すわ事件発生か…介護施設の高齢者が「監禁された、助けて」と警察に110番増加の背景
プレジデントオンライン / 2021年4月28日 9時15分
■高齢者が「監禁された、助けて」と警察に110番増加の背景
「これまでは一度もなかった入所者さんとのトラブルが、最近起こるようになってきたんです」
そう語るのは首都圏にある介護老人保健施設(老健)の職員、Kさんです。トラブルとは何でしょうか。
「高齢の入所者さんが携帯電話で110番をして、『今、監禁されているので、助けに来て』と警察を呼ぶんです。職員からすればショックですよ。もちろん監禁なんてしていませんし、そんなふうに思われるような対応をした心当たりもない。にもかかわらず警察が来て事件性を疑われ、事情を聞かれるのですから」
Kさんの施設では、今年に入ってから入所者が警察を呼ぶケースが3件あったそうです。
「私はこの施設で働き始めて10年近くになりますが、こんなことは一度もありませんでした。なぜ、突然こんなことになったのだろう、と考えこんじゃって……」
老健は在宅復帰を目指してリハビリや医療ケアを行う施設です。入所条件は原則65歳以上で要介護1以上の認定を受けている人。体の機能が低下して在宅での介護が難しくなった人、病院に長期入院した後で現状では在宅復帰が厳しい人などが入所します。
■入所者と職員の関係がよく明るい雰囲気の施設なのに……
リハビリによって機能が回復すれば在宅に復帰できるわけで入所期間は基本的に3~6カ月。つまり体の状態を良くするための一時的入所です。入所者も「自宅に戻る」という前向きの目標があってリハビリに励む。そんなこともあって老健は高齢者施設のなかでも明るい空気が漂っています。
筆者もKさんの施設を見学させてもらったことがあります。入所者の方々が理学療法士などの指導を受けて行うリハビリは大変そうではありましたが、その目には「元気になるぞ」という前向きの姿勢が感じられましたし、リハビリの効果が出て担当者から「頑張りましたね。もう少しですよ」などと声をかけられると笑顔も浮かびます。また、入所者と職員の会話は和気あいあいとしていて、とても良い関係に見えました。
■「監禁されている」110番の原因はコロナにあった
そんなKさんの施設で入所者が「監禁されている」という110番通報をしたというのです。
「なぜ、こんなトラブルが起きたのか。頭に浮かんだのはやはりコロナ禍の影響です」
Kさんはその理由をこう語ります。
「通常ですと入所を検討する段階で、ご家族が施設の見学に来られます。体の状態にもよりますが、入所されるご本人同伴で来られることも少なくありません。居室やリハビリルームなどの見学はもとより職員が何人ぐらいいて、どんな食事が出るのか。リハビリも含めて1日のスケジュールはどうなっているのか、といったことを確認するわけです。そして、老健がどういう施設で何のために入所するのか、詳しい説明を受ける。ご家族もご本人もそれを聞いて納得したうえで入所されるのです」
「しかし、新型コロナウイルスの流行が深刻化した昨年の春以降、外部からの人の出入りが禁止されました。感染すれば重症化のおそれがある高齢者の施設。絶対にクラスターを起こしてはいけないですから」
■「突然、見知らぬ場所に連れてこられた」と受け止める高齢者
その結果、入所の説明はパンフレットなどをもとに担当者と家族が面談するか、電話での打ち合わせによって済まされることが多くなったそうです。
「もちろんご家族も入所先に関する説明を高齢の父親や母親にしているはずです。でも、見学できていないですから、どんな施設かを詳しく語るのは難しい。そんな状態では、『突然、見知らぬ場所に連れてこられた』と受け止める方がいたとしても仕方がありません」
そして、いきなりリハビリを含めた施設での慣れない生活が始まるのです。
「加えて、ご家族が面会に来られないのも大きいと思います」とKさん。
「愛着のある自宅を離れることになる入所者の方にとって何よりの楽しみは家族との面会です。でも、感染防止のため、今は控えていただいています。その代わりにウチの施設でもリモート面会を行うようにしました。ご家族と連絡を取り、iPadを介して顔を見て会話していただくのです。ただ、高齢の方は新しい機器やテクノロジーに馴染みがないですよね。画面を通してでは会話をしてもピンとこないみたいなんですよ。目の前に家族がいて話をするのとは大違いで、気が晴れることはないようです」
家族と会えないことが孤立感につながり、その寂しさから冷静な判断ができなくなる。その結果、「監禁されていると思い込まれるのではないでしょうか」とKさんは推測します。
■職員は警察から事情を聞きかれ、取り調べを受ける
警察も職員から事情を聞き、事件性がないとわかれば帰っていきます。それでも、施設サイドは、それで一件落着とはいきません。当事者が「監禁されている」と思い込んでいる場合は、また警察に通報する可能性がありますし、担当の職員もビクビクしながらケアすることになるからです。
「通報された3人のうち、おふたりはご家族と話し合いのうえ退所、在宅での介護となりました。残るおひとりはご本人を交えてご家族と面談し、老健がどのような施設でご自分が入所した事情を納得されたので、現在も当施設で過ごしておられます」
この3件の警察沙汰は、職員の心に大きな傷を残したそうです。
「ケアする側とケアされる側、職員と入所者の関係は互いに信頼があって成り立ちます。信頼されていると思えるから職員も親身になるし精一杯のケアをしようとする。3人の方も通報された当日も職員と穏やかに接していましたし、“監禁されている”と思っているような素振りはまったくありませんでした」
「しかし、通報という行動に出た。たとえ認知症とわかっていても職員からすれば、『そう感じていたのなら、なぜ言ってくれなかったの?』『なんで隠していたの?』と。裏切られたような思いになります。コロナ禍で、ただでさえ職員はさまざまなことに気を配る必要があり、ピリピリしています。それでも入所されている方々には、それがストレスになってはいけないと、努めて明るく接しているんです。一部に過ぎませんが、その努力をわかってもらえていなかったという事実はショックでしたし、仕事に対するモチベーションも下がりました」
■通報によってパトカーが横付けされれば風評が立つ
また、高齢者施設にとっては、それとは別の危惧があるといいます。
「ウチは幸い田園のなかにポツンと建つ施設なので、警察が来ても気づかれることはほぼありませんが、街中の施設でそうした通報によってパトカーが横付けされれば風評が立ちますよね。『あそこは入所者を虐待したんじゃないか』とか。誠実に仕事をしている施設、職員からすれば、たまったもんじゃないですよ」
無実の罪を着せられたような気になるというのです。
「報道されることはないですが、コロナ禍によって、こうしたトラブルに悩んでいる施設は多いと思います。知人が勤めている特別養護老人ホームでも同様のことがあったと聞きました」
コロナ禍は変異株の出現によって再拡大しています。これによって飲食店をはじめ多くの業種と関係する人々に大きなダメージを与えていますが、介護業界に携わる人たちにも気持ちをざらつかせる事態が起こっているのです。
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フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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(フリーライター 相沢 光一)
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