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気軽に病院に行けず、「並の医療」しか受けられない…医師が危惧する「老人大国ニッポン」の悲惨な末路

プレジデントオンライン / 2022年7月30日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chaiyaporn1144

日本人の平均寿命は右肩上がりで延びている。医師・医療未来学者の奥真也さんは「このままでは公的医療制度は維持できない。医療は『特上』と『並』に分かれ、経済力に応じた医療しか受けられなくなるだろう」という――。

※本稿は、奥真也『人は死ねない 超長寿時代に向けた20の視点』(晶文社)の一部を再編集したものです。

■寿命が延びるほど「無病息災」は難しくなる

私は、人間のほとんどの臓器の「耐用年数」は50年程度であると考えています。

たとえば、日本人の平均閉経年齢が約50歳(日本産婦人科学会ホームページより)というデータは、人間の生殖能力が50歳前後を境に減退していくことを示しています。

種の存続という視点だけで考えたときの人間の寿命を約50年とするなら、その部品である臓器の寿命もそれに近いと考えるのが妥当だと思います。

ロコモティブシンドローム(運動器障害のために移動機能の低下をきたした状態)のリスクが50代から大きく増加することも、臓器の耐用年数を50年と考える根拠の一つです。

人生が長くなるにつれて、小さな不調や病気に見舞われる回数はこれまで以上に増えていくことは間違いありません。「無病息災」は確かに理想ではありますが、それは寿命が延びれば延びるほど難しくなるでしょう。

ふだんから健康維持につとめて、それでもやってくる小さな不調や病気とうまくつきあっていく「多病息災」こそが、未来に生きる長寿の人類の自然な姿なのだと思います。

そうなれば「健康」の定義も変わります。

■「多病息災」で、今以上に医療費がかかる

昔は「健康」といえば病気が一つもない状態を指していました。いわゆる「無病息災」です。医学が発達しておらず、一つの病気が命取りになることもあったため、そのように考えたのかもしれません。

一方で「一病息災」という言葉もありました。一つぐらい病気をしていたほうが、健康維持に気をつけるようになるので長生きできる、という意味です。

しかし今後は、人類史上、例を見ないほど人間の寿命が延びていくことが考えられます。そんな時代に「無病息災」や「一病息災」は至難の業(わざ)です。これからの「健康」は「多病息災」だと思えばいいのです。

人生100年のあいだに、病気がやってくるのは避けられません。避けられないからこそ、私たちは医療リテラシーを高め、病院や薬をうまく使って病気を手なずけて、日常生活を送るにあたって過度に病気を気にしないですむようにすべきです。

好きなこと、やりたいことをあきらめなくていい状況をつくるのです。

それゆえ、病院や薬は必須になります。多病息災の健康を維持していくために、今まで以上に医療にお金をたくさん使う時代がやってきます。

■老化を治療できても医療費はかかる

2020年、「老化は治療できる病である」と主張するハーバード大学医学大学院教授、デビッド・A・シンクレア博士の著書『LIFE SPAN 老いなき世界』(東洋経済新報社)が日本でも刊行され、話題となりました。

シンクレア博士の唱える老化理論が正しければ、人類が「老いない身体」を手に入れることができ、老いた肉体を若返らせることのできる未来がやってきます。老化を治療できれば、それ以降は医療費もそれほどかからないのではないか。そう考える人もいるかもしれません。

老人の手を取り脈を取る看護師
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

しかし、「シンクレア的世界」が仮に実現したとしても、未来の人類の医療費は今以上にかかることに変わりはありません。なぜなら、老化を治療できる世界になったからといって医療費がまったく不要になるわけではないからです。

まず、老化を治療する薬は相当な高額になると思われます。

たとえば、2021年6月に米国食品医薬品局(FDA)が承認した認知症治療薬「アデュカヌマブ」(商品名 アデュヘルム)は、患者一人あたり年間5万6000ドル、日本円で750万円を超える費用がかかると言われています。そもそも、この薬が保険でカバーされるかどうかという問題はありますが、新薬は得てして高額になる傾向があります。

おそらくシンクレア博士のいう老化の治療にも、相当な費用がかかるだろうと予想されます。ごく一握りの裕福な人しか、治療を受けることはできないでしょう。

■医療費が「全額自己負担」になる時代が来る

次に、老化を治療する薬によって寿命が30年延びたとしても、いつか必ず死が訪れます。

その30年間、まったく薬や病院の世話にならずにすむことも考えにくい。「長く生きたのだから悔いはない。これ以上の治療は結構です」と患者さんが断らない限りは、死ぬ直前の時期に生きるか死ぬかの線上で、あらゆる薬や治療を試すことになるでしょう。

寿命が延びたぶんだけ、医療費を使う機会は増えます。また、死ぬ前の1週間で集中的に医療を受けた場合、その人の生涯医療費の大部分が使われるという場合もあります。シンクレア博士のいう老化のない世界が実現してもしなくても、医療費はかかるのです。

医療費が今以上にかかるようになる理由はほかにもあります。それは日本の公的医療制度の財政の問題です。

国家財政における医療費の割合は年々増加しています。厚生労働省が発表した2019年度の国民医療費は43.6兆円。そのうち6割が65歳以上の高齢者に使われています。これは国民所得の10パーセントを占める額です。

2020年度は新型コロナの感染拡大にともなう受診控えによって、近年では珍しく前年比1兆円超の減少となりましたが、国民医療費は長期的視点で見れば増加傾向にあります。

■世界的にも珍しい、日本の公的医療制度

増加傾向になる要因は大きくいうと二つあります。一つめは医療の進歩によって新しい薬や医療機器、医療技術が登場し、診療報酬が増額されていること。

二つめは少子高齢化による働き手の不足です。団塊の世代が全員75歳以上を迎える2025年以降は、さらに医療費が膨らむことが懸念されます。

病気を克服するための高額医療製品が次々と登場し、それを使う人が増えている。病気の克服によって使われる期間も延びている。そうなると、医療費は高くなる一方です。

病院で担架に乗せられた高齢の女性
写真=iStock.com/101cats
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/101cats

現在の公的医療制度を今と同じ内容で維持し続けることは相当に難しくなっているのは間違いありません。そうなると何が起こるか、もうおわかりかと思います。個人の医療費負担が大きくなっていくのです。

日本の公的医療制度は「国民皆保険制度」と「フリーアクセス」の2本柱で成り立っています。国民皆保険制度は、国民全員が何らかの公的医療保険に加入して保険料を支払い、安い医療費で高度な医療を受けられるようにする制度です。

1961年に導入されて以来、個人の負担割合はさまざまな変遷を経てきましたが、現在はかかった医療費の3割を負担することになっています。70歳以上の高齢者は所得額に応じて1割、2割、3割と負担割合が変わります。

フリーアクセスは、患者さんが国内の医療機関をどこでも自由に選んで受診できることを指します。私たち日本人にとってはあたりまえかもしれませんが、これは世界的に見て極めてめずらしい制度です。

■長寿化で加速する負担増

日本人はクリニックでも総合病院でも大学病院でも、自分の希望する病院にかかることができます(日本でも大学病院受診に紹介状は必要ですが、ない場合も料金上乗せで受診が可能です)。米国や英国ではそうはいきません。

まず、GP(General Practitioner)と呼ばれる総合診療医を受診します。そこでより高度な医療を受ける必要があると診断されたら、紹介状を書いてもらいます。その後、ようやく高度医療を提供する医療機関にかかることができます。

日本のように、家の近所にあるからといっていきなり大学病院にかかることはできないのです。この皆保険とフリーアクセスは一見、素晴らしいものに思えると思います。

しかし、実際には良いことばかりではありません。日本では気軽に医療機関を受診する人が増え、国の医療保険財政を圧迫し続けています。

政府は2022年10月から、原則1割だった75歳以上の高齢者の自己負担を引き上げることを決定しました。具体的には個人年収200万円以上、夫婦で年収320万円以上の世帯は窓口負担が2割になります。

こうした自己負担増の流れは今後も続くのは間違いないでしょう。裕福な人にはたくさん払ってもらい、困窮している人の負担は軽くすることになるはずです。健康保険税の額が少しずつ上がっていくことも考えられます。

■保険適用は「致死的な病気」に絞られる

保険適用される病気も、少しずつ限定されていくでしょう。治療をしなければ患者さんが命を落とす確率が極めて高い「致死的な病気」については国で面倒を見るけれども、そうでない病気は国は面倒を見ない、という方向に進むと思われます。

「致死的な病気」として想定されるのは、心筋梗塞や脳梗塞、脳出血、がん、結核など。命の危険に直結しない「非致死的な病気」としては花粉症、皮膚炎、虫歯、骨折、軽度の狭心症などが挙げられるでしょう。「非致死的な病気」で病院にかかると相当な金額を払わなければなりませんから、薬を買って自分で何とかすることになります。

すでにこの流れは始まっています。医療用医薬品と同じ成分の医薬品が薬局やドラッグストアで売られるようになってきているのです。

薬局の商品陳列棚
写真=iStock.com/katleho Seisa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/katleho Seisa

かつては、医師が処方する「医療用医薬品」のほうが、薬局やドラッグストアで買える「OTC医薬品」(処方箋なしで買える薬)より成分が強めでよく効く、と言われていました。

現在は、医療用医薬品の成分をOTC医薬品に転用した「スイッチOTC医薬品」が多数登場しています。認知度は低いものの、2017年には「セルフメディケーション税制」がスタートし、薬局やドラッグストアで購入した薬代を所得控除できるようになりました(対象になる薬にはレシートの項目に★などの印が付いていますので、ご覧になってみてください)。

そうなると、わざわざ病院へ行って医師に薬を処方してもらう理由は薄れていきます。今後、この流れがさらに加速していくのは間違いないでしょう。

■「長生きの質」は経済力に左右される…

現在では医療技術が発達し、私たちの治療の選択肢は昭和と比べて格段に増えました。しかし、今のように誰もが自分が好きなように病院にかかり、治療を選べる状態は長くは続かないのではないか、と私は考えています。

今は国民皆保険とフリーアクセスによって、ほとんどの人が安い負担額で医療の恩恵にあずかることができています。しかし将来、保険でカバーされるのは致死的な病気だけになり、そうでない病気の治療は自己負担になることは、「お金の多寡」によって長生きの質が変わってくることを意味します。

奥真也『人は死ねない 超長寿時代に向けた20の視点』(晶文社)
奥真也『人は死ねない 超長寿時代に向けた20の視点』(晶文社)

致死的な病気に関しては、誰もが保険で面倒を見てもらえますから、死を免れることはできます。ただ、命を取り留めた先の医療費は、致死的とみなされない限りは自分の懐から出すことになります。そこでお金を気にせずに治療を選べる人とそうでない人が出てくるのです。

未来の医療では、治療は侵襲性(体に傷害を与える可能性のこと)や予後のよしあしによってランク付けされていくと思います。「特上」「並」とランクの高いほうから3種類の治療があった場合、「特上」を選べるのは富める一部の人だけになるでしょう。

たとえば、「特上」を選べた人は体の負担の軽い最新のロボットによる手術を受けることができますから、入院日数は短くてすみ、退院後の経過も良好。いち早く日常を取り戻して、以前とあまり変わらない生活を送れるかもしれません。

「並」を選んだ人は、手術は受けられるけれども従来どおり時間を要する開腹手術になるかもしれません。肉体的負担が大きいため、リハビリに日数がかかり、退院後に仕事に復帰するのも「特上」を選んだ人より時間がかかります。

■「特上」「並」に分けられる医療の未来

「特上」を選んだ人と、「並」を選んだ人。双方を比べると、命を取り留めた点は同じであるものの、その後の生活の質に差が出てきます。経済力が長生きの質を決めてしまうのです。

好むと好まざるとにかかわらず、私たちは長生きします。人生80年と人生120年では、その過ごし方は大きく変わってくるはずです。延びたぶんの人生をどう生きるかは考えておかねばなりません。

私は、どうせ長生きするなら、なるべく身体を大事にして「多病息災」でいる期間をできる限り長くし、人生120年をめいっぱい楽しんだほうがいいと考えています。

ただ、死はいつか必ずやってきます。どんなに健康管理をしようとも、私たちはいつかは死にますし、その前段階では健康を大きく損ねることもあるでしょう。

そのとき、ある程度のお金を手元に残してあることが重要です。身体が弱り、自分で自分のことができなくなる死ぬ前のつらい段階を楽しく、充実した時間に変えられる可能性があるからです。

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奥 真也(おく・しんや)
医師・医療未来学者
1962年、大阪府生まれ。医師、医学博士。経営学修士(MBA)。大阪府立北野高校、東京大学医学部医学科卒。英レスター大学経営大学院修了。専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部22世紀医療センター准教授、会津大学教授などを歴任した後、製薬会社や薬事コンサルティング会社、医療機器企業に勤務。著書に『Die革命』(大和書房)、『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『未来の医療で働くあなたへ』(河出書房新社)、『人は死ねない』(晶文社)、『医療貧国ニッポン』(PHP新書)など。

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(医師・医療未来学者 奥 真也)

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