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「文在寅大統領に配慮か」元徴用工訴訟で韓国裁判所が異例の"日本勝訴"を下したワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月14日 11時15分

2021年6月7日、韓国・ソウルのソウル中央地裁で行われた判決を受け、取材に応じる元徴用工イム・ジョンギュ氏の息子ら - 写真=EPA/時事通信フォト

■文大統領の思惑が影響したか

2017年5月の大統領選挙で当選した後、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、安全保障面で米国を、経済面では中国を、そして外交政策面では北朝鮮との宥和(ゆうわ)とわが国への強硬な姿勢を鮮明にした。しかし、ここにきて同氏のわが国に対する姿勢には、幾分かの変化の兆しが見てとれる。

具体的な事象の一つが、6月7日、元徴用工やその遺族がわが国企業16社に損害賠償を求めた集団訴訟にて、ソウル中央地裁が訴えを却下したことだ。

別の原告が起こした2018年の訴訟ではわが国企業に賠償を命じる最高裁判決が確定しているが、今回ソウル中央地裁は真逆の判断を下した。原告の主張を認めれば、日韓の国交樹立の基礎となり、韓国の経済成長の基盤形成に寄与した1965年の“日韓請求権協定”に違反する恐れがあると判断したようだ。

経済の側面から考えると、今回の地裁判断には、景気回復を進めて支持率回復を目指すために対日関係が重要になっているという文氏の考えが影響した可能性がある。特に、韓国経済の牽引役に位置付けられる半導体関連企業にとって、わが国企業との円滑な取引の重要性は高まっているだろう。

文氏が来年の大統領選挙で自らの政治路線の継承を目指すためにも、企業への配慮は欠かせない。そうした文氏の思惑が地裁の判断に与えた影響は小さくないだろう。

■半導体需要に支えられて景気は好調

足許の韓国経済を俯瞰(ふかん)すると、全体として相応に好調だ。業種別にみると、製造業の回復が先行し、それが非製造業を支えている。ある意味、経済は二極化していると考えられる。

製造業では半導体などの業況が良い。米中対立や世界経済のデジタル化の加速、わが国の半導体工場の火災などによって半導体の不足が深刻化する中、サムスン電子の半導体生産ラインはフル稼働が続いているとみられる。米中をはじめ世界的な半導体需要の増加などに支えられ、5月の韓国の輸出額は前年同月比で45.6%増加した。外需に支えられて韓国の内需にも持ち直しの動きが広がっている。

6月上旬時点での韓国内外の経済環境が続くと仮定すると、目先、韓国経済は輸出を中心に回復基調を維持する可能性がある。そう考える背景の一つとして、米国に加えて欧州でもワクチン接種が進行している。

ワクチン接種は、経済の正常化に不可欠な要素の一つだ。ワクチン接種の進行によって米国に加えて欧州経済も正常化に向かう可能性がある。また、韓国にとって最大の輸出先である中国の景気も回復している。それらは外需依存度の高い韓国経済に追って重要な追い風だ。

■対日姿勢を変化させつつある

景気回復が文大統領の支持率に与える影響は大きい。年初来、不動産価格の高騰や、土地住宅公社の職員による不正投機の疑惑浮上、感染増加などによって文氏の支持率は低下した。世論調査の一つによると、4月下旬の支持率は過去最低の29%を記録した。

ソウル
写真=iStock.com/pius99
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pius99

その後、支持率は不安定な動きを伴いつつも持ち直した。6月7日に公表された世論調査で支持率は38.3%だった。経済の側面から支持率を考えると、輸出などの増加によって景況感が改善したことは大きいだろう。

文氏は景気回復の勢いを強め、支持率を高めたいだろう。韓国の対日貿易収支が赤字であることから確認できるように、基本的に韓国経済にとって、対日関係は重要だ。文氏は景気回復を実現して支持率の回復を目指すために、対日姿勢を変化させつつある。それがソウル中央地裁の判断に与えた影響は軽視できないだろう。

■日米台の連携を意識せざるを得ない

世界経済全体の観点から考えた場合にも、韓国経済にとってわが国との関係の重要性は高まっている。その代表的な分野が半導体だ。

米バイデン政権は中国との競合に備えて、自国を中心とする最先端の半導体などの供給網の整備を重視しているようだ。それが、米国が台湾を重視する理由の一つだろう。台湾には、最先端の半導体生産技術を持つ台湾積体電路製造(TSMC)の本拠地がある。

茨城県つくば市にて、TSMCは本邦企業と半導体の後工程技術に関する研究・開発を行う。TSMCは半導体の部材や製造装置の調達などに関して、わが国企業との関係を一段と重視し始めたと考えられる。最先端の半導体の安定供給という共通の目的の下、日米台の連携は一層強化される可能性がある。

それに加えて、英国は最新鋭の空母“クイーン・エリザベス”を極東に派遣し、独仏蘭もフリゲート艦などをインド太平洋地域に派遣する。その背景にも、米国と連携して中国の海洋進出を抑え、日台を含む極東地域の安定を目指すことが、世界経済への安定かつ持続的な半導体供給に必要との認識があるだろう。

■日本に厳しく接すれば韓国企業に影響が

他方で、TSMCに次ぐ世界第2位のファウンドリーであるサムスン電子などの韓国の半導体産業も、わが国の半導体部材などを必要とする。それは、本邦企業が韓国に直接投資を行っていることから確認できる。文大統領が主張したように、韓国企業が“99.999999999%(イレブンナイン)”の超高純度のフッ化水素などで作られた半導体部材などをより効率的に生産できるのであれば、わが国企業が韓国に直接投資を行う合理性は見出しづらい。

コンピュータ
写真=iStock.com/jamesbenet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jamesbenet

国と国レベルの信頼感は、各国企業の信用供与や取引に無視できない影響を与える。日米台、さらには欧州が連携を進める中、文大統領がわが国に厳しい姿勢をとり続ければ、韓国の企業には無視できない影響があるだろう。それは韓国経済にマイナスの影響を与える恐れがある。

その結果として景気回復の勢いが弱まれば、文氏の支持率にも影響があるだろう。そうした考えをもとに、1月以降、文氏の対日姿勢に変化の兆しが現れ、それがソウル中央地裁の判断に何らかの影響を与えた可能性はあるだろう。

■“最悪”の日韓関係は改善される?

ただし、今回の司法判断が日韓の関係改善につながると考えるのは早計だ。韓国主要紙の中には、ソウル中央地裁の判断に批判的な論考を掲載するものがある。また、文氏は請求権問題を自国で解決すると明言してはいないようだ。変化の兆しが見られることは重要だが、先行きは慎重に考える必要がある。

わが国は毅然と、是々非々の姿勢で韓国に対応すればよい。ポイントは、わが国が、韓国に、最終的かつ不可逆的な請求権問題などの解消を明記した政府間協定の遵守を冷静に求め、それに関する国際世論の賛同を得ることだ。

現在、わが国の精密な工作機械や高純度の半導体部材などの素材創出力は、国際的な競争力を発揮している。わが国に求められることは、安全保障面では米国との関係を基礎に、民間企業の精緻かつ微細なモノづくり力に磨きをかけることだ。それが、韓国からも、台湾からも、米中からもより必要とされるわが国の立場を支えるだろう。

■先行きによっては再び「批判」に転じる恐れ

少し長めの目線で世界経済の展開を考えると、世界的な半導体不足は徐々に解消に向かうだろう。また、年末までに米連邦準備制度理事会(FRB)がテーパリング(量的緩和縮小)の実施を示唆し、半導体関連銘柄の多い韓国株が下落する可能性もある。

それは若年層を中心に韓国の社会心理を悪化させる恐れがある。その展開が現実のものとなれば韓国の為政者は世論の目線を外部に向けさせようと、再度、対日批判を強めるかもしれない。そうしたシナリオは排除できない。

足許の世界経済において、わが国経済はワクチン接種の遅れや感染の継続、さらにはインバウンド需要の蒸発によって厳しい状況にある。ただ、そうした状況にあっても、半導体の部材や製造装置関連の企業は国際競争力を発揮している。自動車もそうだ。そうした企業のコア・コンピタンスの強化が、国際世論におけるわが国の発言力を高める。

わが国政府は感染対策とワクチン接種を徹底して人々の安心と健康を守り、新しいモノづくりを目指す人々の活動をより積極的に支援すべきだ。それがより明確に韓国に是々非々の姿勢を示すことにつながるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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