頭のいい子ほど「コロナ休校」が学力向上にプラスとなったワケ
プレジデントオンライン / 2020年7月15日 9時15分
■オンライン授業に耐えられず、親子げんかが勃発
過日、ひとりの小学生保護者がわたしの塾に「転塾」の相談にやってきた。
「いま通っている塾はコロナ感染予防のため、夏いっぱいまでZoomを用いたオンライン授業しかおこなわないので、親としてもう耐えられないと思い、こうして面談をお願いした次第です」
開口一番、こんな悩みをわたしに打ち明けた。わたしの塾は6月よりライブ授業、つまりコロナ以前の集団授業を再開している。いったいその保護者は何が「耐えられない」のか。話を伺うと、オンライン授業には次のような問題点があるという。
1:オンライン授業だと子どもの集中力が続かず、学力を伸ばせそうにない。
2:リモートワークで自宅にいることが多くなった両親は、子の学習の様子が目に入る機会が多くなり、1のような子の学習状況にいら立ってしまう。
3:子に注意を与えると「逆ギレ」されてしまい、親子で大げんかになってしまう。
実はこの手の相談はレアなものではない。6月に入ってからわたしの塾に問い合わせてくる複数の小学生保護者が同じような悩みを口にするのだ。
■オンライン授業では子どもの学力を伸ばせないのか
それでは、オンライン授業では子どもの学力を伸ばせないのだろうか。
結論から申し上げよう。「伸ばせない」は、半分は正解で、半分は間違いである。
とある大手塾で最難関校を狙う中学受験生たちを専門に指導をしている知り合いの講師は、わたしとの電話でこんなことを言っていた。
「中学受験生のトップ層は、この自粛期間は学力を相当伸ばせたにちがいない。Zoomでの反応も上々だし、彼ら彼女たちにとって『学びの足かせ』になっている小学校がないのだから。朝から晩までずっと勉強しているよ」
中学受験の学習内容は、公立小学校の授業内容とはレベルが異なる。そのため学校での授業は優秀な受験生にとって「進度が遅すぎる」と考える塾講師は少なくない。個人的には小学校を「学びの足かせ」と言い切るのは短見であり、乱暴な物言いだと思う。いずれにせよ、中学受験生の優秀層にとってはライブ授業であってもオンライン授業であっても受験勉強を進める上で何も問題はないということは真実なのだろう。
ただし、わたしの「感覚値」としては、こうした優秀層は全体の1割もいない。
残りの大多数の中学受験生は、ライブ授業からオンライン授業の切り替えについていけず、思い通りにカリキュラムを消化できずに四苦八苦しているように見える。
そして、その原因はオンライン授業を「発信する側」「受信する側」双方に認められるのだ。
■名ばかりの「双方向型授業」
オンライン授業における「発信サイド」の問題点とは何だろうか。
この点について、まず、わたしはオンライン授業を配信している塾や講師を問題視するつもりが毛頭ないことを述べておきたい。これは、オンラインの持つ構造上の欠陥であると考える。
知り合いの中学受験塾の講師はオンラインによる双方向型授業に携わっていて、こんな不便さを感じたという。
「授業自体は何とか進行できるのだけれど、困ったのは子どもたちの表情変化が分かりづらいこと。そして、手元が見えないことかな。あと、距離がつかめないからなのか、場を乱してはならないという配慮なのか、授業を良い意味で盛り上げる講師や子どもたちの『脱線』や『不規則発言』がないのも授業の活力を奪ってしまうよね」
今回オンライン授業を経験してみて、わたしが強く感じたのは、授業は塾講師だけが「作る」ものではなく、子どもたちもまた授業の「作り手」であるということだった。
わたしたち塾講師は子どもたちの発言やその表情の微細な変化を受けながら授業内容の深度を決めていたり、教材やノートにメモ書きするその内容から子どもたちの理解度を推し量っていたりするのだ。
友人の予備校講師は、自分の子どもが中学受験塾のオンライン授業を受ける様子を「観察」していて、こう感じたという。
「子が取り組む様子を見ていたけれど、オンラインはその場の会話をつなげて、そのときどきの思考を問うようなやりとりには不向きですね。発言や質問をしても、結局当てられた子が正解を答えるだけになってしまう。だから、子どもたちの集中力は続かない。講師もやりづらそうで、ちょっとかわいそうだったな」
つまり、「双方向型」とは名ばかりで、発信する側(講師)の「一方通行」に陥りやすいのがオンライン授業の抱える課題であるように感じられたのだ。もちろん、これが数十人を対象にするものではなく、2~3人を相手にする少人数授業であれば話はまた変わってくるのだろう。
■学びの「場」が失われるということ
一方、オンライン授業には「受信する側」にも原因がある。とはいえ、これも子ども本人というより「場」の問題である。
それまで学校や塾という学びの環境に慣れ切っていた子どもたちにとって、自宅が急にその場へと変わったことへの心的負担は大人たちが想像する以上に大きい。
心理学者のクルト・レヴィンは、『社会科学における場の理論』(ちとせプレス)で、人の行動はその場のさまざまな要素によって決定づけられ、場が人のモチベーションに与える影響は甚大であると論じている。
これを学校や塾の教室という「学びの場」に置き換えてみると、子どもたちが学ぶことに集中できるのは、「学習環境に集中できる教室」「ライバルとなるクラスメート」「講師による授業」「さまざまな教材やプリント」といった複合的な要素がそこにあるからだろう。また、ライブ授業の前後の時間に声掛けを子どもにするなどのちょっとした触れ合いも失われてしまう。
そうした勉強の環境や、刺激、情報が奪われただけではない。
冒頭の例にもあるように、自宅が学びの場になることで、親の「監視下」に置かれ窮屈さを抱いてしまう中学受験生も多い。
子の学習をモニタリングしている親は子どもの「できる」ところではなく、「できない」ところばかりが気になるもの。子にとってはミスした箇所ばかりを親から指摘されるのはたまったものではない。
そんなこんなで親子関係の軋轢(あつれき)が生じた結果、学習意欲が減退してしまった、なんていう話はしばしば耳に入ってくる。
■わたしの塾が「授業動画配信」を選択したワケ
いまはライブ授業を再開しているわたしの営む中学受験専門塾は、4~5月は毎週約50本にも及ぶ「授業動画」を撮影し、教育業界に特化した動画配信システムを通じて塾生たちに公開していた。
正直、ZoomなどのWeb会議のアプリケーションを通じた遠隔授業を提供したほうが準備に時間をとられずラクである。
しかし、上述したようなオンライン授業の課題を懸念した結果、授業動画の配信に踏み切った。授業動画ならではのメリットとしては以下の点が挙げられる。
1.制限時間をあまり気にせず、問題解説に多くの時間を割けられる。
2.受信サイドが一時停止したり何度もリピート再生したりすることができる。
わたしが経営する中学受験専門塾は小規模なので、授業動画配信にとどまらず、担当講師が個々に連絡をとり毎週質問対応をおこなうことができた。それでも、ライブ授業なら子どもたちがもっと効率的に学べたのにと思わされる場面が多々あった。
授業動画撮影も苦しかった。何しろ「無観客」で授業をしなければならない。子どもたちの顔が見えない中、その表情を思い浮かべながら授業を進行するのはなかなか難しいのだ。
なお、YouTubeでわたしの授業動画のダイジェスト版を公開しているので、関心のある方はぜひ視聴してほしい。中学受験塾の動画授業はどういうものなのか多少はイメージできるかもしれない。
■ライブ授業に優るものはないけれど
繰り返しになるが、ライブ授業を自粛した各塾のオンライン対応を非難する考えはわたしにはない。それぞれの塾が苦心して子どもたちの学びを支えようと努めているのだから。
本稿で言いたいのはこういうことだ。
今後、新型コロナの感染者数が再び増加の一途をたどり、オンライン授業で中学受験勉強を進めねばならない日がやってくるかもしれない。保護者はその日に備えて、オンライン授業の特性や課題を把握した上で、親子の「距離感」についていま一度考えてほしいのだ。
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中学受験専門塾スタジオキャンパス代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。
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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)
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