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「認知症にならないためにはどうすればいいのか」そう心配する人が根本的に勘違いしていること

プレジデントオンライン / 2021年9月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

自身が認知症になるのを心配する人は多い。そうした不安に応えるためか、政府は認知症を減らすための数値目標を掲げようとした。高齢者精神科専門医の上田諭さんは「認知症の原因は医学的に解明されておらず、根治療法も確かな予防法もない。認知症を減らすことよりも、受け入れる社会づくりのほうが重要だ」という――。

※本稿は上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■政府の「認知症を減らす数値目標」の衝撃

認知症を減らすための数値目標なるものが2019年5月に政府から発表され、メディアに大きく取り上げられた。70歳代での認知症の人の数を、2025年までの6年間で6%減少させるというものだ。これを、認知症に関する国家戦略となる認知症対策の「大綱」に新しく盛り込むとされた。会見で根本匠厚労相(当時)は「十分実現可能な目標」と語っていたという。

この報道を耳にした時、私は何かの間違いではないか、エイプリルフールのニュースではないかと一瞬頭をよぎるほどだった。報道内容は、あり得ない話だからである。大部分の認知症は、医学的になぜ起こるのか原因は明らかではない。それゆえ、根治療法はなく確かな予防法もない。それをどうやって減らすというのか。政府の専門家の方々は世界が驚く予防法の大発見でもしたというのだろうか。

報道によれば、運動不足解消の活動や保健師らの健康相談、予防の取り組みガイドライン作成などを通じて削減を目指すのだという。これまで「大綱」では認知症の人との「共生」を柱にしていたが、今後は「予防」との2本柱にするという。

■予防法がない病気をどう「予防」するのか

奇妙でおかしなことである。医学的に予防法はないのに、予防を柱にするという。幻想やイメージだけに頼って、政策を決めているとしか思えない。

予防策の一つとして具体的に言葉にあがった「運動」についていえば、現時点の医学的常識では、認知症の予防とはならないことがわかっている。2018年1月に米国で発表された世界の医学論文の大規模データ分析で、運動の予防効果には医学的根拠がないとされた。

2019年には、運動不足は認知症の危険因子(病気を引き寄せる要因)とはいえないという英国の大規模研究も発表された。認知症を避けようと運動不足を目のかたきにしても仕方ないということである。

■高齢者になったらだれもが認知症になり得る

ところが現実には全国で「介護予防」「認知症予防」の名目で、体操や歩行など運動が盛んに奨励されている。定期的な「教室」を催している地域も少なくない。たしかに、掛け声の一つである「介護予防」つまり筋力低下の防止や転倒防止、身体的健康の維持には効果がある。そのためにはどんどんやってもらえばよい。しかし、認知症予防には効果がない。認知症になりたくないから、ではなく、認知症でもいいので歩行できる身体でいたいから、と思って運動をすればよいのである。

認知症予防に医学的根拠がないのはわかっているのに、なぜ削減の数値目標などというものを政府は出してしまったのか。それは、認知症対策についての大綱の柱として「共生」をうたいながら、認知症の人を尊重し「そのままでよい」と認める思想が、政府の人々の中にないからではないか。

高齢になれば、だれもが認知症になる可能性がある。それが理解されているのだろうか。超高齢社会となって、その可能性はますます増えている。だとすれば、予防ではなくその備えこそ第一に重要ではないか。

車いすで介護
写真=iStock.com/kazoka30
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazoka30

■認知症は「ふつう」で、認知症でないことが「特殊」

認知症にならないための方策を医学的根拠が乏しいままに掲げ、減らす目標数値を世間に公表するのは、「認知症になってはいけない」「認知症は予防しなければいけない」という思想が根底にあるからであろう。これらがさらに推し進められれば、「予防の努力をしていない人が認知症になる」というメッセージになりかねない。

だれもが認知症になってよい。高齢になれば、顔にしわが増えるのと同じように、どんな人でもなる可能性がある。90歳を過ぎたら、認知症の人の比率が認知症でない人を上回る。超高齢の年代では、認知症が「ふつう」、認知症でないことが「特殊」なのである。

もし認知症になったとしても、悲観したり卑下したりする必要はない。健常な人と同様に、堂々と生きていけばいい。世の中の人々がそう感じ、互いを思いやって暮らす社会を作っていく。それが政府の目指すべき目標でなくてはいけない。その姿勢がいまの政府には欠けている、あるいは足りないというしかない。

■削減目標は「否定的なイメージを助長しかねない」

今回のことで、社会の成熟を感じさせる動きもあった。認知症の削減目標の報道後、新聞社が懸念と批判を提示したのだ。朝日新聞は、社説で「認知症に対する否定的なイメージを、助長しかねないと懸念する声がある」「予防に努めれば認知症にならないかのような印象を与える目標の打ち出し方は問題」(2019年5月21日付)と書いた。これまで認知症について否定的なイメージを多く繰り出してきた大新聞に、明らかな進歩の跡がみえた。

認知症の人たちで作る当事者団体も、「認知症になる人は予防の努力が足りないからだ」という間違った考えから新たな偏見が生まれかねないと批判の声をあげた。与党内からも疑問視する声が出たという。

結局、同年6月になって、「認知症削減の数値目標」は撤回に追い込まれた。朝日新聞(2019年6月5日付)の記事によれば、厚労相は「予防の取り組みは、認知症の人の尊厳を守り、共生の議論の上で進めることが大前提」と述べたという。

根拠なく、できもしない予防策をもとにした目標の愚かさに政府が本当に気づいたのだとすれば、遅すぎることではあるが、それも社会の進歩の一端といえるのかもしれない。

■アミロイド撃退薬に飛びついたメディアの罪

認知症に対する社会の関心はとても大きいので、例えば次のような話を講演ですると、とても驚かれる。「アルツハイマー病を代表として認知症の原因はわかっていないので、確かな予防法も根治療法もありません」。さらに最近、一般の聴衆の方から「脳にたまるアミロイドたんぱくが原因とわかったとテレビでやっていた。アミロイドをなくす薬がもうすぐできると聞いた」と、時々反論を受けるようになった。

このテレビの情報は、半分正しく、半分間違っている。

アミロイド、正確にはアミロイドベータたんぱく(以下アミロイドと略)は認知症の人の脳に蓄積する物質だ。かつては、アルツハイマー病の人の脳に沈着するものとして、老人斑と呼ばれる物質が知られていた。認知症研究者が、亡くなった患者の脳を解剖して調べることによってみつけたものだ。この老人斑の実体が、アミロイドという異常たんぱくだった。

一時は、アミロイドがアルツハイマー病の主な原因で、アミロイドをなくせば認知症を治せると、世界中の研究者がわき立った。アミロイドをなくす薬の研究も世界中で始まった。講演で反論された聴衆の方がみたテレビ番組は、おそらくそれを取り上げたのだろう。しかし現在の医学界は、すでにアミロイドが主な原因だという見方はなくなってしまった。

テレビやメディアはどうしても人々の関心を引く情報に飛びついてしまう。その時の期待の高まりのままに、いまだ確定的でない事実まで報じてしまう。それを一般の人々が信じてしまうと、過剰に期待を抱かされ、結局はぬか喜びに終わることになる。当時からの研究で「アミロイドをなくす薬」の開発も続いているのは間違いないが、それが認知症を「治す」薬になるわけではない。

■アミロイドでアルツハイマー病を診断できるのか

アミロイドがアルツハイマー病の主たる原因だと叫ばれるようになって、アミロイドの脳への蓄積の程度をみることができる画像装置が開発された。PET(ペット)という装置である。身体各部にがんがないかをみつける全身PETを行う人間ドックがあるが、これは同じPETを用いて脳のアミロイド沈着をみられるようにした「アミロイドPET」である。

アルツハイマー病のレントゲン
写真=iStock.com/digicomphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/digicomphoto

アミロイドが多くたまっている人(アミロイド陽性者)は、脳内が赤く染まって映り、赤く染まらない陰性者と区別できる。特別な検査装置なので、まだ国内で備えている病院や研究所は少ない。

当初は、このアミロイドPETが陽性ならアルツハイマー病だと診断できると考えられていた。ところが、実際に臨床場面で用いてみると、ほとんど認知機能の低下がない高齢者でも赤く染まる人が何人も出てきた。これは、近い将来アルツハイマー病になる予測を表すのではないかとも考えられたが、その後数年しても認知症にならない人も少なくなかった。

■「アミロイド原因説」はもう古い

2015年に世界の研究結果をまとめた論文で、その謎がわかった。アルツハイマー病の人は、40~90歳までほとんどの人がアミロイド陽性であった一方で、約1900人の正常な人を調べると、年齢が上がるにしたがって陽性になる人の率が上昇していた。90歳では、アルツハイマー病の人も健常な人も、陽性率にはわずかしか差がなかった。

つまり、認知機能が正常な人でも年齢を重ねればアミロイドが脳にたまるということがわかったのだ。さらには、認知症になる人では、発症する20~30年前の正常な年代(40~50歳)からアミロイドがたまり始めることも明らかになった。

アミロイドPETでの認知症診断は参考程度にすぎなくなり、同時に「アミロイドが認知症の主な原因」という考え方も修正を余儀なくされた。2015年ころの国際学会ではすでに研究者らのアミロイド熱は急速に冷めつつあり、「アミロイドは原因のごく一部だ。本当の原因はわからないが、加齢(歳をとること)が要因なのは間違いない」という言い方になっていた。

■抗認知症薬の効果は「症状を改善させること」ではない

アミロイドが原因とされていた当時の確信に支えられ、脳でアミロイドが合成できないようにしたり、できたアミロイドを減らしたりする薬の開発が世界で多数進められた。しかし、そのほとんどがうまくいかず中断してしまった。

かろうじて1種類の薬が承認される見通しになった。アミロイドがたまり始めてはいるがまだ少なめの人に投与する薬で、認知症の発症を遅らせ、発症後の進行を緩和させることを狙っている。認知症になってから改善させるのは不可能、という現代医学の限界はそのままだ(ちなみに、現在流通している抗認知症薬も最大の効果が「現状を悪くせず維持する」である)。

アミロイドPETで陽性(アミロイドがたまっている)だが認知機能の低下はわずかで、生活や仕事上は問題のない人(「軽度認知障害」)と、ごく軽度の認知症の人が対象になる見込みだ。将来認知症になる可能性はあるが、まだ認知症でない、すなわち病気でない人も対象とする「薬」ということになる。

通常、薬とはなんらかの病気をもった人が服用するものだ。病気でない人が予防のために服用するなら、感染症予防で行うワクチン接種に近い「予防薬」というものになるのかもしれない。認知症は、アミロイドに関する限り、前述のように、発症する30年くらい前からたまり出す。発症してからでは改善させられないのだから、発症前の人も対象に含む特殊な「薬」になる。

■注目される新薬には大きな壁と限界がある

薬がもし承認されたとしても、発売には課題は多い。アミロイドがたまっている正常対象者をどうやって確実にみつけるのか。アミロイドPET装置は国内にまだ少なく、血液検査でみつける方法が検討されているが、いまだ見通しは立っていない。また、生活や仕事に支障はなくて、ごく軽度に認知障害のある人をどう見極めるのか。

上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)
上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)

逆に、「認知症発症を食い止められる」という楽観的な効果予想だけがやみくもに伝わると、薬の希望者が急増して医療費がまかなえない。さらには、「認知症を発症する時期が遅くなった」「認知症が軽くすんだ」という期待される効果の判定も難しい。

2021年6月、この新薬が米国で承認された。これで日本でも年内承認の可能性が出てきた。いま述べた懸念のほか、月1回点滴での投与で年600万円という費用の問題など、実際に用いるには壁がいくつもある。

この新薬に注目はしても、過剰な期待はできない。認知症が治らない病気であることに変わりはない。だからこそ、治さなくてよい、いまのあなたでいい、と受け入れたい。

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上田 諭(うえだ・さとし)
高齢者精神科専門医
1981年関西学院大学社会学部卒業。朝日新聞記者を経て、96年北海道大学医学部卒。東京都老人医療センターなどの精神科で高齢者うつ病、認知症の医療に従事。日本医科大学精神神経科、東京医療学院大学教授を経て、2020年から戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長。専門は老年期精神医学、コンサルテーション・リエゾン精神医学、通電療法。精神保健指定医。医学博士。日本老年精神医学会専門医・指導医。著書に『治さなくてよい認知症』『高齢者うつを治す「身体性」の病に薬は不可欠』(ともに日本評論社)など。

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(高齢者精神科専門医 上田 諭)

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