5万人の命を託された二式飛行艇「晴空」 元機長で海軍少尉・堤四郎が綴った最後の救出劇 ミリタリー誌「丸」6月号
産経ニュース / 2024年5月2日 10時0分
日本は飛行艇王国である。飛行艇は空を飛ぶ飛行機でありながら船のように海面に浮かぶこともできる、いいとこ取りの乗り物です。日本海軍は4発の大型機である九七式、二式の両大型飛行艇が、航続力などで世界のトップに立ちました。戦後もPS-1、US-2という高性能飛行艇を海上自衛隊が運用しています。どちらも川西航空機/新明和工業という同一メーカーが開発しました。ミリタリー誌「丸」6月号の「二式飛行艇」特集から、昭和20年4月、ブーゲンビル島(パプアニューギニア/ソロモン諸島)の残留将兵を救うため、追浜基地(横須賀)から医薬品を空輸した元二式飛行艇機長・堤四郎氏が昭和39年に寄稿した手記を紹介します。二式飛行艇の航続力を活かして敵制空権下を飛ぶ、決死の冒険飛行です。
◆ ◆ ◆
ブーゲンビルをめざすただ一機
シンガポールからの任務を終えたわれわれは、2日間ばかり休養した午後、飛行隊長の陣内大尉からの呼出しをうけた。さっそく、大尉の私室にいくと、思いもかけぬ相談をうけた。というのは、ブーゲンビル島に残留の陸海軍部隊5万人の救出として、医薬品とくに、マラリヤの特効薬キニーネと、連絡が途絶えた味方への起死回生の暗号書の輸送であった。また、今後の作戦にぜひとも必要な航空機搭乗員と、戦況報告のための指揮者の内地送還であった。
さっそく河野飛行兵曹長とともに慎重な作戦を練ってみた。コースとしては何回も往復しており、心配はなかったが、その後の戦況によって、全航程ともほとんど敵の制空権にある現在、どう考えても生きて還ることは望めない決死行である。
このため私の機に他機より、とくに優秀と認める操、偵、電、整各部に1名ずつを一時編入させた。操縦に鈴木上飛曹、偵察に南本上飛曹、電信に浜野上飛曹、整備に奥村上整曹らである。また私の機の搭乗員中にも、残留を希望する者があるのではないかと1人1人を呼び、内密にその意向を聞いたところ、全員ともに祖国のために殉ずる覚悟はかたく、ただ1人の残留者もなかったことは、さすがであった。
その間にも計画決行の満月の日は近づいてくる。ついに司令長官、航空隊参謀長からの呼び出しがあり「この計画が実行できうるかどうか。できるとすれば君たちの『晴空』で、ぜひとも成功させてくれ」との、長官の言葉であった。参謀長からも、ぜひ頼むといわれた。この大任を果たすために、ぜひとも“決死”の2字をつけてくれと願ってみたが、かならず帰還しなければならない任務のため決死隊とはできないといわれた。
われわれにしてみれば、大きな図体の飛行艇がたった1機で、しかも敵地を奥深く侵入するだけでもムリなのに、かならず帰還するのであるから、任務を遂行できうるか日夜、悩んだ。
ついに任務の名も緊急推進輸送隊と決まり、二式大艇「晴空」1機をもって行動することになった。
敵哨戒機を空中でやり過ごす
昭和20年4月25日午後4時半、指揮所前に整列し、長官の挨拶をうけ、参謀長の訓示が終わった。私は搭乗員一同にいつものとおり敵情、天候、目的地を伝えて出発を令した。
エンジンも快調に「晴空」は、静かに滑走路を降り、夕陽の東京港に33トンの巨体を運んでいった。
午後5時30分にいま一度、各部署の点検を確認して、離水の命令を出す。エンジンは狂えるごとくうなりをあげ、波沫をあげて巨体は飛び上がった。ゆっくり旋回しながら観音崎灯台上空より洲崎灯台に進路をとる。
敵機の捕捉をおそれて、無線を封止し、灯火管制しながら、愛機は重荷にあえぎながらも飛びつづけた。夕日はすでに西にしずみ、艇内は夜光塗料の計器のみが忠実に作動をつづける。
ようやく月も出て、雲も切れ間が現われてきた。私はオートパイロットにきりかえ、各員に適当に休憩をとることを令した。夜食をとる。途中なんの障害もなく飛びつづけた。ウラカス島北方100浬の地点に敵艦船1隻を発見したが、私は任務を考え、打電を思いとどまる。そのときウラカス島とアナタハン島の中間あたりで突然、前方左30度に敵機らしい光を発見した。双眼鏡で見ると、強烈な光をはなちながら、わが艇に向かってくるようすだった。
私はときを移さず、各部署に戦闘の配置を命じ、高度を下げ、速力を増加しながら進路を東に向けた。しかし敵機はわが艇には気づかず北上していった。
午前3時半にトラック島北方水道に出ると、着水場も狭く、時間も早いので一応、夏島水上基地に着水する予定で基地に知らせ、夜明けまで敵機を避けながらロソップ島付近に待機した。
半年ぶりの味方機に将兵ら狂喜
午前4時、薄明るく朝がやってくる。夏島に引返して見張所の信号旗を見る。敵の攻撃もない様子なので、高度を下げ、着水態勢に入り、着水する。ただちに燃料補給のため、搭乗員は連絡艇で上陸した。
燃料補給と整備点検をいそぎ、午後5時40分、田村大佐の激励をうけながら離水し、一路ブインに向かった。
当日の天候はすこぶるよく、艇を雲上において、いかなるときにも雲間を利用し、できるかぎり退避態勢をとりながら飛びつづけた。心は目的地・ブーゲンビルの5万の陸海軍将兵が待つ南海のソロモン諸島に一刻も早く、この医薬品と暗号書をとどけることでいっぱいだった。その責任の一端を果たすべく、南十字星を見ながら飛翔すること3時間半、とつぜん敵艦を発見する。
ただちに戦闘配置を命令し、私は双眼鏡をにぎりしめて敵船影を追うが、幸いにもそれは錯覚であった。全員がホッとした。これは点々と浮かぶサンゴ礁を上空から見ると、あたかも艦船と見まちがえられることはよくある。
私はこのサンゴ礁により、ブーゲンビルに近づいたことを知る。そのまま進路を進むと、強烈なスコールが襲ってきた。その寸前、私はたしかにブーゲンビル島の突端の山岳を発見した。「左旋回」私は大きく叫んでスコールをさけながら、高度を海面すれすれに下げた。
全員に戦闘配置につかせ、目的地ブイン近くの敵戦闘機の攻撃に備えた。また確認のため北上せんとしたそのとき、沿岸近くと海上に敵の魚雷艇らしき3隻を発見した。敵船も本機を発見したらしく、右往左往ジクザク運動をする。戦闘を避けて上昇し、東方沿岸を大きく迂回しながら、海峡に入った。
すでに敵は捕捉していることは当然と思わなければならない。スコールの通過したあとの静かなブインの海上に出た。飛行場の一点が見えてきた。ゆるやかに旋回していると、信号を送ってきた。
「着水」の命令で、飛行場上空より100度付近に夜間着水の姿勢に入った。その間、ずいぶん長い時間に感じられながらも艇は、スムーズに着水ができた。
そのときボートが近づいてきた。
私はエンジンを停めて、偵察員を残して全員を翼上に出した。ボートの中ではなにか大きな声で叫んでいる。まるで狂ったように叫んでいた。半年ぶりの味方の飛行艇を見て、どんなにか将兵を力づけ、喜ばせたかと思うと、私の胸の中がいっぱいになってきた。
万感胸に迫る思いを振り切り離水
キニーネの運搬は、思ったより早く基地員の努力によって順調に進み、運搬にきた兵士たちはわれわれの手をしっかりと握り、「ありがとう」の連続だった。また運ぶ途中で、袋からこぼれ落ちたキニーネを、きれいになめつくした兵士たちを見て、ブインの将兵にとって食糧以上にキニーネを必要としていたのがわかった。
われわれが着水する数分まえに猛烈な敵の攻撃をうけたとかで、心の落着くひまがない。島の指揮官からは上陸されたしの返信をうけたが、全員は整備に追われているし、いつ敵に攻撃されるかも知れない時に、指揮者として艇を離れるべきかどうか判断しかねた。しかし第八艦隊司令長官鮫島中将からの再三の招きをうけたので、私は迎えのボートに乗り移った。
惨たるヤシの葉の兵舎には、それでも2列にテーブルが列び、その中央に丸テーブルが置かれ、なにか白布がかけられていた。鮫島中将は病気のため、出席されなかったが、副官が伝言を伝えられた。
丸テーブルの白布をとると、そこには目をみはるようなデコレーションケーキがおいてあった。そのうえには「ありがとう」と、文字まで入っていた。副官の説明によると、われわれのために主計長自から腕をふるってヤシや、バナナなどで作ったとかで、総員が起立し、ヤシ酒がつがれ、主計長の音頭でわれわれに感謝がのべられた。
私も許されるかぎり何回でも飛んでくることを誓って、内地帰還の準備をいそいだ。
出発の用意もととのえ、万感の思いを残しながらも艇はブイをはなれ、洋上暖機に移った。ところが左外側エンジンが不調のため、いそいで整備をしたが午前3時になり、いま離水しなければ夜明けとなって敵機の襲撃は絶対にさけられない。整備完了の合図で離水したときは夜がほのぼのと明けそめてきたときであった。
トラック島ではB-24とP-38編隊の波状攻撃を何回もうけて、そのたびに空中退避をしなければならなかった。
トラック島を飛び立ったわれわれは、天候に恵まれ、順調に飛びつづけた。内地に近づくにつれ、はるか小さく秀峯・富士山を見たとき、私は同乗の鮫島中将に富士山が見えると伝えた。窓をのぞきこむ将軍の眼に一滴の涙を見た。
私は、このとき蔭のような任務の中に、大きな喜びを感じた。
※「丸」1964(昭和39)年4月号を改訂のうえ再録
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