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「傘や靴がなぜか増えてしまう」は危険信号…気が付いたら「ゴミ屋敷」になってしまう人たちの共通点

プレジデントオンライン / 2024年3月2日 12時16分

筆者撮影

50代男性(Aさん)から、「ひとり暮らしだった母親が亡くなり、空き家となった実家を片付けてほしい」という依頼を受け、筆者は生前遺品整理会社「あんしんネット」の社員と現地を訪ねた。するとそこは想像以上の「ゴミ屋敷」だった。主治医は「Aさんは発達障害のため、亡くなった母親もそうだったのではないか」という――。(後編/全2回)

■高学歴で仕事はできるが、生きづらさを感じやすい

(前編から続く)

精神科医の仮屋暢聡氏は「発達障害は遺伝的要素が強い」と言う。

「両親のどちらかがADHD(発達障害の一種、「注意欠如.多動症」)だった場合、子どもが4人いれば3人がADHDとなる可能性が高いです。発達障害の中でも最近は、ADHDと自閉スペクトラム症が重なりあうなど、さまざまなケースがありますが、総じて高学歴で仕事はできる方が多いです。一方で対人関係がうまくいかなくて、パワハラやセクハラのようなハラスメントを受けやすい傾向にあり、うつ病や双極性障害、アルコール依存症、ギャンブル障害など二次障害(併存障害)も引き起こしやすい。個性あふれる才能がある方も多いので、私は患者さんを面白いと感じますが、本人はとても生きづらさを感じています」

家がゴミ屋敷になってしまうことも、よくあるという。

「物が捨てられなくて、部屋に物があふれてしまう。生ゴミと書類が同列に置いてある部屋になっていることが多く、物理的にも片付けられないし、頭の中もごちゃごちゃしていて整理ができません」(仮屋氏)

私はAさんの実家に「傘」や「靴」、庭で使う「工具類」、「サイダー」などが大量にあったことを思い出していた。ゴミ屋敷ではあるあるの話だが、仮屋氏は興味深そうに聞き、こう言った。

ゴミの山から出てきたハサミ
筆者撮影

■「ストレートに伝える」ことがポイント

「ADHDは注意の集中が持続しないので、目の前からなくなると忘れて、あれがないと言ってまた買ってくる。だから同じものが室内に何個もあるという状態なのでしょう。目に入ると『これはいるだろう』という認識してしまいますから、本人が目に入っていない時に物を処分してしまうのがいいと思います」(同)

家に物があふれて生活できなくなる「ためこみ症」という精神疾患があるが、両者は全く異なる病気だと思った。ためこみ症の場合は、物に対する愛着や執着がものすごく強いので、勝手に捨てることはできない。

物やゴミであふれかえった室内を見て、その人がためこみ症か、ADHDなのかを判断することは難しいが、Aさんの場合は、発達障害(ADHD)という医師の診断を受けている。その場合、明らかな不用品は見えない場所で捨てること、そして「ストレートに伝える」ことがポイントという。

振り返ると、Aさんに対して私はわりと的確に対応できていたと思うが、それでも同じ空間にいながらわかりあえないもどかしさがあった。

■12本あった傘の選別には随分と時間がかかった

前回の「見積もりと応急処置」の作業代は、2万6000円だった。内訳は「あんしんネット」の社員.平出勝哉さんの作業代と物の処分費、運搬費だ。処分した量はダンボール4箱程度だが、作業時間は、Aさんにひとつひとつ要不要を尋ねたため3時間はかかっている。都心から車で片道2時間近くかけて現場を訪ねたことを考えると、これだけでは整理会社の儲けはないだろうと思う。

私はひととおり作業を終えた後、Aさんに対して、「今後どう片付けていくつもりか」と聞いた。

Aさんは首をかしげて「そうですねぇ」とあたりを見渡しながら、こう話した。

「とりあえず仕事が休みの時に来て、服だけでもゴミ用の袋に詰められたらいいと思うのですが……。服だけは判断に困りませんからね」

そうだろうか。12本あった傘の選別には随分と時間がかかった。母親が使っていた帽子や靴、手押し車の中でも、Aさんが「いる」と判断を下した物が半分以上ある。

リビングの様子
筆者撮影
リビングの様子 - 筆者撮影

■生協のチラシさえ一枚一枚見ていた

「あとは机の上の紙類を整理しないと。病院の領収書が確定申告で必要になりますから整理をしないと」

もし自分が、ここから病院の領収書を見つける作業を頼まれたら、気が遠くなる。しかも、Aさんは生協のチラシさえ一枚一枚見て処分に時間がかかっていた。失礼だが、領収書を整理できるとは思えない。

「もう一箱くらい、服を処分しますか?」

平出さんが気を利かせて声をかける。Aさんが首を横に振る。

「葬儀を終える前に服を処分するのも気が引けますし……。火葬場が混んでいるみたいで、まだ葬式もできていないんです」

それならどうして「今週末までに応急処置をしてほしい」と言ったのだ、と文句を言いたくなったが、依頼人相手なので黙っている。

■せめて安全に歩けるスペースは作ったほうがいい

「それじゃ、また作業が必要になりましたら声をかけてください」

平出さんが穏やかに言い、自分の名刺を渡す。名刺を受け取ると、「大田区から来られているんですか。遠いんですね」とAさんが目を丸くする。

2トントラックが満タンになるまでここにある物を処分した場合、15万~20万円程度かかるという見積もりだった。決して安くはないが、Aさんのためにも、プロに作業に入ってもらったほうがいいと私は思った。だからはっきりこう言った。

「うまくいけば、一回の作業で1階の半分くらいまで物の処分ができるようですよ。ナイフや針が床にたくさん落ちていますし、廊下の物が雪崩が起きそうで危ないので、せめて安全に歩けるスペースは作ったほうがいいと思うんです。その際、Aさんが必要な物をとって、あとは『ここからここまで全撤去でお願いします』というほうが効率的じゃないでしょうか」

Aさんはうなずきつつも、「でもどこに必要な物があるかわからないし……」とつぶやく。それはそうだろう。私は繰り返し説得した。

畳が見えている場所もある
筆者撮影

■これを「異常」と思わない人に決断させるのは難しい

「物を見てしまうと迷いが生じてしまうこともあるので、よく目にしていた本当に必要な物以外は処分すると決めて、作業中は外に出てしまうのもひとつですよ。あんしんネットさんは、現金や価値のありそうな物はとっておいてくれるので大丈夫です」

平出さんも補足してくれる。

「買取がつきそうな物はそのように対応しますし、骨董など目利きが必要な物なら専門の業者を紹介しています」

Aさんが顔を上げ、「タンスは無理ですか?」と言う。部屋の壁沿いにたくさんのタンスが並んでいるが、どれも色がはげかかり、遠目にも見える傷がついている。

「難しいですね」と平出さんが言い、Aさんは肩を落とす。そして「この物の中には、母親がなくした××部品があるかもしれないし……」とモゴモゴと言った。

現状、とても人が住む環境ではないし、再利用できるものもなさそうだ。けれどもこれを異常状態と思っていない人を相手に、片付けを決断させるのは難しいと、改めて思った。

■本人が自分の特性を知って対応していくことが必要

ADHDには薬物治療が有効だ。しかしそれも、「根本治療にはならない」と、冒頭の仮屋氏が言う。

「例えば集中力を持続させるために薬を飲むと、覚醒レベルが上がり、感情が安定します。いくつかの薬がありますから、家庭や職場などで目立つ問題点をコントロールしてあげることはできるんです。ただ根本治療としては、本人が自覚して、自分でそれを学習するという姿勢が大切です。当院に通う発達障害の患者さんで大学教授の方がいますが、長年、テーブルが書類だらけで食事を取る時にはそれを少しだけ寄せて片隅で食べるような状況です。それでも本人がこれがおかしくないと思えば、対人関係もそうですが、変わらない。診察では患者さんとの会話で社会的に問題と感じた部分は指摘できますが、あとは本人が自分の特性を知って対応していくことが必要だと思います」

仮屋暢聡医師
仮屋暢聡医師

自身が発達障害だと思わない人も少なくないという。仮屋氏が監修した『Newton別冊 精神科医が教える 心の病の説明書』(ニュートンプレス)には「成人期のADHDチェックリスト」が掲載されている。正確に判断するためには医療機関の受診が必要だが、下記6つの項目を5段階評価(まったくない、めったにない、ときどき、頻繁、非常に頻繁)で回答した時、「頻繁」か「非常に頻繁」が4つ以上あてはまる場合はADHDに該当する症状をもっている可能性が高いという。

*成人期のADHDチェックリスト

1.物事を行うにあたって、難所は乗りこえたのに、詰めがあまくて仕上げるのが困難だったことが、どのくらいの頻度でありますか。

2.計画性を要する作業を行う際に、作業を順序立てるのが困難だったことがどのくらいの頻度でありますか。

3.約束や、しなければならない用事を忘れたことが、どのくらいの頻度でありますか。

4.じっくりと考える必要のある課題に取りかかるのをさけたり、遅らせたりすることが、どのくらいの頻度でありますか。

5.長時間座っていなければならないときに、手足をそわそわと動かしたり、もぞもぞしたりすることが、どのくらいの頻度でありますか。

6.まるで何かにかり立てられてるかのように過度に活動的になったり、何かせずにいられなくなることが、どのくらいの頻度でありますか。

『Newton別冊 精神科医が教える 心の病の説明書』(ニュートンプレス)より

Aさんは現在、東京都内にある職場近くの賃貸住宅にひとり暮らしをしている。だが今後は、「仕事が休みの日に時々片付けて、そのうちここ(実家)に住みたい」と口にしていた。もし私がAさんの立場なら、あの家に住みたいとは思わないだろう。片付けるのに途方もない労力が必要だと感じるからだ。いや、たとえどんなに見た目がきれいになっても、一度でもあそこまで不衛生になった場所に住むのは心理的に難しいかもしれない。「時々片付けて住もう」と思えるということは、Aさんはあの汚さに抵抗がないということだ。もしかすると現在のAさんの住まいも、あの実家と大差ないのかもしれない。

今回は偶然、ゴミ屋敷であることが発覚したが、もし私たちのような第三者の介入がなければ、あの家の状況が変わることはなかっただろう。家族や親戚など関係する人たちが「異常な状況」と認識しなければ、何も変わらない。そうして、どんどん物が増えてしまう家は決して珍しくはない。おそらく国内に820万戸あるという空き家の中にも、かなりの数のゴミ屋敷があるのだろう。あなたの実家、あなたが知る空き家の室内は、大丈夫だろうか。

*空き家になった「実家」を片付ける際のアドバイス

1.戸建ての場合、空き巣対策として外回りの植木の手入れをしておく

2.重たい家具よりも、衣類や雑品、食器類から日常のゴミ回収日に自分で処分

3.未使用のもの、まだ十分に使えるものがあれば、もらい手を探し、引き渡す

4.リサイクルできる品は信頼できる店で買取の見積もりを行い、引き取ってもらう

5.業者に頼むと高くなるため、粗大ゴミ回収を利用して大物ゴミもできる限り減らす

※孤独死現場の第一人者で生前遺品整理会社「あんしんネット」事業部部長の石見良教さんより

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『野良猫たちの命をつなぐ 獣医モコ先生の決意』(金の星社)と『老けない最強食』(文春新書)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。 過去放送分は、番組HPより聴取可能。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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