牛角、安楽亭に代わって急浮上…「焼肉きんぐ」「焼肉ライク」ターゲットが"正反対"の2者の意外な共通点
プレジデントオンライン / 2024年3月26日 11時15分
焼肉チェーン「焼肉きんぐ」の業績が好調である。同社を運営する物語コーポレーションの2023年度7〜12月売上高は前年の同期間比で17.7%増の520億円。営業利益は同42億円となった。
物語コーポレーションは「焼肉きんぐ」以外にもいくつかのチェーンレストランを経営しているが、売り上げの半分は「焼肉きんぐ」で、同店の好調ぶりがうかがえる。
店舗の拡大も好調だ。2023年7月には300店舗を達成。日本ソフトの調べによれば、2022〜23年での店舗数の伸び率は6.99%である。焼肉チェーン店舗数ランキング1位の「牛角」、3位の「七輪焼肉安安」、4位の「安楽亭」の伸び率がいずれもマイナスであることを踏まえると、その好調ぶりがよくわかるだろう。
こうした「焼肉きんぐ」快進撃の理由は、すでに多くの論者が語っているところである。
例えば、それまでの焼肉店で強く注力されていたわけではない「食べ放題」需要に特化したことや、店内をめぐって肉の焼き加減についてアドバイスをする「焼肉ポリス」の存在など、同社が行うユニークな取り組み、戦略が功を奏してきたという。
ここでは、焼肉きんぐ好調の理由について、「立地」の観点から考察したい。そして、そこから見えてきた知見をもとに「これから来る焼肉チェーンの条件」についても考察してみたい。
■郊外立地に特化した「焼肉きんぐ」
チェーンストアの立地を調べることができる「ロケスマ」で「焼肉きんぐ」を調べると、興味深い特徴がわかる。
東京23区にはほとんど出店していないということだ。ちょうど、23区の部分が空白になっている。公式ホームページで調べると、23区には7店舗しかない。しかも、その大部分が、どちらかといえば郊外よりの場所、例えば練馬区や足立区、江戸川区である。関東近郊圏でいえば、埼玉や神奈川、千葉での出店のほうが多い。
すでに指摘されているように、「焼肉きんぐ」は郊外出店を中心にその店舗数を増やしてきた。実際、同社が展開する「食べ放題」を「テーブルオーダー」(タッチパネルで注文すると、料理をスタッフがテーブルまで運ぶ)でできる特徴は、ファミリー層にとってはありがたいものだ。特に食べ盛りの子どもがいる場合、会計の値段が読めない場合もあるから、最初から会計の金額がわかる食べ放題のシステムが重宝されることもある。また、テーブルで全てのオーダーが解決するとなれば小さい子どもから目を離さなくても済むし、高齢者にとっても、一度座れば移動する必要がないのは助かる限りだ。
焼肉きんぐは、メニューの面でもファミリー層にぴったりである。例えば子ども向けメニューの充実。お子様カレーやスティック唐揚げ、フライドポテトなど、子どもが好きなメニューが多種多様に揃っている。他の焼肉チェーンに比べると、どちらかといえば「ファミレス」的な色合いが強いメニューが揃っているのも、その特徴だ。その意味では、やはり郊外という立地でファミリー層に訴求をかける方法がうまく機能しているといえるだろう。
■「牛角」「安楽亭」はまんべんない立地で特徴がない?
こうした傾向は、他の焼肉チェーンを見ると顕著だ。
例えば、焼肉きんぐに比べて伸び悩んでいる「牛角」「安楽亭」は、それぞれ立地を見ると、郊外のロードサイドと、都心の駅前、両方にまたがる形で日本全国に満遍なく出店していることがわかる。
焼肉きんぐに比べると、早い時期から全国にチェーン展開をしていたこれらの焼肉屋は、それまでの個人経営の焼肉屋とは異なり、手頃な値段で全国どこでも一定以上のクオリティの焼肉を食べられることが一つの売りだった。
しかし、こうした焼肉チェーンの存在がスタンダードになった現在、全国にまんべんない出店があることはむしろ、ターゲティング自体がぼやけて総花的になり、特徴のない店舗になってしまうことを意味しているのではないだろうか。簡単に言えば、消費者がわざわざ行こう、と思う力が相対的に低くなってしまっているのではないか。
安楽亭について、同店は「安心安全」を売りにしているが、コロナ禍以後、安心安全に食べられることは当たり前のことになっていて、それ以外に大きな特徴があまりない安楽亭には人が集まりにくいのではないかと指摘している識者もいる(不破聡氏)。
いずれにしても、さまざまなところにあるという立地は、そのターゲットが広すぎるということを表しており、それゆえに往時のような勢いがなくなってしまったことが指摘できるのかもしれない。
ターゲットを絞る戦略は、特に焼肉店の場合は有効に働く。焼肉は、ハレの日の食事であり、それだけに顧客にとっては、その分、店にかける期待度が高い食事だからだ。わざわざ行くなら、十分に満足できる店に行きたい、そう思うのが顧客の心理だ。したがって、ターゲットを絞り、よりそれぞれの顧客に刺さる店が強いといえるだろう。
■都心立地でシングル向けの「焼肉ライク」
ターゲットを絞って成功している焼肉店は、焼肉きんぐ以外にもある。
例えば、焼肉ライク。一人焼肉という言葉を一般的にした立役者である。焼肉ライクも堅調に成長を続けており、特に22年から23年への出店増加率は13.25%と非常に高い。
前出のロケスマで焼肉ライクの立地を見てみると、そのほとんどが都心の駅前立地であることがわかる。焼肉きんぐと正反対なのだ。
こうした立地は郊外に家を構えるファミリー層ではなく、都心に近いところに住むシングル層や都心に通勤するサラリーマンの「おひとりさま」需要を狙っている。メニューもシングル向けのものになっており、特に焼肉のサブスクともいえる「焼肉フィットネス」というサービスは、ジムに通うトレーナーに向けたサービス。月定額で、筋トレに向いた焼肉メニューが食べ放題になる。サラリーマンの少なくない数が筋トレを趣味にしている現代、一人で毎日通う客もいるほどの人気を博し、2022年のヒット商品番付にも名を連ねた。
焼肉きんぐと焼肉ライクは、出店立地とターゲットを明確に絞ることで、焼肉が普通に食べられるようになった時代以後の焼肉チェーン業界を強力に牽引しているといえるだろう。
■特徴的な焼肉チェーンの登場も
ターゲットを絞る戦略で勢いを付けつつある後続の焼肉チェーンも注目だ。
先ほどの日本ソフトが発表しているランキングを見ると、出店増加率が高いチェーンとして、「ときわ亭」(21.11%)、そして「ふたご」(3.95%)がある(ちなみに「熟成焼肉いちばん」の出店増加率は30.30%と非常に高いが、これは元々あった「牛庵」を同店に変えているので、今回の考察からは除外した)。まだまだ全国出店数は少なく、その成長予想はできないが、それぞれに興味深い特徴がある。
例えば、「ときわ亭」。ここはホルモン焼肉を売りにしているが、もう一つの名物が「0秒レモンサワー」だ。各テーブルにレモンサワーが出てくる蛇口が付いていて、0秒を売りにしている通り、着席した瞬間からレモンサワーが飲めるという趣向だ。宮城県が発祥のチェーンで、フランチャイズを拡大しながら出店を伸ばしている。
出店場所を見ると、焼肉ライクと似ていて都心を中心にした出店をしており、アルコールを飲む層に特化した戦略を取っていることがわかる。電車を使って帰ることのできる場所に積極的に出店しているということだ。
また、「ふたご」も面白い。ここは、「厳選和牛を量半分・値段半分」で売ることを売りの一つにしており、シングル層や、少人数利用にターゲットを絞っている。焼肉ライク的な路線で勝負しているのだが、焼肉ライクと比べると、より高品質でちょっとした贅沢を楽しめるようにしている。この出店立地も、都心型であり、対象とする層がはっきりとわかるわけだ。
■カテゴリーキラーのカテゴリーキラーが覇権をにぎる時代へ?
前出・不破聡氏が指摘するように、焼肉業界は「レッドオーシャン」である。レッドオーシャンが進むと何が起こるかといえば、業界の細分化が進む。焼肉が普通に食べられることは当たり前のことになり、それより先の、より顧客の満足度を高めることのできる店が増えてくる。そうした戦略が立地に表れる。
もともと、ファミレスに対抗するべく焼き肉に特化した「カテゴリーキラー」として牛角や安楽亭は登場してきた。しかし、そのターゲティングさえも広すぎるようになり、現在の状況はいわば、「カテゴリーキラーのカテゴリーキラー」が登場してきているといったところだ。
もしかすると、このような、「カテゴリーキラーのカテゴリーキラー」が覇権を握る構図は、今後、焼肉業界以外の様々な分野でも起きていくのかもしれない。
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ライター
1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。
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(ライター 谷頭 和希)
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