母を亡くし4人の弟妹を育てた…100歳・世界最高齢美容部員が「化粧品が重くても絶対リュックを使わない」理由
プレジデントオンライン / 2024年3月15日 11時15分
■100歳の現役美容部員
福島県福島市、吾妻連峰を仰ぐ郊外の集落には前日の雪がまだ残っていた。
「ごめんねー。掃いてなくてー」
ご自宅に伺うと、玄関から突然、大きな声がこちらに向けられた。声量も声の張りも、100歳の声とはとても思えない。足腰もしっかりとし、杖も使わずにスタスタ歩く。“100歳”に抱いていた先入観が崩れていく。
堀野さんは関東大震災が起きた1923年に生まれ、今年の誕生日で101歳になる。
現在も化粧品大手「ポーラ」のビューティーディレクターとして週に1〜2回、7キロ先の事業所にバスとタクシーを使い通勤するほか、お客さんへ新製品の案内や肌悩みのヒアリングを行う、現役の販売員だ。
84歳で累計売上1億を達成し、99歳で勤続60年の表彰、そして昨年8月には最高齢の女性ビューティーアドバイザーとして、ギネス世界記録に認定されるなど、その活躍は年とともに広がるばかり。今も最低月に一度はメディアが来て堀野さんを取材していくそうだ。その度、あまりの元気さにどの人も「本当に100歳?」と驚くという。
職業柄か、顔には隙のないきれいなメイクが施されている。ピンク色のチークがよく似合っていて、可愛らしくチャーミングな雰囲気だ。
■福島の空がB29で真っ黒に
堀野さんは福島市北部の飯坂温泉で、郵便局長の父と専業主婦の母との長女として生まれた。下には4人の弟と妹が生まれ、堀野さんは長女として小さな頃からよく面倒を見ていたという。
女学校は、腕に職をつけるために家政女学校を選んだ。母が裁縫の内職をして子沢山の家計を支える姿を見て、自分も洋裁や和裁、編み物などを基礎から学びたいと思ったのだ。学年の浴衣縫い競争ではトップ、堀野さんが縫ったワンピースや日本刺繍などが展覧会に展示され、見事な才能を発揮した。
卒業後は、福島市にある電電公社に就職。ちょうど、太平洋戦争が始まった年だった。戦争末期には、福島の空がB29で真っ黒になることもあった。
「警戒警報が鳴ると、みんなが防空壕に走るのだけど。うちの母は病気で寝ていて、母に『防空壕に行こう』と言ったら、『私はいいから、あんたたちだけ行きなさい』と、死ぬのを覚悟したみたいに言って。いつも、何ともいえない気持ちで防空壕に入っていたのは、今も心に残ってる」
■絶対に「リュック」は背負わない
母は終戦後ほどなく、43歳の若さで亡くなった。堀野さんは22歳、一番下の妹はまだ5歳か6歳。母代わりを担うこととなったが、一番苦労したのが食料難だ。電話局で働くほか、今でいう副業のように着物を縫うことでも家計を支えていた堀野さん。食料を買うお金が手元にあっても、そもそも売っていないがために買うことができなかった。
「自分で縫った着物を持って、おばあちゃんと一緒に、知り合いの農家まで何十キロも歩いて行きました。そこで着物を、米やメリケン粉に替えてもらって。私が今、ポーラ化粧品を持って歩いていると『重いでしょ。リュックを背負ったら』って言われるけど、私は、リュックは絶対に背負わないの。リュックに着物をいれておばあちゃんと歩いては、食料をもらいにいった、当時の辛い記憶を思い出すから……」
■「姉ちゃんを、僕にください!」
夫になる男性は、堀野さんの遠縁に当たる人物だった。早稲田大学の学生時代、大臣の月給ほどの高額の仕送りを受け、悠々と暮らしてきたボンボンだ。男性が職探しをすると聞いた智子さんの父が家に招き、しばらくの間同居することとなったことが出会いとなった。
「きっと私が夫に見込まれたのは、母親代わりに弟と妹の面倒を見ていたから。全然、苦労してない人だから、自分も世話になりたいと思ったんじゃないですか。晩御飯の途中に急に父に言ったの。『姉ちゃんを、僕にください!』って。いまだに覚えているよ」
下の子たちはみんな、「姉ちゃん」と呼んでいたから、夫となる人にとっても「姉ちゃん」だった。その申し出がまんざらでもなかったのは、「格好良かったから」。イケメンだから結婚に乗った、と堀野さんは当時を思い出して、コロコロと笑う。
夫は高学歴が仇となりしばらくは職が見つからなかったが、数年後、福島市で公務員試験を受けて県庁職員になった。ほどなく、子どもが3人生まれ、一人で家事と子育てをこなす日々が始まった。夫は妻の苦労などつゆ知らず、悠々自適なボンボンのままだった。
■給料日の次の日、玄関には空っぽの袋が…
「出世が早くて、部下たちを連れて飲み歩くようになって。全部ツケだから、給料日になると、お店の人が集金に来るのね。給料日の次の日、玄関に行くと給料袋が置いてあるから見たら、中身は明細書だけで空っぽ。『どうやって暮らすの?』と言ったら、『しょうがないな、泥棒でもしてくるか』と笑って出て行って。これは頼っていられない。自分で働こうと思って内職を始めたんです」
薬のアンプルの箱を100個作ると、150円になる仕事だった。コツを掴んだ堀野さんは、そのうち1日に300個作れるようになり、月末にもらえる金額は4500円にもなった。しかし、月末までは手元に現金がない。どうやって食べていくか。
「近所の店で『通い帳』を作ってもらえるか相談したら『いいですよ』って。それに何を買ったかつけてもらって買い物をして、1カ月3700円になった。私の内職で、お釣りが来たので安心したのを覚えています」
■「口紅くらいつけたら?」
電話局、着物の副業、内職と、そのつど精力的に仕事を行い、一定以上の成果をあげてきた堀野さん。今に至る、天職の化粧品に関わる仕事のきっかけは、夫の一言だった。
「……口紅くらいつけたら? 女の身だしなみってものがあるんだよ」
30代半ばを過ぎた頃だった。給料を入れない夫を責めず、内職と子育てに奮闘している際にそのように言われたら普通なら怒りそうなものだが、堀野さんは翌日早速福島駅前のデパートに向かった。そこで初めて口紅を買ったそうだ。
「私は母が早くに亡くなって、そういうのに疎かったから。女の身だしなみってものをしないといけないんだと思ったのね」
このオトメな思いは、夫への愛だろう。そしてほどなく、堀野さんはポーラ化粧品に出会う。
「当時の家の向かいの奥さんが裁縫をしていて、よく呉服屋さんの奥さんが来ていたの。向かいの奥さんに『奥さん綺麗でしょう? 何歳だと思う?』って聞かれて。『私と同じ30代かな』と答えたら、50歳だった。それはもうビックリして。奥さんにポーラ化粧品を使っていると話されて、そこからだよ」
呉服屋の奥さんに紹介してもらった販売員から、自宅で化粧水や乳液の付け方を教えてもらい、月払いの分割でポーラの基礎化粧品を購入した(※月払いの分割は現在は行われていない昔のシステムとなる)。すると……。
「一カ月くらいして『堀野さん、この頃、綺麗になってどうしたの?』って隣の奥さんに言われて、うれしくなってね。私を見て、その奥さんもポーラ化粧品を買うようになった。それを見て、また近所の違う奥さんも……というように、周囲で使う人がどんどん増えていって。こんなに売れるならポーラのセールスをやりたいと思ったけれど、下の年子がまだ小さかったから、当時は諦めたの」
数年後、一番下の子どもも学校に行くようになった頃、電電公社時代の友人と福島駅前でばったり会った。そして、こう言われた。
「うちの主人が、ポーラの事務所を出したの。今、人を募集しているから、やらない?」
まさか、恋焦がれたポーラが向こうからやってくるとは。今なら、できる。やってみたい。
1962年、堀野さんは39歳でポーラビューティーディレクターに登録、活動を開始した。堀野さんの才覚は入社してすぐに発揮されることとなる――。
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ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。
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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)
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