日本人アスリートとは全然違う…「いい日もあれば悪い日もある」世界王者の敗北の言葉が心に沁みるワケ
プレジデントオンライン / 2024年4月3日 11時15分
■アスリートたちの“敗者の言葉”世界王者は負けてもなぜ笑顔なのか
勝負の世界は“勝者”と“敗者”が存在する。スポーツ現場を取材する立場としては、勝者に話を聞くときは、コチラもワクワクした気持ちになる。反対に敗者の取材は非常に難しい。一番悔しいのはアスリート本人であり、その気持ちがよく理解できるからだ。
誰も心に余裕がないときにその人物の“本性”が出るもの。3月上旬に開催された東京マラソン2024で惜しくも敗れ去ったアスリートたちの含蓄ある言葉を振り返ってみたい。
■東京マラソンで日本人トップ選手は涙した
男子は西山雄介(トヨタ自動車)が日本歴代9位の2時間06分31秒で日本人トップ(9位)に輝くも、ゴール後は両手で顔を覆った。MGCファイナルチャレンジ設定記録(2時間05分50秒)に41秒及ばずに、パリ五輪代表を逃したからだ。
「オリンピックを決めるつもりで来たので、その一心で最後まで走りました。今までで一番いい状態でスタートラインに立ちましたが、結果的には全然足りなかったので、『悔しい』の一言です。自分の取り組みがダメだったと思いますし、弱さを感じましたね……」
前半はペースメーカーが設定より少し遅くなり、転倒というアクシデントもあったが、西山は自身の“実力不足”を強調。「悔しい」という言葉を何度も口にした。
女子は新谷仁美(積水化学)が日本記録(2時間18分59秒)の更新を目指していた。しかし、前半はイメージ通りのタイムで進まない。中間点からペースアップしたが、そのダメージで終盤失速。2時間21分50秒の6位に終わった。
レース後の記者会見では、「単純に結果が出なかったということで、それ以上でも、それ以下でもありません。本当にただただ力不足だったなと思います」と述べると、「サポートしてくれる方々に目に見えるもので恩返ししたい。マラソンの日本記録はかたちとして残るんじゃないかと思うし、私もそこにこだわりを持ち続けているので、今後も可能性があるなら狙いたい」と話すときには声を詰まらせた。
西山と新谷は日本人トップに輝いたが、それぞれのターゲットに届かずに涙を流した。ふたりとも特に言い訳することはなく、日本人選手の“敗者の言葉”は謙虚で慎ましい印象だ。
■世界王者はレースを笑顔で振り返った
東京マラソン2024には世界中に名前をとどろかせている陸上界の超スーパースターが出場した。男子マラソンで五輪を連覇中で、同世界記録を2度も塗り替えたエリウド・キプチョゲ(ケニア)。それから昨年のシカゴで女子マラソン世界歴代2位の2時間13分44秒を叩き出したシファン・ハッサン(オランダ)だ。
キプチョゲは19km過ぎにトップ集団から脱落。2時間06分50秒の10位に終わると、以下のコメントを残した。
「スポーツはいい日もあれば悪い日もある。今日は残念ながら悪い日でした。私たちは今日の教訓を明日への糧としていくまでです」
今年の東京前までのマラソン戦績は19戦16勝。2019年の非公認レースで人類初の2時間切り(1時間59分40秒)を果たしているキプチョゲにとって、今回は“惨敗”ともいうべき結果だろう。
それでもレース後に涙はなく、コメントにも悲愴感がまったくなかったのに驚いた。悔しさを押し殺した可能性もあるが、「スポーツはいい日もあれば悪い日もある」という第一声にその心情は感じられなかった。
一方のハッサンも25km過ぎにトップ集団から大きく遅れ始めて、2時間18分05秒の4位とファンの期待に応えることはできなかった。
ふたりは東京マラソン2024の翌日にナイキのイベントに登壇した。どんな顔を見せるのかと思っていたが、意外と晴れやかだった。さらに彼らが改めて語った“敗者の言葉”は新鮮に感じられた。
キプチョゲは昨年4月のボストンで6位に沈むも、38歳で迎えた昨年9月のベルリンを2時間02分42秒で完勝。今回の東京はマラソンで過去ワーストといえる結果に終わったが、「結果はうまくいきませんでしたけど、毎日、クリスマスが来るわけではありません。マラソンで大事なのは、自分ができるランニングを一貫して続けることです」と勝敗に一喜一憂しない美学を披露した。
勝ち続けてきた男だが、「負ける」ことを受け入れる準備をいつもしているようだった。さらに哲学者のような表情でこんなことを語っていた。
「私たちは機械ではありません。アラームが鳴っても完璧に起きられるわけでもないですし、100%のトレーニングをしても思った通りの結果にならないこともあります。でも、それこそスポーツです。今日悪くても明日は良くなるかもしれません。明日のプランを考えて、毎日動き続ける。それが大事だと思います」
39歳のキプチョゲは今夏、五輪の3連覇を目指している。おそらく東京での敗北が、彼をさらに強くするだろう。
「マラソンは人生を理解する方法です。若い人はランニングをしてほしい。問題が起こっても、走れば答えが出てきますから」という言葉も素敵だった。
■人生は完璧ではない
ハッサンは“トラックの女王”と呼ばれるくらい世界大会で快走を連発してきた。2017年のドーハ世界選手権で1500mと10000mを制すと、2021年の東京五輪は5000mと10000mで金メダルに輝いている。
昨年のブダペスト世界選手権は3種目に出場。5000mで銀メダル、1500mで銅メダルを獲得したが、トップをひた走っていた10000mはゴール直前に転倒して11位に終わった。レース後、笑顔で他の選手とハグすると、メダルを逃したハッサンはこんな強烈な言葉を残している。
「人生は完璧ではないんです。常に山あり谷あり。それが人生を美しくするんです」
ハッサンの人生は“起伏”に富んでいる。エチオピア出身の彼女は2008年に難民としてオランダに到着。看護師の勉強をしながら走り続けて、数々のタイトルをつかんできた。栄光と同じくらい多くの苦労を経験してきたことだろう。
東京マラソン2024についても、「結果的には最高ではなかったですけど、本当にたくさんの方がクレイジーなくらい応援してくれました。五輪での良い思い出もありますし、東京に戻ってこられてうれしいです。走っていても、すごくハッピーでした。特に最後の8kmは本当に楽しんで走ることができました」と笑顔でレースを振り返った。
現在31歳のハッサンは“負け”を認める強さを持っているが、若い頃は違ったという。
「昔はうまく走れないときに泣いたり、機嫌が悪くなることもありました。でも大人になるにつれて、うまくいかない日があることを知ったんです。そこから何を学べるのか。明日は明日の風が吹く。次があるからこそ、前を向いていこうと思っています。そういうマインドがすごく大事ですね」
世界中にファンがいるハッサンはSNSでも注目を浴びる存在だ。しかし、彼女は次に進むために、SNSが不要なときもあると考えているようだ。
「若い人たちはSNSをものすごく使っていますが、それを一度置いて、外に走りにいきましょう。きれいな空気を吸って、ストレスを発散して、自宅に戻ってくる。それが気分転換には大事だと思います。スマホは便利なモノではあるんですけど、自分の人生を全うしてほしい。SNSはゴミみたいなものですよ(笑)」
困難の後には必ず良いことがある、と信じているハッサン。暗闇の先に灯る“明かり”を目指して、前に進んでいるようだ。
真の勝者だから知っている敗北の意味。日本人は真面目で頑張りすぎなのかもしれない。負けることも人生なのだから。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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