結果的に返礼率は異例80%以上に…ふるさと納税で「焼け太り」をした60代男性が抱いた制度への違和感
プレジデントオンライン / 2024年3月22日 14時15分
■ふるさと納税をした市から届いた「妙な郵便物」
都内在住の60代男性の自宅に今年2月、妙な郵便物が届いた。差出人は福岡県田川市の村上卓哉市長。標題は「福岡県田川市ふるさと納税返礼品地場産品基準違反に関するお詫びについて」となっている。
男性は、田川市に3万8000円の「ふるさと納税」を済ませており、返礼品として重詰めの「おせち 博多」(販売価格1万5800円)を入手していた。正月は家族でこのおせちを食べた。何か問題があったのだろうか。文面はこう続いていた。
返礼品取扱事業者「有限会社久松」が提供する「おせち」について、総務省が定めるふるさと納税返礼品の地場産品基準に違反していたことが当該事業者からの報告で明らかとなりました。
「本おせちは田川工場でお作りした食材をお入れしています。」と記載の上、寄附の募集を集って(※原文ママ)いましたが、実際には田川工場で製造した食材が入っておらず、福岡県粕屋町の同社本社工場において製造されていました。
■代替品として「もつ鍋12人前+和牛1.1キロ」
ふるさと納税の返礼品には、その土地と関わりの深いものでなくてはいけないという規定がある。つまり、今回の場合は、田川市内の工場で製造されたものである必要があった。粕屋町は田川市から約40キロ離れている。
田川市は今後の対応として①「寄附金の返金」または②「代替品の送付」を提示。男性は「代替品の送付」を選択した。驚いたのは、「代替品」の豪華さだ。男性が言う。
「おせちは別に腐っていたとか異物混入していたとかいうこともなく、美味しく食べました。おせちとしては、何の問題もありません。お詫びの品を用意するならキーホルダーとかボールペンといった粗品程度で十分と思ったのですが、内容がものすごいんですよ」
市が提示した代替品は以下の5パターンのなかから選べるものだった。
イ 博多和牛1100グラム+国産牛もつ鍋12人前(醤油味)
ウ 博多和牛1100グラム+博多水炊き10人前
エ 博多和牛1100グラム+うなぎ蒲焼200グラム×2尾(有頭)
オ 博多和牛1100グラム+辛子明太子(特切)2キロ(1キロ×2)
おせち(ア)は24年12月30日までに到着し、博多和牛セット(イ~オ)は4月末までに発送する。いずれも「地場産品基準」を満たしているものだ。「おせち 博多」は同社サイトで1万5800円で販売されている。辛子明太子(切子)200グラムの一般的な価格は、1000円前後だろう。
「もつ鍋12人前とか明太子2キロとか、量もすごいですよね。何もここまでしなくても……、と私は思ってしまいました。ラッキーというか、『焼け太り』の感がある。返礼品のお金はどこから出ているの? という疑問も抱きます」
3万8000円のふるさと納税に対して、2回に分けて市場価値としては3万2600円相当の品が送られてきたことになり、感覚的は80%以上の返礼率(還元率)になったともいえる。
■「納税」という名前だが、あくまでも「寄付」
ふるさと納税は自分の好きな自治体に一定以上の金額を寄付すると、所得税や住民税が控除できる。さらに寄付先からさまざまな返礼品を受け取れる制度だ。納税と名付けられているものの、名目上はあくまでも「寄付」。だが、割の良い節税対策として機能しているのが実態だ。
ふるさと納税は「地方活性化」「地方創生」などの理念をもとに作られた制度のため、返礼品に以下の基準がある。いずれかを満たす必要があり、たとえば田川市の場合はこうなる。
・田川市で生産されたもの
(田川市で生産された野菜や果物など)
・田川市で原材料の主要な部分(半分以上)が生産されたもの
(田川市で生産された果物を50%以上使用して作られたジュースなど)
・製造、加工の工程のうち半分以上を田川市で行っているもの
(田川市外で生産された原材料を用いて、田川市内の工場や店舗で製造された加工品等)
・福岡県が認定する地域資源
(辛子明太子、博多和牛、もつ鍋、はかた一番どり、はかた地どり、水炊き、豚骨ラーメンなど)
■ややこしすぎる制度設計
つまり、その土地と関わりの深い「ご当地もの」や「特産品」を寄付に対するお礼として送るというのが制度の趣旨。田川市に寄付をしたのだから、田川市と関係の深いものを返礼品にしなくてはいけないわけで、無関係のものを送ったら、ふるさと納税の趣旨や理念とズレてしまうわけだ。
ふるさと納税にはさらに「3割ルール」や「5割ルール」といった煩雑な規制や解釈の難しい用語が多数あり、法の抜け穴となりそうな部分もあるが、ここでは割愛する。
2008年に始まったふるさと納税は、返礼品の競争激化や理念の形骸化といった問題を経てたびたび制度改正が行われ、一層ややこしいものとなった。寄付者にとってはそれほど難しいものではないが、運営側の自治体や返礼品業者は、かなりの注意が必要となる。
■違反業者には、数千万円単位の損失か
田川市でふるさと納税を担当する田川市役所たがわ魅力向上推進室の担当者は、筆者の取材にこう話す。
「年明けに福岡県に投書が届いたのがきっかけでした。田川市内に小規模な工場があることは市の職員が確認していたのですが、業者に確認したところ違反があったとの申し出があり、問題が発覚しました」
一方、おせちを製造した「久松」の松田健吾社長は、こう話した。
「寄付者や自治体などさまざまな方にご迷惑をお掛けし、大変申し訳ない思いです。社としては田川市の工場で製造する予定だったのですが、現場の工場に正しく指示が伝わっていませんでした。社内の連絡ミスが原因で、私自身の力不足を痛感しています。二度と同じことを起こさない覚悟で、全力で信頼回復に努めたい」
久松では田川市内に大規模な工場を建設中で、今年6月に完成予定。だが、30坪程度の小規模な工場がすでに田川市内で稼働しており、当初はそこでおせちを製造する予定だったという。
負担額については現在取りまとめている最中で、全額を久松が負担する。田川市への「おせち」を指定した寄付は4920件、計1億7808万円にのぼっている。また、同社では福岡県古賀市でも同様の違反があり、そちらは1083件、計4164万8000円となっている。申請者の人数にもよるが、数千万円単位での損失を計上することも十分考えられる。
■代替品は「返礼品と同等のもの」
代替品については、田川市の担当者と話し合いながら決めたという。
「背伸びしすぎて極端に豪華なものになってもおかしいし、あまりにも下回ってしまうのも良くないので、市の担当者と協議の上で『返礼品と同等のもの』として今回の内容となりました。代替品の費用については、すべて当社が負担します」(松田社長)
最初に送ったおせちは、ふるさと納税の返礼品基準に則れば、いわば欠陥商品。基準を満たした“正しい商品”を代替品として送り直すのが妥当と判断したわけだ。
「ただ、おせちでは年末までお待たせすることになってしまうので、おせちと同等価値の商品もいくつかご用意し、お選びいただく形としました」(松田社長)
基準違反が生じた場合、自治体や業者はどう対応したら良いのか。総務省の担当者はこう語る。
「各自治体や事業者には基準を守ってもらうことが大前提なので、違反した場合にどうすべきかは、そもそも想定されていません。ただ、悪質な場合は登録取り消しということも考えられます」
返礼品をめぐっては、すでにさまざまな違反が報告されているが、それらは氷山の一角かもしれず、正直者がバカを見ている可能性も十分考えられる。
■制度の歪みが生んだ「違和感」
こうして見ていくと、冒頭の60代男性の違和感の正体は、ふるさと納税という制度の「いびつさ」に原因があるように思われる。
「ふるさとを応援する」という理念は完全に形骸化しており、大半の利用者は返礼品の内容以外見ていない。おせちの産地が田川市だろうが粕屋町だろうが、あるいは別の市町村だろうが、気にしない人がほとんどだろう。
「私は田川市を応援したくてふるさと納税をしたのに、粕屋町で作られたおせちが届いて大変ショックを受けている。どうしてくれるんだ――」
という心情に至るのが、ふるさと納税利用者の“正しい姿”である。が、実際にはそんな人はほとんどいないはずだ。事実、冒頭の男性はおせちの産地などまったく気にしていない。代替品の内容が過剰ではないかと違和感を覚えたのも当然だ。
違反があったのは事実であり、決して良いことではない。だが、その背景には完全に形骸化している理念と複雑すぎる制度がある。
■「ふるさと」「納税」には無理がある
あるいは、この制度は「ふるさと納税」というネーミングの勝利だったかもしれない。ふるさと、という言葉を聞くと、多くの人はつい郷土愛や幼少期の甘く懐かしい思い出が喚起され、情感が揺さぶられる。
「ふるさとを守ろう」「ふるさとに恩返しを」といった言葉には、なかなか反対し難いものがある。が、そうした美辞麗句とは裏腹に、ふるさと納税は「都市から地方への税金流出システム」として巧妙に機能しているのが実態だ。さらに、ポータルサイトの運営やポイント付与といった事業に仲介業者が利を求めて群がり、中間搾取を行っている。
結果、都市部の自治体が集める住民税は減収し、行政サービスの予算は目減りすることになる。目先の返礼品に釣られた結果、都市住民は自分たちの住む街の公共サービスの劣化を促していると言える。こうした問題から、東京都ではふるさと納税の見直しを求める見解を発表している。
何の縁もない土地を「ふるさと」と呼び、寄付を「納税」と言い換えていることに、そもそもの無理があるのではないか。
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フリーライター
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師が88歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。
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(フリーライター 西谷 格)
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