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「設備投資をしたくても先送りするしかない」深刻な働き手不足でちらつき始めた日本経済"最悪のシナリオ"

プレジデントオンライン / 2024年3月23日 7時15分

12月の機械受注 前月比4.2%増(2016年2月17日) - 写真=ロイター/アフロ

2040年に1100万人の働き手が不足すると予測されている日本。このまま人手不足が深刻化すると、私たちの仕事や生活はどうなるのか。日本航空やカネボウなどの企業の再建を手掛け、人手不足問題にも詳しい経営コンサルタントの冨山和彦氏と、『「働き手不足1100万人」の衝撃』を上梓した労働市場研究の専門家・古屋星斗氏が、転換点を迎える日本の人手不足問題が今後どのような影響を及ぼすのかを語る――。

■日本は「令和の転換点」を迎えている

【古屋】これまで日本が経験してきた人手不足は、景気がいい時に景気がいい業種で起こってきました。しかし、現在起きている人手不足は、景況感や企業の業績とはあまり関係がない“生活維持サービス”で起こっています。

さらに、私たちリクルートワークス研究所の労働の需要と供給のシミュレーションでは、2040年には日本で1100万人の働き手が不足するという結果が出ています。

この構造的な人手不足を私たちは「労働供給制約」と呼んでいるのですが、必要な働き手を確保できなくなれば、私たちの暮らしを支える生活維持サービスの水準も低下し、いずれ消滅する怖れもあります。

【冨山】同意見です。今回の人手不足は生産年齢人口の減少、つまり若い働き手がいなくなってしまっていることが原因です。景気がよくなろうが悪くなろうが、日本は人手不足なんです。

【古屋】私は日本がいま、大きな転換点に入っていると強く感じています。

ノーベル経済学賞を受賞したアーサー・ルイスは1954年、「ルイスの転換点」と呼ばれる概念を提唱しました。彼は経済発展・工業化が進むにつれて農家や小規模商店、家庭内従事者を中心に労働者が都市部に移動し経済が成長するが、こうした余剰労働力が使い果たされると、今度は賃金が上昇し始めると指摘しました。

私はいま、日本が近代以降の人口動態に起因する2回目の転換点、「令和の転換点」を迎えているのではないかと考えています。今回トリガーを引くのは、高齢者人口比率、特に85歳以上の人口比率の高まりだと思っているんです。

【冨山】まったく働かなくなってしまう年齢層ですよね。じつは日本の高齢者労働者率は世界有数の高さなんです。男性だと60歳以上の40~50%が働いています。

【古屋】そうなんです。

■低賃金・長時間労働モデルは、もう通用しない

【古屋】ほかにも、賃金が上がり始めたり、なぜか物価が上がり始めたり、いろいろな意味で日本は転換点を迎えています。これまで企業が取ってきた経営戦略も、通用しなくなる時代が来ていると思います。

【冨山】ある意味、「コペルニクス的」に戦略を転換しないとダメです。30年ものデフレの間、多くの産業が低賃金・長時間労働で人件費を抑え、安値で受注して競争を耐え忍ぶというやり方でしのいできてしまった。

でも、そんなモデルは、はっきりいってもう通用しません。極論をいえば、チープレイバー(低賃金の労働者)に依存しなければならない産業は、そもそも必要ないんです。社会機能としてどうしても必要な場合は、供給が足りていないんだから値上げをすればいい。それが「市場原理」なんです。本当に必要だったら、みんなお金を払いますから。

【古屋】おっしゃる通りです。労働の供給量に制約がかかるわけですから、これまで30年間の経営の勝利の方程式であった、安い労働力を活用して安く売るという成功則が通用しなくなってしまう。

【冨山】実際、少し前まで「3K職場」などと言われて敬遠されていた建設従事者も、いまはすごく日当が上がっています。人件費を上げてでも、建物をどんどん建てたいわけです。このように、労働供給が足りなければ通常は賃金が上がっていきます。上がらないのは、公定価格などで抑えられてしまっている職種くらいでしょう。

【古屋】介護や医療などがまさにそうですよね。

【冨山】同じ建設業であっても、地方の道路建設などの賃金は抑えられています。だから入札に参加する事業者がいない入札不調みたいなことが起きてしまっているんです。

【古屋】地方の建築会社は、官公需、つまり国や自治体から受注する公共工事がメインだからですね。

【冨山】そんな低賃金の仕事をやりたがる人はいないですからね。安い日当で歯を食いしばって働くくらいなら、都市部の民需の仕事のほうがはるかにお金をもらえますからね。若くて体が動く人は当然そちらに行ってしまう。そうした結果、地方の道路はボロボロになってきているわけです。

■低賃金労働者に依存してはダメな理由

【古屋】地方に行くと、やはり安価な労働力として外国人の話がよく出てきますよね。私は中長期的な解決策として低廉な労働力としての外国人労働者の受け入れを提唱していません。なぜならば、それは結局のところ賃金競争になるからです。

東アジアのなかで、中国、韓国、台湾、オーストラリアなどと、ベトナム、インドネシアの若者を取り合う競争になったとき、結局は賃金や待遇をどれだけ引き上げられるかの競争となる。日本はこの競争に勝てるのか、と。

【冨山】労働供給制約の問題は、チープレイバーを入れても解決しないと思います。たとえば、海外のアンスキルド(特別な技能を持たない)、アンエデュケーテッド(十分な教育を受けていない)なチープレイバーを“移民型”で入れてしまうとどうなるか。生産人口1人に対して、非生産人口の人が3人も4人もついてきてしまうんです。

【古屋】家族で来るんですよね。

【冨山】しかも日本語を話せないとなると、かなり難しくなります。生産性の向上に貢献するどころか、むしろ社会的には重荷になってしまう。教育コストはもちろん、その社会に住んでいる以上は社会保障の対象にもなってくるので、トータルで見るとお互いがアンハッピーになる。それがいま、ヨーロッパで起きているいろいろな問題の背景にあります。

【古屋】労働力として受け入れる、という話だけではない。

【冨山】人手不足だからといって、「外国人を低賃金で雇えばいい」という単純な話ではないんです。外国人労働者に定住型・永住型の労働力として入ってきてもらおうと思ったら、スキルドレイバー型にすべきなんです。アンスキルドな人材を入れてしまうと、結果的にチープレイバーに依存しないと経営できない企業・産業を残すことになってしまいます。生産性の低い産業は、はっきりいっていまの日本には必要ないんです。社会の持続性も危うくしますし、経済成長にも貢献しません。

【古屋】短期的な低廉な労働者受け入れが企業の生産性向上の足を引っ張る懸念もあります。

【冨山】そうです。だからこそ、チープレイバーに頼る政策を国が安易にとるべきではないんです。むしろ賃金や生産性の向上を後押しするのが、経済成長的にも社会の持続性という意味でも正しい。つまり、「ちゃんと正攻法でいきましょう」ということです。

■ノンデスクワーカーはAIで代替できない

【古屋】「労働供給制約」に直面したいまの日本に私が期待しているのは、賃金が上がることで設備投資に対する相対的コストが下がり、設備投資が進んでいく未来です。

【冨山】実際、徐々に活発になってきていますよね。

【古屋】直近の企業の設備投資額が過去最高となるなど動きは徐々に出ています。設備投資がうまく進めば、また生産性が上がって賃金を上げられます。この“好循環”を起こすチャンスだと思っているんです。

ただ一方で、最悪のシナリオもちらつき始めています。「設備投資をしたくても人手が足りない」という問題です。ラインを入れ替えたり、新しい機械を入れたりしてもそれを担える働き手がいないので、「設備投資を来年に先送りしよう」という設備投資の計画未達の問題が顕在化してきているんです。投資できる金額が膨らんでいるのに、計画にまったく到達できていない。

【冨山】もっとマクロな視点で見ると、日本の社会全体では、ホワイトカラーはじつは余っているんですよ。AI、特に生成AIがホワイトカラーの代替材になってきている。その傾向はこの後、ますます強まっていくはずです。

【古屋】そうですね、ChatGTPなども大きな話題になっています。ただ、私は生成AIでは医療や介護、建設現場、物流といった生活維持サービスの担い手をほとんど助けられないという点を懸念しています。

【冨山】そうです。建設系をはじめとするノンデスクワーカーは、じつはAIで代替できないんです。ロボットで簡単に代替できると思うかもしれませんが、よほど定型的なものにならない限り、ロボットではペイしない。人間ってやっぱり、器用でよくできた生き物なんです。

■生活維持サービスの生産性をどう上げるか

【冨山】最近、「リスキリング」の議論が盛んになされていますが、私は「ホワイトカラーからホワイトカラーへの転職はあきらめろ」と言っています。ホワイトカラーの半分から3分の2くらいの人は、ノンデスクワーカーのほうに移ったほうがいい。

20世紀以降、特に戦後、高度成長期以降の日本の高等教育は、漫然とホワイトカラーを量産するというしくみで成り立ってきましたが、これではもうダメなんです。

「ルイスの転換点」では、農業人口が激減してブルーカラーになりました。いまのホワイトカラーは、その延長線上にあります。ブルーカラーのかなりの割合がホワイトカラーになったのが情報化革命の進んだ20世紀後半ですが、今後はホワイトカラーが激減していくはずです。

これまでは、相対的にホワイトカラー、デスクワーカーのほうが生産性も賃金も高く、ブルーカラー、ノンデスクワーカーが生産性も賃金も低いという二重構造でした。しかし、これからこの構造は変わっていく。ノンデスクワーカーが足りないのだから、ノンデスクワーカーの生産性を上げることを真剣に考えないといけません。

【古屋】そうなんですよね。もうすでに問題が顕在化しているわけですから。

【冨山】面白いのは、大企業の人と議論をしていると、よく「営業や管理部門の中高年が余っている」という話になるんです。

【古屋】やはり、そういう議論になりますよね。私も東京ではよく聞く意見です。

【冨山】その年代になると、だいたい管理する側に回ってしまうから、余ってしまう。それで「人が余っているけど、どうしよう」という議論を延々としている。ところが、たとえばその会社が製造業なら、工場をつくろうと思っても現場で働く人がいないんです。それなら、40代、50代の管理職たちに、「もうポストがないから、申し訳ないけど工場に行って」と言わざるをえないんです。

【古屋】私も完全に同意見なのですが、ただやはり「ホワイトカラーであり続けたい」という心情的な問題もあるんじゃないでしょうか。

【冨山】それは確かにそうかもしれません。しかし、「ルイスの転換点」では、誇りを持って農業に従事していた人がみんなブルーカラーに移行した結果、賃金上昇が起きているじゃないですか。

【古屋】農業で働くよりも工場で働くほうが給料がよかった、という市場原理が働いているわけですよね。やはりまずは、それを起こす必要がありますね。

【冨山】ノンデスクワーカーの生産性と賃金を上げないと、そのシフトは起きませんから。

■医療・福祉の生産性を上げないと人材が流出する

【古屋】まさにそこがポイントだと思っています。日本の非製造業、たとえば医療や福祉の仕事は労働集約的で、ここ20年くらい生産性がほとんど上がっていません。その中で、医療・福祉への労働投入量がこの10年間で1.4倍になっている。

これは、日本にとっては大きなマイナス要因です。つまり、ただでさえ細っていく担い手を医療・福祉に続々と投入しないと維持できない。今後、85歳以上人口は倍近くになりますから、投入量はさらに増えていきます。

【冨山】それでも、頭数がぜんぜん足りない。

【古屋】そうです。もはや「ブラックホール」です。

【冨山】結局、テクノロジーもすべて駆使して、生産性を上げていくしかないんですよ。

【古屋】そうしないと、いずれは現役世代を全員、医療・福祉に投入しなければいけなくなる。

【冨山】いまのままだと、賃金も上げられませんからね。ところが、介護職員の給与の原資となる介護報酬は、国の財政でけっこう抑えられてしまっているんです。2024年度の賃上げも1%程度にすぎません。一方で、観光業とかは大幅に賃金が上がっている。

【古屋】上がっていますね。大手も中小企業も、上げられる会社さんが出てきています。

【冨山】介護の現場というのは、実質的には対面サービス業なんです。介護職でちゃんと機能する人は、ホテルなどでも通用するんですよ。言葉があまり通じない顧客とのコミュニケーションも上手にとれて、あれだけの重労働をこなしているわけなので。

介護の現場で頼られるような優秀な人材は、観光業からしたら喉から手が出るほど欲しい。当人たちにとっても、いまよりきつくない仕事で、いまより賃金がよければ、そちらに移ってしまうでしょう。

【古屋】このままだと、人材が流出してしまいますよね。

【冨山】足りない労働力を補うために、どんどん取られていきますよ。

【古屋】じつはいまもう、それが起き始めているんですよ。介護施設の理事長さんなどに話を聞くと、地域内でも賃金が変わり始めた、と。賃金を上げる会社が出てきて、介護福祉士の資格を持っていた若者がそっちに転職してしまうそうです。

【冨山】運転手だって同じです。物流・運送業界では今年の4月から労働供給量がものすごく減ってしまいます。当然、給与水準は上がっていくでしょう。そうしたら、同じ運転手稼業の中で奪い合いが始まりますよ。

【古屋】時間外労働時間の上限規制に起因する、いわゆる「2024年問題」ですね。

若い男性介護者に助けられて車椅子から車に乗り込む老人
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

■地方から「日本の未来」が見える

【古屋】冨山さんは地方のバス会社をたばねるグループ企業の経営も行っていらっしゃいます。労働供給制約を見越して、先行して賃金を上げたりしたのでしょうか。

【冨山】うちは東北地方の会社が多いのですが、東北地方はずいぶん前から人手不足で、人材確保のために賃金を上げています。そういう意味では、東北地方は他の地域よりも早く人口が減り、いま日本が直面している転換点を10年近く前に迎えています。

まず若い人がいなくなることで社会減(転入よりも転出する人口が多いこと)が起き、その後に出生数が減って自然減(生まれた子どもの数が亡くなる人の数を下回ること)が起きた。だから、人口ピラミッドがすごい逆三角形になっているんです。そう考えると、「日本の将来像」はじつは東北なんですよ。

【古屋】間違いないですね。

【冨山】そういう状況になっているので、生産性を上げて、できるだけ処遇・待遇をよくしていかないとダメなんです。マーケットシェアは運転手の数で決まります。「需要」ではなくて「供給力」で競争力が決まってしまうんですよ。

古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)
古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)

【古屋】そうなんです。でも、少し前までは逆だったわけですよね。「需要が足りない」と言っていた。変わってしまったんですよね。労働供給制約はいまや、地域や業種に関係なく日本全体で起きています。

【冨山】日本はこれまでの約30年間、デフレのもとで需要制約を続けてきてしまっている。30年というと1世代です。みんなもう、頭のてっぺんから足のつま先まで「需要が足りない」というデフレ思考が染み付いていて、人が余っているから低賃金・長時間労働で低価格競争をする癖がついてしまっている。そこから全部が丸々ひっくり返ってしまうわけですから、この転換は相当大変ですよ。

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冨山 和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤(IGPI)グループ会長
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年12月より現職。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニック社外取締役。

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古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。

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(経営共創基盤(IGPI)グループ会長 冨山 和彦、リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)

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