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なぜ野球場で飲むビールは格別においしいのか…その理由は「生ビールだから」ではない

プレジデントオンライン / 2021年10月1日 15時15分

神宮球場のビール売り子=2019年4月18日、東京都新宿区 - 写真=時事通信フォト

野球場で飲むビールは格別においしく感じる。なぜなのか。東北大学特任教授の村田裕之さんは「人は感情に流されやすい。このため野球観戦の興奮で、ビールをおいしく感じてしまう。こうした『感情ヒューリスティック』はさまざまなシーンでみられる」という――。

■なぜ球場で飲むビールを「おいしい」と感じるのか

今年のMLBオールスターゲームの球場は「クアーズ・フィールド」(アメリカ・コロラド州)だった。その名称はスポンサーである米国のビール会社「モルソン・クアーズ」にちなむ。筆者は10年以上前に訪れたことがあるが、ここで飲むクアーズは本当においしく、試合が盛り上がるにつれ何杯も飲んでしまった記憶がある。

ところが、このクアーズを家で飲むと全くうまくない。水っぽくて物足りないのだ。クアーズ・フィールドで飲んだものとはまるで別物のように感じてしまう。

この違いが生じるのは、球場で飲むビールのおいしさは、ビールそのものおいしさではなかったからだと考えられる。つまり野球観戦の「ワクワク感」をその時に飲むビールや食べものの「満足感」と勘違いしているのだ。気分がよい時に飲み食いするものがおいしく感じるのはこれが理由だ。

さらにワクワク感に加えて「今日くらいは贅沢してもよい」という自分への「ご褒美感」や「今日は普段しないことをしてもよい」という「解放感」など様々な要素が加わって、一層おいしく感じるようになる。

■コロナ禍で強まる「感情ヒューリスティック」とは

この例のように、おいしいと感じる背景には様々な要因があるが、通常私たちはそうした要因を深く考えずに「おいしい!」と言う場合が大半だ。こうした現象を「感情ヒューリスティック」と呼ぶ。

ヒューリスティック(heuristic)とは心理学用語で、緻密な論理で一つひとつ確認しながら判断するのではなく、経験則や先入観に基づく直感で素早く判断することをいう。次のような場合に人はヒューリスティックで判断しやすい。

1.その問題を注意深く考える時間がない
2.情報が多過ぎて十分に処理できない
3.その問題が自分にとってさほど問題ではない
4.意思決定に用いる他の知識や情報がほとんどない

感情ヒューリスティック(Affect heuristic)とは、人が「感情的な要素」で判断してしまい、そこに付随するメリットやリスクも感情によって判断してしまう傾向をいう。心理学者のポール・スロビックによって2002年に提唱された。

筆者は、コロナ禍により「感情ヒューリスティック」が世の中全般で強まっていると感じている。こうした傾向が過度に強まると社会が危うい方向に流れやすくなる。

以下に「感情ヒューリスティックの罠」と呼べる具体例を示す。

■「感情ヒューリスティック」の2つの危うい例

1.路上飲みや公園飲み

2020年4月の緊急事態宣言以降、旅行が激減した代わりにキャンプ場や河原などで飲食する人が大幅に増えた。バーベキューや芋煮会などで食べるものがおいしく感じるのは、先の球場でのビールの例と同様に、屋外の環境で大勢の人たちとワイワイ言いながら食べる楽しさが「おいしさ」として評価されるためだ。

この「おいしさ」を経験的に知っている人たちは、コロナ禍で行動制限されると、むしろ家の中より屋外で飲食したくなる。緊急事態宣言により路上飲みや公園飲みが増えるのも、単に飲食店で酒の提供が禁止される理由だけでなく、上述の「おいしさ」「楽しさ」「心地よさ」を求めたくなるからだ。

一方、路上飲みや公園飲みをする人たちは「屋外だから換気は十分なので安心だ」と思いがちだ。ところが、その安心感がゆえにマスクを外して相手と至近距離で話しがちになる。さらに酒が入ると大声で話す傾向が強まり、ウイルスが飛散しやすくなることも感染リスクを高めている。

2.ビールのテレビCM

一方、消費者側のこうした傾向に呼応してか、商品提供側も感情的な動画や音で、おいしさ、楽しさ、心地よさを訴求する傾向が強まっている。

テレビを眺めているとコロナ禍で飲食店での売り上げが激減したビール会社による「家飲み促進CM」がやたら目立つ。

レトロ古いオレンジ色のテレビ受信機
写真=iStock.com/BrAt_PiKaChU
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrAt_PiKaChU

実はテレビCMは感情ヒューリスティックを利用して購買欲求を促す典型例だ。CMの時間は15秒から30秒しかない。このため視聴者にじっくりと考えさせず、雰囲気やイメージ、印象に残る映像や音などを使って、論理よりも感情的に「ほしい」と思わせる訴求をしている。

あるCMでは樽から注ぐ生ビールのうまさを雰囲気たっぷりに映し出し、「家でもこのうまさを体験できる」ことを訴求して、家庭に配達する小型生ビール樽の定期購入を促す。

ビアガーデンなどで味わう樽生ビールのうまさを体験的に知っている消費者は、緊急事態宣言で外飲みができない事情もあり、つい購入手続きをしてしまう。

購入した人はせっかく買ったのでと、外飲みしていた時よりも多めに飲みがちだ。ところが、コロナ禍でテレワークが続き、家での滞在時間が長く、運動不足気味だ。大量のビール摂取によるカロリー過多でコロナ太りになったり、糖尿病が悪化したりするリスクが考えられる例が少なくない。

■感情によって左右される有権者の行動

先のポール・スロビックらは、感情ヒューリスティックに関する研究を深めていくなかで、感情がリスクとメリットの判断に、次のような影響を与えることを発見した。

(1)好ましい感情を持っているときには、メリットが大きく、リスクは少ないと判断する
(2)嫌な感情を持っているときには、メリットは小さく、リスクは大きいと判断する

これがよく反映されやすい例が、選挙における候補者の行動と有権者の行動だ。候補者はあの手この手を使って自身の好感度を高めようとする。好感度が高い、つまり候補者に対して好ましい感情を持ってもらえれば、投票してもらいやすいためだ。

街頭演説を行う選挙候補者
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

まず、候補者は選挙への出馬にあたり、それまで見たこともないような笑顔の写真入りポスターを作製する。見た目の雰囲気で有権者に好印象を与えたいからだ。

次に、重要なのは自身の政策を含むメッセージを有権者に「いかに好印象で」伝えるかだ。緊急事態宣言等による行動規制が長引き、精神的に不安定だったり、ストレスでイライラしたりするメンタル不調の人が増えている。

こういう状況下では、何が言いたいのかよくわからない「もやもや」トークや官僚的な堅苦しい紋切型文章は好まれない。むしろ「キレ味」がよく、「わかりやすい」ものが好まれる。

■政治家のSNSに、気を付けなければならない理由

かつて小泉純一郎氏が自民党総裁選に立候補した際に「自民党をぶっ壊す」と発言して人気を博し、一気に総裁の座を獲得したことは有名だ。首相になってからも「ワンフレーズ・キーワード」でわかりやすい発言を繰り返し、高い支持率を得た。

小泉政権の時代には存在しなかったが、この「ワンフレーズ・キーワード」と相性がよいのがツイッターやインスタグラムなどのSNSだ。

実は本稿執筆時点で自民党の総裁選挙が進行中だが、242万人のツイッターフォロワーをもつ河野太郎氏をはじめ、各候補者がSNSの活用に注力している。

ツイッターでは文字数制限のため、一回の投稿でなるべく短く印象的に書く必要がある。だが、より波及効果を得ようとして、文字メッセージより扇情的な写真や動画を音付きで投稿する傾向が強い。すると投稿に対する「いいね」は、内容より添付のビジュアルで判断されやすい。

有権者が候補者に直接コメントできるのがSNSの利点だ。候補者との直接のやり取りができると候補者への好感度は高まりやすい。一方、コメントは短めの方が相手に読まれやすいため、手短で内容の浅いコメントが多くなりやすい。

こうして相手に好感を持たれようとするほど、候補者の考えや政治家としての資質・実力と無関係な部分で有権者に評価されやすくなっていく。

■「感情ヒューリスティック」の危うさに流されないための心得

コロナ禍が長引き、閉塞感が漂うなか、感情的な雰囲気で自分の判断・行動が流されないことが重要だ。そのための心得を次に挙げる。

1.世の中には「感情ヒューリスティックの罠」があふれていることを認識する。
2.あえて「論理的思考」を重視する。数値などファクトを押さえてから判断する。
3.重要案件はあえてすぐに決断しない。案件を寝かせて決断までの時間をとる。
4.SNSをやる時間を減らす、あるいはSNSをやめる。
5.運動や瞑想などクールダウンの機会を意図的に増やす。

人間は感情に支配されやすい。だから商品・サービスの売り手は感情に訴えて売ろうとする。政治家は感情に訴えて好感を持たれようとする。それに付け込まれないようにしよう。

感情ヒューリスティックとは、言い方を変えれば、感情的要素で思考パターンが固定化されることだ。先行きが見えにくい混沌とした時代こそ、固定観念にとらわれない思考の柔軟性とバランス感覚が必要だ。

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村田 裕之(むらた・ひろゆき)
東北大学特任教授
新潟県生まれ。1987年東北大学大学院工学研究科修了。民間企業勤務後、仏国立ポンゼショセ工科大学院国際経営学部修了。日本総合研究所などを経て、2002年3月より村田アソシエイツ代表。2006年2月には東北大学特任教授に着任。経済産業省や内閣府委員会など多くの公職も歴任。著書に『スマート・エイジング 人生100年時代を生き抜く10の秘訣』(徳間書店)、『シニアシフトの衝撃』『親が70歳を過ぎたら読む本』(以上ダイヤモンド社)など多数。

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(東北大学特任教授 村田 裕之)

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