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まずは「5万円分の食品類」を処分することに…孤独死した80代の母親が「ゴミ屋敷」に住んでいた理由

プレジデントオンライン / 2024年3月2日 12時15分

筆者撮影

■「ちょっと物が多い」というレベルではない

玄関のドアを開けると、床面が見えないほど物があふれていた。床だけでなく左右の壁も見えないほど物が積み上がっている。

「ちょっと物が多いのですが……」

依頼人の男性・Aさんは言い、「どうぞ、上がってください」とうながす。たしかに中央にはかろうじて人が通れるほどの隙間がある。しかし「ちょっと物が多い」というレベルではない。立派なゴミ屋敷である。

この日一緒に訪ねた生前遺品整理会社「あんしんネット」の社員・平出勝哉さんと玄関前で顔を見合わせた。その顔が、「笹井さんの予想通り、ゴミ屋敷でしたね」と言っているような気がする。ここに車で向かう途中に二人で「ゴミ屋敷か、そうでないか」と議論していたのだ。私は事前にそう聞いていたわけではないが、依頼主と電話で話した時に、「これはゴミ屋敷ではないか」という直感があった。予想どおりだったわけだが、もちろんうれしいわけがない。ため息が出てしまう。

平出さんが「これ使ってください」と、私の足元にスリッパを差し出してくれた。床面に広がる物の中にハサミや工具が紛れているのが見え、「汚い」よりも「危ない」と感じ、スリッパに足を通す。物の合間をぬって玄関から続く廊下を少し進むと、正面に洗面所、左手にリビング、その奥に和室があった。すさまじい物の量だ。物が多すぎてうまく歩けない。どこかに手をつこうとすると、山積みの物の雪崩が起きそうになる。私はよろよろしながら前に進んだ。

■「この家が恥ずかしい」という気持ちはないのか

Aさんが私を振り返った。そして、

「母は80代でしたが、ここに一人で住んでいて、転ばずに歩いていたんですよ」

と、胸を張って言う。

「いやそこは自慢できるところではないだろう」と内心思いつつも、「すごいですね」という言葉が口をついて出た。Aさんがほほ笑む。外見は、まったく普通の会社員だ。「この家が恥ずかしい」という気持ちはないのだろうか。彼の心情がわからなかった。

片付けの依頼を受けたのは、4日前だった。知り合いの医師から電話があったのだ。

「Aさんという患者さんがいるのだけど、最近お母さんが亡くなってね、家の中を片付けてくれる業者を探しているんだけど……」という。『潜入・ゴミ屋敷』(中公新書ラクレ)を取材執筆した経験がある私なら、いい業者を知っているのではないかと思い、連絡をくれたそうだ。

■家の中が空っぽでなければ「解体」はできない

Aさんは50代男性で、東京都内でひとり暮らし。実家は、都心から車で2時間ほどの距離にあり、数年前に父親が亡くなってからは、母親がひとり暮らしをしていた。他に身寄りはない。

私は以前、生前遺品整理作業を手伝わせてもらった石見良教さん(あんしんネット事業部部長)に連絡をとった。石見さんによると「最近このような空き家整理の依頼が増えている」という。高齢の親が退去し、空き家になった実家の手入れに悩む人が増えているのだ。「取り壊せばいい」と思うかもしれないが、家の中が空っぽでなければ解体作業は引き受けてもらえない。

同社では、まずはすぐに動ける社員が担当となり、見積もりからスタートする。今回は何度か共にゴミ屋敷を片付けたことがある平出さんが請け負うという。

家の中の状況が全くわからないため、私は事前にAさんと電話で話した。その日は水曜で、先週金曜日に母親が亡くなったというのに、「可能であれば今週末までにナマモノの食品やゴミの処分を応急処置でしたいと思っている」と言う。

「応急処置」という言葉がひっかかった。早急に対処しなければならないほど物が多いということだ。だから私は「ゴミ屋敷かもしれない」と予測した。

■外観はごく普通の戸建て、庭も片付いていた

「この後あんしんネットさんから連絡が入ると思いますが、金額をしっかり確認してくださいね」

私は平出さんと一緒に彼の実家にうかがうことにし、匿名で記事にすることの了承も得て、電話を切った。

その週の日曜日、平出さんの車で現場に向かっているときに、私は「依頼人から金額について聞かれましたか」と尋ねた。平出さんはハンドルを握りながらうなずく。

「今日は見積もりと、5万円程度のナマモノの処分となりました」
「ゴミ屋敷かなぁ……」

私がつぶやくと、「いや、それはないんじゃないですか。電話でそのような話も出てきませんでし」と平出さん。

その家は、駅から車で15分程度の住宅街にあった。外観はごく普通の戸建てで、車一台を停められるスペースがある庭も片付いている。

玄関には故人を偲ぶ花があった
筆者撮影
玄関には故人を偲ぶ花があった - 筆者撮影

しかし、玄関を開けると、そこは閉ざされた別世界。私と平出さんは瞬時に、中のひどい状況を悟ったのだった。

「見積もりができました」

室内に入って10分ほど、いくつかの箇所をチェックしていた平出さんが言う。

■1階だけで「最低15万円の作業」が3回は必要

玄関、廊下、左に曲がってリビング、その奥の和室にはかろうじて人が立てる畳が見えたので、そこで平出さんと私、Aさんの3人が、立ったまま話す。

平出さんが手にしている見積書は引越し会社のものに似ている。引越しであれば見積もりをしないことはあり得ないが、整理業者の中には見積もりを行わないまま強引に作業を開始し、あとから50万円、100万円と請求する会社もある。作業日と別に「見積もり」をするのは良心的な業者といえる。

Aさん宅では、作業するスタッフの人件費、処分費、運搬費を考慮し、1回15万~20万円という見積もりだった。

「物の内容で金額が決まるのではないんですか」

Aさんが少し驚いたように言う。

「つまり、2トントラックを動かして、そこに処分する物をいっぱいに詰めて、最低15万からということですよね?」と私。

平出さんが「そうです」と答える。

「一回作業をしてみると、もっと正確な金額が出せると思いますが、全撤去するとして1階だけで3回は作業が必要になるかと思います」
「そうなると60万くらいはかかるっていうことですよね」

Aさんが顔をしかめた。そしてあたりを見回し、「私が仕事が休みの日にここに通って、片付けてもいいんですが……」と小さな声で言う。私は内心、いや一人でできる量ではない、と思った。

■生協のチラシでも「処分しますか?」と尋ねる

「とりあえず今日はナマモノ(食品類)を処分しますか?」と平出さんが提案し、Aさんは「ぜひお願いしたい」という。3人でできる範囲で片付けをすることになった。

台所、廊下、玄関と「ナマモノ」と「いらないもの」だけを取り出して処分用のダンボール箱に入れていく。簡単にできるかと思って始めたが、作業が進まない。いつもなら食品、液体、ライター、ビデオテープなどと仕分けながら、どんどん処分用のダンボールに入れることができる。ところが、今日はひとつひとつ、Aさんへの確認が必要になる。明らかに不要と思われるチラシや衣類なども、「どうしますか?」と尋ねなければならない。

流しにはビニールが
筆者撮影
台所の床にもゴミが
筆者撮影

「生協の広告がけっこうあるなぁ」

Aさんがぶつぶつとつぶやく。「あ、何か出てきた……みかんが干からびている」

「いりませんよね? いらないものは、もらいますよ」

私が問いかけると、彼は私が抱えるダンボールにそれを投げ込む。

想像してほしい。足の踏み場もない物の中で、依頼人がひとつひとつ要不要を悩み、その横でダンボールを抱えて立ち尽くす姿を。あなたならどこまで根気よく付き合えるだろうか。

■「生協の保冷剤だ。返さないといけない」

しばらくして、今度はAさんが私に尋ねる。

「これ、何ですかね?」

私は「保冷剤ですね」と言って、ダンボールを彼の目の前に差し出した。すると彼は首を横に振り、「生協のだ。返さないといけない」と、その保冷剤を再び物の中に置いた。(いや返されても困るでしょう。それにここに置いたら迷子になるに決まってる)という言葉が喉元まででかかったが、彼は依頼人なのだと自分に言い聞かせ、無言でいた。

ふと横を見ると、物が積み上がった隙間にトイレットペーパーが落ちていたので、私はダンボールを片手に、腰をかがめてそれを拾う。ひとつ、ふたつ、みっつ……使いかけのようでどれも残りわずかだ。中の芯もよれている。

「このペーパー類、いりませんよね?」

たずねつつ処分用のダンボールに入れていたのだが、Aさんは「いえ」と言って私の手からトイレットペーパーを取り上げた。

「このあたりを拭きますから」

私は聞こえないようにため息をついた。整理業の仕事は「時間」よりも「処分する物の量」で料金が決まる。ここまで1時間、Aさんと一緒に仕分けをしてダンボールひとつも処分できないのだ。

■「いえ、僕が食べますから」と即答する

台所は荒れていた。冷蔵庫の中も、高齢女性のひとり暮らしとは思えないほど物が詰まっている。コンロにある鍋のふたはなぜかアルミホイルに包まれていて、ふたを開けてみると黒い豆がたくさん浮いていた(写真)。

鍋の中の黒い豆
筆者撮影
鍋の中の黒い豆 - 筆者撮影

「これはいりませんよね?」

鍋の中を見せると、今度はAさんも素直にうなずいてくれる。

作業を進めると、足元から未開封の「魚沼産こしひかり」と「サイダー」が数本、出てきた。平出さんが「これは処分でいいでしょうか」と問いかける。

平出さん
筆者撮影
平出さん - 筆者撮影

「いえ、僕が食べますから」とAさんが即答する。「サイダーは帰りに飲みます」と言う。

確かに未開封だから、消費期限を確認すれば飲食できるかもしれない。けれども私なら、不衛生な部屋にあった食品を食べる気にならない。

「あの……」

ずっと気になっていたことがあったので質問した。

■Aさんは国家公務員として長年勤務をしている

「年末年始に帰省されましたよね。でも、この状態ではお母様と二人でごはんを食べる場所さえないですよね?」

本音では「母親がこんな汚い場所に住んでいて、あなたは何も思わなかったのか」と聞きたかったのだが、それは失礼な気がして口に出せなかった。

するとAさんは「ありますよ」と、部屋中央にある、ほとんど埋まっていて形が見えないテーブルを指差す。

帰省の際食事をしていたテーブル
筆者撮影
帰省の際食事をしていたテーブル - 筆者撮影

「ここをどかせば……。今年の正月もそうしましたし」となんてことのないように言う。

帰省の際食事をしていたテーブル
筆者撮影
帰省の際食事をしていたテーブル - 筆者撮影

後日、Aさんを紹介した医師のもとを私はたずねた。そしてAさんの実家の中の写真を見せて状況を説明すると、医師は「ええっ」と目を見開いた。しばらく黙った後、口を開く。

「仕事が忙しく残業も多いAさんが、急にお母様が亡くなって片付けに困っていて誰かの手助けがほしいということだったので、笹井さんにお願いしたんです。私はあくまで一般的な家を想像していたので、まさか室内がこのような状況だとは思いませんでした」

Aさんは国家公務員として長年勤務しているという。

「亡くなったAさんのお母さんからも盆暮に贈り物をもらっていたので、しっかりした方だと思っていました。ただAさんが発達障害ですので、この室内を見る限り、お母さんもそうだったのかもしれません」

(後編に続く)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『野良猫たちの命をつなぐ 獣医モコ先生の決意』(金の星社)と『老けない最強食』(文春新書)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。 過去放送分は、番組HPより聴取可能。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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