1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「日本一のレタス王国」長野・川上村が外国人に頼りきる農業から脱却できたワケ

プレジデントオンライン / 2021年11月28日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Office TK

日本一のレタスの産地である長野県川上村は、外国人の技能実習生に依存する農業が常態化していた。農林水産省から副村長として赴任した西尾友宏さんは「ベトナムの大学と連携し、本当に農業の生産技術を学びたい農学部の学生に来てもらう形を取り入れた。その結果、ベトナムでは『川上レタス』というブランドの可能性も広がった」という——。

※本稿は、西尾友宏ほか『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)の一部を再編集したものです。

■年商4000万円のレタス村があえぐ人口減少

川上村は長野県の東の端に位置する小さな村です。長野県で唯一埼玉県の秩父の裏側に接しており、東京から直線距離だと100kmも離れていない場所にあります。標高が非常に高く、年間の平均気温も8.5℃と非常に低いため、夏場も涼しくてレタスや白菜などの高原野菜の生産が非常に盛んな地域です。

人口はわずか4000人ほどで、農家の数は500軒ほどにもかかわらず、野菜栽培で年間208億円もの年商をあげています。農家一軒あたりの平均年商が4000万円を超えているということなので、農業の分野では非常に成功している部類に入る村だと言われていました。

そもそも地方創生とは、全国の地方で人口の減少を止めるために多くの政策を考えて実行していきましょう、という施策の体系です。地方に稼げる仕事がないことから、若い人が大都市、特に東京に集中してしまいます。このローカル人材の流出を防ぐことが、地方創生の一つの大きな意義であると言えるでしょう。

その意味では、川上村は一見して特殊な状況にありました。川上村には、先にご紹介した通り、高原野菜の栽培という年商4000万円超を稼ぐことができる大きな仕事がありました。にもかかわらず、川上村の人口は着々と減少していました。

合計特殊出生率の推移の図表 出所=人口動態保健所・市区町村別統計
出所=人口動態保健所・市区町村別統計

図表1は現地に赴いた際に作成した人口減少の予測グラフなのですが、これによると、何もしなければあと40年ほどで人口が半分になってしまうということが分かります。地方創生という観点から見ると、川上村も例に漏れず人口が減少しており、何らかのアクションが必要な状態だったのです。

私が赴任をして最初に行ったことは、川上村の人口減少の根底にある原因を探ることでした。人口減少のトレンドを表すいくつかのデータを見てみましょう。まず世帯増減の推移に注目すると、2009年~2013年における平均転入数が88.4人であるのに対し、転出数は140人。すべての年で転出超過になっていることが分かりました。また、合計特殊出生率の推移をみると、バブルまでは2を超えていましたが、徐々に減ってしまい、現在は長野県の平均と比べても低くなっています。

その理由は人口ピラミッドが物語っています。人口ピラミッドの女性の部分、とりわけ一般的に出産適齢期とされる20代から40代の人口が少ないことがわかりました。つまり、若い世代の女性が少ない。これは地方に典型的なことなのですが、村から出た女性が都会に移り住み、村の女性が少ない故に子どもが生まれない、という分かりやすい状況です。

■日本の人口減でレタス需要も減っていく

しかし問題は人口の推移だけではありませんでした。

相関するレタスの全国収穫・出荷量(左)と国内人口の推移(右)の図表 出所=農林水産省「農林水産統計年報」/国立社会保障・人口問題研究所「H18 日本の将来推計人口」
出所=農林水産省「農林水産統計年報」/国立社会保障・人口問題研究所「H18 日本の将来推計人口」

図表2は川上村の主力産業であるレタスの収穫・出荷量の推移と、人口の推移とを横に並べたグラフです。レタスは保存が効かないという特徴があるため、その需要量は単純に胃袋の数に比例することになります。そのため、人口が多い時代には生産量も上がり、人口が横ばいになると生産量も落ち着いてきます。今後、日本は大きな人口減少時代を迎えます。そのときに、レタスの栽培面積がどうなるかというのは、火を見るより明らかです。

しかし、レタスを生活の糧にする以上、結論としては量をさばくことでしか稼ぎは見込めません。そのため、個々の農家は収益を増やすために、レタスの生産量を増やすことになります。過去30年間、日本人一人あたりのレタスの消費量は横ばいで、年間1.9kgであるとのデータがあります。しかし、日本で生産されたレタスの総量を日本の人口で割ると、およそ3.6kg栽培しているというデータもあります。このことから、日本人は実際に消費する量に迫るレタスを廃棄していることが分かります。

レタスの需要量が減っていく一方で、レタスをつくらないとお金が稼げないというような産業構造を維持するというのは、危ういと言わざるをえません。これが当時、私が川上村で分析した状況でした。

■4000万円売り上げても実入りはたったの117万円

加えて注目すべきは、川上村の「付加価値額順位」(人口一人あたりのGDP)です。これは一人あたりどれだけの付加価値を産み出しているかという指標です。

川上村の一人当たり付加価値額と全国市町村順位の図表 出所=環境省「地域産業関連表」「地域経済計算」
出所=環境省「地域産業関連表」「地域経済計算」

この指標に関して、川上村の額は117万円となっています(図表3)。4000万円超売り上げているにもかかわらず、付加価値額の順位を全国の市町村に並べると、全国約1800ある市町村の中で1467位になっています。つまり、GDPベースに換算すると、データ上は実は稼げていないということになります。

売上高は多いけれども、収益の部分が実は低いのです。117万円というと、社会保険における扶養の基準である130万円にも満たない額です。川上村の農業が成功しているといわれていても、実際に一人あたりで稼いでいるのはアルバイトよりも少なかった、というのが川上村の経済の本質でした。高コスト構造であり、付加価値生産額が非常に少ないということです。

また、地域経済の自立度が低いことも問題でした。これは多くの田舎に当てはまりますが、せっかく200億円稼いだとしても地域に商店などが少ないため、そのほとんどを自分の村の外で使ってしまっています。外で使ってしまっているが故に、地域の中での再生産がなかなか起きないというような低経済循環でした。

この経済の構造を整理してみましょう。まず川上村の産業構造の特徴として、巨大な生産シェアが挙げられます。真夏の期間、川上村のレタスは全国のレタスのシェアの8割に迫る場合もあります。みなさんが何気なく食べているレタスも、実は川上村のレタスだということが多いでしょう。

しかしこの巨大生産地は、労働あたりの生産性が低く、さらに生産の量に依存するという大きな課題を抱えていました。長期的に見ても需要量が減っていき、レタスの価格が低下していく分を、個々の農家ではその翌年の生産量の拡大で賄おうとします。需要量が減って、モノが余っていくのに、農家が生活を安定させるためにますます生産量を増やしていってしまうといういびつな構造があるということです。

また、労働集約型の農業であるが故に、外国人の労働者をたくさん確保しなければいけないという点もこの問題を助長していました。生産のピークを迎える時期には、外国人労働者の労働力は貴重な戦力になります。

しかし農業という業種には、一年を通して一定の仕事量があるわけではなく、栽培に適さない「農閑期」と呼ばれる期間があります。一度外国人労働者を抱えてしまうと、その期間におけるコストを抑えるために、本来は農閑期であったはずの時期にもさらに生産を増やそうとしてしまいます。

私はこの現地の問題に対して、いわゆる減反政策などに代表されるような、計画的に生産をコントロールしていくというタイプの施策には未来がないと感じました。問題は、まさにモノカルチャーのレタスの栽培でしかお金を稼げていないことにあります。そこで、この村に他の産業を新しく創っていくことで、相対的にレタスに対する依存度を落としていこうということを策として掲げました。

■保守性が女性の幸福度を下げる

経済の問題に加えて、人口減少の対策にも取り組まなければなりません。川上村では20代から40代の半分以上に配偶者がいないという状況で、配偶者がいなければ当然子どもも生まれません。人口減少に拍車がかかるのも納得です。

農業の主役となる男性の配偶者は、村の外から来ることが多いのが現状です。この点がある以上、外から移り住んでくる女性が住み良いと思える地域でなければ、非婚率は下がらないのではないかと考えました。

女性に川上村の生活を楽しんでもらい、川上村で生活をしたいと思ってもらえるような環境をつくらなければいけないということで、先ほどの経済の多角化とならんで、女性の活躍推進をもう一つの施策としてすすめました。

実際の子どもの数と理想の子どもの数を統計に照らし合わせて比較すると、川上村の暮らしに満足している人の方が、実際に満足していない人よりも、理想の子どもの数が増えていることが分かりました。

地方創生のためによく行われている施策として、子どもが生まれた時に自治体からお祝い金を支払うということが挙げられます。もちろん、それは一市民、一国民としてありがたいことですが、それがストレートに少子化対策につながるかというと、疑問が残ります。そのような一時的な措置ではなく、むしろその地域の生活に満足していることの方が、希望する子どもの数、実際の子どもの数ともの増加につながるということも、実際のアンケートデータとして出ていました。

総合・男女別の結婚幸福度順位(括弧内はQOM指数)の図表 出所=パートナーエージェント「全国QOMランキング」川上村の数値は2016年時点での概算値(筆者提供)
出所=パートナーエージェント「全国QOMランキング」川上村の数値は2016年時点での概算値(筆者提供)

図表4は、結婚幸福度調査にもとづく川上村の位置付けです。これを見ると、男性と女性の間で川上村の生活に対する意識が分かりやすく異なっており、女性の幸福度が非常に低くなっています。女性の幸福度が低い状態が続けば、都会に出た村の女性は帰ってきませんし、外からの女性も来てくれないというのは当然の結果です。

男女別、女性活躍に向けた意識調査の図表 出所=筆者提供
出所=筆者提供

次に、「女性が住みやすい村にするためにはどのようににしたらいいのか」というアンケートをとりました。その結果、男女で意識が異なる項目が明らかになりました。それは「女性に対する社会意識の改革」という項目でした(図表5)。田舎に行けば行くほど、男性優位の傾向が強くなります。加えてコミュニティの結束が強いがゆえに、長老的に物事を決めていくのは高齢の男性です。

女性の人達が住みにくいと感じる原因は、そのような保守的な傾向への反感であるというのが、データ分析から得られたのです。女性の生活満足度が高い家庭のほうが子どもの数が多いのに対して、そうでない家庭では自由度の低さから女性の生活への不満が生じ、子どもの少なさにもつながっているのではないかと思います。

■女性がチャレンジできる環境の創出が必要

こうした地道なデータ収集の結果、さらに一つの大きな特徴として、若年の女性が高い自己実現意欲を持っているという事実も見えてきました。結婚を機に川上村に転入してきた女性の7割は村外出身です。これは私も現地に行って改めて気づいて驚いたのですが、田舎の地域にいる女性達は都市部出身の人が多いのです。これはなぜでしょうか。

川上村にはある程度お金がありますので、住民の多くが高等教育を受けます。しかし、高校以上の高等教育機関が地域にないため、東京が近いということもあり、大都市の大学や専門学校の高等教育を受けに行きます。ここまでは男性も女性も変わらないのですが、やはり村の女性達は村に帰ってきても就ける仕事が限られるため帰ってこない傾向にあります。一方で男性も実はそのことに気づいており、自分が村に帰ってきてからでは結婚相手を見つけにくいということを理解しています。

そのため大学時代にお付き合いをされていた方と結婚して、配偶者として村に連れてくるというケースが非常に多いのです。

ジェンダーのイメージ
写真=iStock.com/bymuratdeniz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bymuratdeniz

出会った場所が東京となると、実際に川上村に移住した女性は、東京や埼玉、千葉などの都市の環境で育ち、高等教育を受けてきた女性が多いです。彼女たちにも夢があり、やりたい仕事があり、地方では培いにくいスキルを身につけてきました。

しかしいざ村に越してくると、保守的な環境の中で農業のサポート、家事、子育ての役割などが一手に期待され、これに対して不満を抱えてしまうことになります。自分はこのようなことをしたい、という具体的なイメージやスキルを持っていても、それが実現できないという保守的な環境に対して、不満を抱えていたということです。

こうして見えてきた女性の不満を生み出す環境を打破するために、「幸せのロールモデル」の生成を目指しました。簡単に言うと、女性が新しいチャレンジをしたり新しい仕事をすることで、実際にお金を稼いでいく実例を川上村の中で積み重ねていこうという試みです。そのように実績をつくり出していくことにより、女性の生活の満足度を上げるとともに、保守的な空気に対して目に見える結果をもって一石を投じることが狙いです。

■外国人技能実習生に依存した農業からの脱却

ここからは先に紹介した農業構造の改革、ならびに女性の「幸せのロールモデル」の具体的な事例をご紹介していきます。

まずは農業の部分です。先ほど紹介したように、レタスの栽培には多くの外国人の技能実習生が携わっています。現在、川上村の人口は4000人を切っていますが、夏場になると1200人ほどの外国人技能実習生が来村します。

逆に言うと、それだけ多くの外国労働者を受け入れないと今の農業が成り立たないということです。

Googleで「川上村」と検索していただくと、非常に残念ですが、予測変換で「ブラック農業」といったのキーワードが出てきます。これは過去に、実習生の労働に人権的な問題があるのではないか、というような指摘を受けてしまったことが原因です。レタスの栽培には、どうしても非常にきつい肉体労働が伴います。

ほとんどの農家の人々は技能実習生の方々にも家族のように接しています。しかし、ごく一部、過酷な労働となってしまったことも事実でした。

これは非常に良くない状況だと考えました。自分達の農業を守っていくためには、外国人という仲間の存在が必要不可欠です。それならば、彼らが川上村の農業に携わるにあたって、賃金だけではなく生活環境や労働環境などを含めた彼らにとってのメリットを最大化しなければ、そもそもこの村に来てもらえなくなってしまいます。

かつては中国からの労働者が主流であったものの、中国における所得の向上に伴い、実習生の層はベトナムなどの東南アジア諸国へ推移してきました。しかしベトナムでも、経済発展するにつれて日本でお金を稼ぐメリットがなくなってきているのが現状です。これらの点を総合的に考えても、技能実習による外国人労働力に依存する農業形態そのものが非常に危ういものであるという危機感につながります。

■本当に農業を学びたい学生だけを受け入れる

この問題を解決するべく、まずベトナムの大学と連携協定を組み、技術習得意欲の高い学生の受け入れを行うことにしました。

これまでの技能実習生というポジションは、語弊を恐れずにいえば、労働雇用契約としてお金を払って働いてもらう「だけ」の存在でした。ここから一転して、本当に技能として農業の生産技術を学びたいと思っている農学部の学生に来てもらう、すなわち本来の実習の要素を見つめ直す形で、受け入れの体制を変えたのです。

労働ではなく大学の授業の一環として技術を学びながら、我々としては農業のお手伝いもしてもらうというような、お互いにとってプラスになる関係を築こうということで、学生を積極的に受け入れはじめました。

コミュニケーションが障壁にならないように、日本語を話すことができる外国人を国のお金で市町村に雇うことができる国際交流員制度を利用して役場でベトナムの方を雇い、村内の学校などでも国際交流事業を開催もしました。

これは国際貢献事業として重要なのはもちろん、川上村のブランド力を向上させることにもつながり、また技能の習得意欲の高い学生に来てもらうことで、住民の外国人に対する意識を改革していこうといった意味も含まれています。

この結果、しっかりとした学びに対する意欲を持つ学生が来村することになり、生産性も向上することにつながったと考えています。現場を見ていても、農業を通じて日本人と外国人の間にあった壁が少しずつ取り払われてきたとも感じています。

実際に、作物の株元を保護するための「農業用マルチ」と呼ばれるツールを使った生産の研究がベトナムでも始まったという報告を受けているので、今後さまざまな技能を実際に学んだ学生が本国に持ち帰り、ベトナムの農業の生産性の拡大に少しずつ貢献できるのではないかと期待しています。

このようにサプライチェーンの最初の段階からすでにグローカリゼーションが始まっているという点は、川上村のグローカルビジネスの特徴だと思います。その点に関して、外国人とのコミュニケーションや、人権に関する認識を含む異文化理解のスタンダードを共有することの重要性を痛感しました。

レタスを持っている人
写真=iStock.com/Shutter2U
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Shutter2U

■冬場は沖縄でレタスを栽培する

国内での連携にも進展があり、沖縄県の恩納村と共同で、沖縄県でのレタス産地化プロジェクトを行いました。これはレタスの需要が減っているのにますますつくり過ぎてしまうという現状に、農業のマネタイズ方法の多様化が歯止めをかけることができるのではないかというような仮説から始めた事業です。

川上村で農業ができる期間は、夏場だけに限られています。冬場は気温がマイナス20℃にも下がってしまうので、川上村の人達にとっては、夏場に一生懸命働いて、冬場は休むというライフスタイルが一般的です。

確かに冬場に休むことも大事ですが、冬場にもなにかお金を稼げるビジネスがあれば、夏場の過酷な作業を少し抑えて、生活にもゆとりが生まれるのではないかという構想です。

かねてから交流があった沖縄県の恩納村は、リゾート地でありながら、耕作放棄地が大量に発生しているという問題を抱えていた地域です。その地域に旅行する川上村の人達が多くいたので、その地域で冬の間に農業ができるのではないかという着想を得ました。そこで農家の若手を派遣して、実際に現地の農家と組み、現地のレタス栽培の産地化を行ったのです。

高原野菜であるレタスを南国で育てることができるのかという疑問もありましたが、蓋を開けてみるとこれが花開き、私たちの指導のもと、現地でレタスの栽培を始めたいという農家が次々と名乗りを上げました。

まだ生産量としてはこれからですが、今後レタスの生産が沖縄で広がっていけば、本土から輸送されるものよりも安くて新鮮なレタスを供給できるようになります。将来的には、海外からのリゾート客に対して新鮮なレタスを提供したり、米軍基地に卸すという可能性も広がっていくのではと期待しています。

■自分の土地以外で農業をする

これをもう一段発展させて、ベトナムでも同じようなプロジェクトを実施しました。ベトナムのニンビン省というところでは平均所得が低く、住民の雇用政策の一環として広大なパイロットファームをつくるというプロジェクトが進行していました。たまたま大使館の縁があったことを一つのきっかけに、そのパイロットファームをレタスの産地にしようというプロジェクトへの技術協力を開始したのです。

これも先ほどと同様に冬の間に限られますが、技術協力という形で現地に農家を派遣して、実際に現地でレタスを生産できるかどうかを実験するとともに、今ある作物の生産の拡大をお手伝いしました。この技術的な協力から、現地では「川上レタス」という名前をつけることも検討してくれました。

レタスはもともと生鮮品として輸出が難しいといわれています。しかしひとたび川上村レタスというブランドをベトナムの中で普及させることができれば、現地生産のレタスをアジア全体に広げることができる大きなチャンスになるのではないかと考えています。

今までは、自分の土地でできた野菜を売ることだけが農家にとって唯一のマネタイズの方法だと思われていました。しかしこうしたプロジェクトにより、技術を売ったり、自分の土地以外で農業をしたりと、方法を多様化できるということが実際の例として示せたことは非常に大きな進歩だと思います。

■ただのお手伝いだった女性も自律的にお金を稼ぐように

レタス栽培の輸出・遠隔化に加えて、農業の多角化も行いました。

マルシェかわかみで販売されているハーブコーディアル 写真=筆者提供
マルシェかわかみで販売されているハーブコーディアル 写真=筆者提供

写真は、村の中に「マルシェかわかみ」という産地直売所を立ち上げた際の商品一例です。今までレタスだけを生産していた村は、産地直売所をつくったことで、大きな変化を遂げました。観光へのインパクトはもちろん、そのような産地直売所をつくることでそこが一つのコミュニティになり、六次産業化(作物の加工・販売・流通)のアイデアをもった人や、レタス以外の野菜をつくっていた人達がお金を稼ぐ場ができたのです。

比較的若い男性が大型の農場でレタスを生産する一方で、その裏で必ずしも主役ではなかった女性や高齢者の方々が、実は六次産業化をやりたいというニーズを秘めていました。ただ自家消費するだけだったレタス以外の様々な野菜も、産地直売所から消費者へ届けることによりお金になり、それにより新しい野菜の生産が広がるというような良い循環が生まれてきました。

写真の瓶はハーブコーディアルというもので、白樺の樹液を使ったシロップです。これはメディアにも取り上げられて人気が急上昇し、季節限定ですがAmazonでも販売されています。これをつくった女性はもともと農家のお手伝いをしていましたが、それ以外のビジネスを立ち上げて自立的にお金を稼ぐことができるようになった成功事例の一つです。

保守的な環境の中、小さくても何か一つ具体的な事例をつくって見せることの効果は予想以上に大きいものでした。価値を見出せない人からすればただの樹液ですが、これを加工したものが実際にAmazonで売れていく様子を見せることができれば、コミュニティの閉鎖性を打ち破るための現実性を帯びた説得材料になります。最初に意欲を持ってくれる人々、第一陣になってくれる人々を全力で応援したことが成功につながったと思います。

■小さなチャレンジの種をまく

私が行ったことは、公務員として何か制度や条例をつくるということではなく、たくさんのプロジェクトをプロデュースするやり方を見せるというイメージでした。その中で課題を見つけて、環境を変化させつつ目的に向かって動かしていく。役場としてそのような住民への携わり方がしっかりと根付いていけば、新しいプロジェクトは自然と広がっていくはずだと思っています。

一つの大きなアイデアやビジネスで成功を収めるというのは、非常に難しいものです。それよりも役場のサポートのもとに100の多様で小さなチャレンジの種をまき、そこから成長した様々なアイデアを実現に導くことができる地域になれば、ローカルな主体がグローバルな舞台へと発信して通用する可能性が高まるのではないかと思います。

西尾友宏ほか『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)
西尾友宏ほか『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)

地域のものをグローバライズしたり、外のものをローカライズしたりしながらビジネスをつくっていくのは、最終的にはそれぞれのプレーヤーです。私は公務員という立場で携わったので、プロデューサーとしての立場、すなわちアイデアを持っている方や意欲がある方の相談に乗りながら、適切な環境やチャンスを紹介していくという立場に立つことが多くありました。このような役割に全力で取り組んだ結果が、川上村での成果につながったと捉えています。

地方の経済に変化を起こそうという場合には、経済活動以前に、やはり社会関係をどのように扱うかということを考えることが大きな課題です。コミュニティが変われば、それと連動して技能実習生への接し方や、ビジネスに対する見方、イノベーティブな人への寛容性など、「地域性」の根本からポジティブに変わり、それが結果として経済を変えていくのかもしれません。

プレーヤーとして何か新しい事例をつくっていくということも非常に大事ですが、たった一人のプロデューサーが全体的な流れを円滑にすることもあります。自治体、住民の方々、企業、都市の関係者などと広く浅くコミュニケーションをとることで、たくさんのプロジェクトに携わりながら、多くのプロジェクトを総合的にプロデュースする存在は重要だと思います。

----------

西尾 友宏(にしお・ともひろ)
農林水産省課長補佐
食品安全、家畜防疫、東日本大震災対応等、農林水産分野の危機管理を担当。平成27年から30年まで長野県川上村に赴任し、副村長として地方創生施策の企画立案を主導。

----------

(農林水産省課長補佐 西尾 友宏)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください