろな工夫ができます。

日本は教育に限らず、あらゆる分野おいて「修正」が苦手です。運転しながら不具合を点検し、修正していくということができない。スタート時点で“間違いが起きない完璧な仕組み”を作ろうとする。だから効率が悪く、労働生産性が低いのです。

それは今回のコロナ禍によっても明らかになりました。人口10万人あたりのPCR検査数が世界各国と比べて圧倒的に少ない。コロナ感染拡大の初期の頃から指摘されていますが、一向に変わりませんね。日本人にとって常日頃、こういう現象があるのです。

各国、地域におけるPCR等検査数の比較
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の資料(2020年5月4日)より抜粋。

■なぜPCR検査の数という「成果」が出てこないのか

——どういうことでしょうか。

OECD加盟諸国の1人当たりGDP(2018年/36カ国比較)
日本生産性本部「労働生産性の国際比較2019」(2019年12月18日)より抜粋。

【柳沢】日本の労働生産性、つまり労働者が1時間に生み出す「付加価値」が非常に低い。OECD(経済協力開発機構)で36か国中、21位。先進7か国の中で50年間最下位なんです。付加価値というと難しく感じますが、簡単に言えばプロダクト、作り出した「成果」です。コロナで考えると、PCR検査の数というのは「成果」。それが日本の普段の労働生産性と一致して低い、そう考えれば驚くにはあたらない。日本の伝統ともいえます。

——日本人は勤勉で労働の質もいいという印象があります。

【柳沢】確かに“労働の質”はいいでしょう。フランスにPCR検査機器を提供したところ、フランス大使館からその会社にお礼状が送られたというほど技術は素晴らしい。だけどそれが“成果”につながらない。世界に冠たる技術を持っているわけですが、宝の持ち腐れになっているのが現状です。

なぜか。「木を見て森を見ない」からです。それが私の結論。一人一人が自分が見える範囲、自分の持ち場はきちんとやっています。PCR検査に関しても、検査に関わっている人は誠心誠意、一生懸命働いている。けれども、ある大きさを超えると日本人は対応しきれなくなる側面がありますね。

本来、森の中のどの木を間伐するかという「森全体の生産性」をあげるための視点を持たなければいけない。そういった仕組みや組織、人(司令塔)が必要なのですが、日本では“上から見る”ということに非常に悪いニュアンスがある。「あの人は上から目線だよね」「鼻持ちならない奴だ」と。

■一人ひとりの働きは素晴らしいのに、全体として機能していない

——私たちは「上から見る」ということを重視しない育ち方をしてきたのでしょうか。

【柳沢】そうでしょうね。人に迷惑をかけるのをやめましょう。みんな同じようにやりましょうねということで、“上から目線”が絶対的に排除されてきました。「森を見る」というトレーニングがされていない。

パーツはいいんです。素晴らしい倫理観、素晴らしい働きをしている。ですがそれを組み合わせた時に全体としてうまく機能しない。最高のパーツを集めても、最高の自動車ができるとは限らないでしょう。システム論の用語でいうと「部分最適化」のみの状態。これが日本の仕組みです。

——それが労働生産性の低さに結びついている、と。

【柳沢】労働生産性を上げないと、これからの日本は大変なことになります。国家債務は1000兆円を超えていたところに、さらに200兆円追加する。国民一人あたりおよそ1000万、4人家族で家一軒分くらいの借金を抱えているということです。

主要先進7カ国の時間当たり労働生産性の順位の変遷
日本生産性本部「労働生産性の国際比較2019」(2019年12月18日)より抜粋。

法人や国民の資産でまかなえているから大丈夫と言う専門家もいますが、一番の懸念材料は「円の価値」が急激に下落した時。国家がまわらなくなります。エネルギー資源に関わるものを輸入に頼っていて、そこで例えば円の力が半分になってしまえば、輸入品の支払いが倍になってしまいます。輸入物資が基本的な物価を押し上げますから、ハイパーインフレ(インフレが進みすぎた状態)が起きます。

すでに我々も経験しているんです。例えばマスク。もともとは一枚20円くらいの品物でしたが、あっという間に10倍というようなことが起きています。私は1970年代のオイルショックが起きた時、ちょうど社会人として働き始めの頃でした。一年で給料が30%も上がりましたよ。

■「妻の年収は103万円以下か」をチェックする作業はムダなだけ

——石油価格が上昇し、石油を輸入に頼らなければならない日本では物価が急激に上昇し、インフレが起きてしまったということですね。

【柳沢】これから同じことが起きる可能性があります。円の価値が落ちた状態で生産性を高めるには、今やっている仕事がどう成果につながっていくか、一人一人が意識することです。

労働生産性ゼロの典型例は、会社で社内管理のための書類を作る作業。何も成果を生み出していません。ほかにも例えば日本は給料に“手当”が多いですが、アメリカでは年俸制の組織が多い。年棒を12で割った金額が毎月振り込まれるだけ。一度プログラムを組めば、事務作業が必要ないですよね。ところが日本の場合は扶養手当を受け取るために、奥さんが年収103万円を超えたかどうかをチェックする作業が必要になる。しかし、その作業は決して成果につながらないわけです。

■年収1000万なら「時給5000円」を意識して働くべき

——これからの仕事は、発想を成果主義に切り替える必要がある。

【柳沢】昔、私はある役に立たない会議に参加していましたが、「会議の議事録が1行いくらになるか、計算しましょうよ」と提案したことがあるんです。そのためには自分の時給がいくらかを計算する必要があります。

簡単にできますよ。自分の年収を2000で割れば、おおよその時給になるんです(週40時間の労働時間×52週で2085時間が年間の労働時間の上限とされる)。年収1000万の人なら時給5000円。時給5000円の人が会議に10人集まったら1時間5万円。5万円でその会議の議事録がたった2行なら1行25000円となります。自分は時給換算した時の「富」を生み出しているか、その会議にはそれだけの成果があるのか、常に考えなければなりません。

——私はフリーランスですから今日一日でいくら稼いだかなど、お金にはシビアですが(笑)。

【柳沢】そうでしょうね。自分が稼ぐ時に「どういう風にお金がまわるか」という視点を持つ。ところが大企業に勤める男性ほど考えていない。あと何年後には平均的にはこのポジションで、役職手当はこれくらいでと頭に描いている。ハローワークにやってきた中年の人が「あなたはどういう仕事ができますか?」と聞かれて、「部長ができます」などと答えた笑い話がありますが、もう年功序列の時代は終わりました。

女性の場合は、結婚して出産する時など、仕事をどう続けるかを考える機会があり、成果に関してもっとシビアですよね。そういう意味では今の日本社会は女性が支えていると思います。

■給料の4倍以上を稼がないと組織としてはまわらない

——つまり組織に甘えず、この一時間で何を生み出せるか。

【柳沢】そうです。特にリーダーとして仕事をするなら、自分が得る給料の4倍以上稼がないと組織としてまわりません。自分が年収1000万を得るなら年間4000万~5000万円は稼がないと。秘書や受付などの人材、コピー機などの設備、家賃も必要になりますからね。

一生懸命働いているけれど成果につながらないなら、その原因がどこにあるのか、考える必要がある。自分の持ち場がどこにつながっていくのか。「成果」は、自分で作り出すしかありません。

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柳沢 幸雄(やなぎさわ・ゆきお)
開成中学校・高等学校校長
1947年生まれ。東京大学名誉教授。開成高等学校、東京大学工学部化学工学科卒業。71年、システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社。74年退社後、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修士・博士課程修了。ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、併任教授(在任中ベストティーチャーに複数回選出)、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て2011年より現職。シックハウス症候群、化学物質過敏症研究の世界的第一人者。著書に『ほめ力』『なぜ、中高一貫校で子どもは伸びるのか』など多数。

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(開成中学校・高等学校校長 柳沢 幸雄 聞き手・構成=笹井恵里子)

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