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【宇宙医療コラム】宇宙での医療用画像機器について

sorae.jp / 2021年3月9日 17時0分

こんにちは、外科医の後藤です。

外傷や急性疾患を発症したとき、身体所見から診断を行うことは医療の基本ですが、もちろん実際に身体の中で何が起こっているかを見ることはできません。

地上ではCT・MRIなど高解像度の大型画像機器によって、身体内部の病変を大部分描出することが可能となっていますが、宇宙で使用できる画像機器は大きさも種類も非常に限られています。

宇宙での医療に現在最も役に立つ画像機器は何か、また今後どのような画像機器が宇宙で求められるのか。

今日はそれについて考えてみます。

宇宙で最も有用な画像機器、超音波

宇宙での医療用画像機器は、スペースや運搬上の事情から現状では「小型・ポータブル」であることが求められます。

現在、国際宇宙ステーションで唯一かつ最も有用な画像機器は、超音波=エコー(Ultrasound: US)です。

エコーは、プローベと呼ばれる部分を身体に当てることで、高周波数の音波が体内を伝わっていき、体表から見えない体内のいろいろな構造物を映し出すことができます。

プローベ(左図)を身体に当てると高周波の音波が体内を伝わり、体内の構造物を描出することができる(Credit: ABLab)

プローベ(左図)を身体に当てると高周波の音波が体内を伝わり、体内の構造物を描出することができる(Credit: ABLab)

エコーの優れている点は、身体に一切の侵襲(生体を傷つける)を与えないこと、リアルタイムに体内の構造物を映し出せることです。

そして、手のひらで持ち運びができる「小型・ポータブル」性によって、宇宙で最も有用な機器としての地位を確立しており、国際宇宙ステーションでの治療のほぼすべてのアルゴリズムにエコーでの評価が入っています。

エコーは診断のみではなく、医療者や十分な訓練を受けたクルーであれば、中心静脈カテーテル挿入や胸腔・心嚢穿刺(肺や心臓周囲に血液などがたまり呼吸や循環に悪影響がでるときに、針を刺して液体を抜く手技)など、宇宙での治療に利用することも可能であると考えられます。

中心静脈カテーテルの挿入(左図)や、心臓周囲に貯留した液体(右図の水色部分)の穿刺吸引をエコーを利用することで安全に行える 出展:慶応義塾大学病院 KOPMAS

中心静脈カテーテルの挿入(左図)や、心臓周囲に貯留した液体(右図の水色部分)の穿刺吸引をエコーを利用することで安全に行える 出展:慶応義塾大学病院 KOPMAS

一方エコーの弱点は、CTやMRIなどと比べて解像度で劣ることや、脂肪が厚い患者の場合には描出が大きく低下することが挙げられます。

また、画像の適切な描出や解釈には経験を要するため、体内の状況を画面に映すことができても専門の知識がなければ、その意義を判断できないということが起こります。

そして、頭蓋骨に囲まれた臓器である脳そのものを見ることはほとんどできません。

今後の火星や月面などの長期有人探査ミッションでは、ISSでは起こり得ない重力環境下での外傷や、ミッションが長期にわたることで起こり得る疾患の画像診断において、これらの問題点を克服する必要があります。

たとえば、患者の臨床状況に応じてプローベを当てる部分を表示するような仕組みや、その画像を自動解析して治療方法を図示するような機能が求められるのではないでしょうか。

医療資源が十分でない環境での有人宇宙探査で求められる超音波の最も重要な役割は、急性の重症疾患や外傷時に求められる救急エコーであると考えられます。

救急エコーは的を絞った限定的なエコーで、次のような生命にかかわる特定の疾患を迅速に診断するためのものです。

腹部大動脈瘤破裂 胸部外傷による緊張性気胸・心嚢液貯留(心タンポナーデ) 腹部外傷による腹腔内出血(focused assessment with sonography in trauma:FAST) 地上でも宇宙でも、外傷時のエコーで最も有用となるのが、心嚢・胸腔・腹腔内出血を調べるためのFASTとされている 出典:Medicine Emergency medicine clinics of North America, 2010

地上でも宇宙でも、外傷時のエコーで最も有用となるのが、心嚢・胸腔・腹腔内出血を調べるためのFASTとされている 出典:Medicine Emergency medicine clinics of North America, 2010

救急エコーの重要な原則は、これらの疾患が存在するかについて「Yes/No」の2択になるということです。

たとえば、「この患者は腹部大動脈瘤破裂であるか?」「腹腔内出血はあるか?」という問いには答えがでますが、

「この患者の腹痛の原因は何か?」という問題には答えられません。

また、もし出血していることがわかっても、どこから出血しているかはエコーでは分からないのです。

エコーは外傷治療に大変有用なものですが、これらの限界があることを頭に入れておく必要があります。

地上の医療では外傷に対して通常、脱臼や骨折の診断にX線(レントゲン)が使われますが、部位によってはエコーの方が優れているとされています(肩関節脱臼や胸骨・肋骨骨折など)。

僻地など同じく医療資源が限られる宇宙環境においては、エコーは脱臼や骨折の診断にも役立つと考えられます。

エコーに関する宇宙での医学研究報告

エコーによる宇宙での医学研究報告として、2020年1月にNEJM(New England Journal of Medicine)に「宇宙飛行中に発症した巨大な内頚静脈血栓」の症例が報告されました。

内頚静脈とは、頭頚部の静脈を集めて心臓に還る頚の血管ですが、この報告によると11人のISSクルーに経静脈エコー検査を実施したところ、静脈の平均断面積や平均静脈圧は地上にいた時よりも大きく増大しており、11人中6人では静脈の血液うっ滞・逆流を認めていました。

さらに1人には、飛行50日目のエコーで巨大な左内頚静脈血栓が発見されたため、このクルーは抗凝固薬の点滴と内服を地上帰還4日前まで続け、帰還後のエコー検査では血栓消失が確認されていました。

地上で健常者にこれほど大きな内頚静脈血栓ができることは極めてまれで、原因については研究段階のようですが、「患者であるクルーに宇宙でエコーを遠隔で実施し、治療まで行って良好な結果を得た初の症例」として非常に意義ある報告とされています。

その他、パラボリックフライトの微小重力環境でブタの腹腔内液体貯留をエコーで穿刺吸引したという研究や、ISSクルーが地上からのガイド下に眼外傷の検査や外傷性腹腔内液体貯留検査(FAST)を行い、良好な結果を得たとの報告もあります。

 

また、宇宙滞在中に視神経乳頭浮腫が生じ視力に影響が出るSANS(Spaceflight-Associated Neuro-Ocular Syndrome)が知られていますが、この原因として有力視される頭蓋内圧(頭蓋骨内部の圧力=脳脊髄液圧)の上昇を宇宙で測定・管理することが求められています。

現在、頭蓋内圧は腰椎穿刺といい腰から脊髄腔内に針を刺して計測する方法が一般的で、遠隔ガイド下でのエコーを利用した腰椎穿刺によって、未経験者でも9割近い成功率を達成したとの研究報告があります。

しかし腰椎穿刺は侵襲的な手技でもあるため、経頭蓋ドップラーというエコーを利用して脳血流波形を測定し、頭蓋内圧を数式で求めるなど非侵襲的な方法が研究されています。

地上であれば遠隔医療でのエコーはすでに十分機能しており、NASAは宇宙でも経験の少ないクルーに地上の専門家が指示しながらエコーを使用する遠隔医療の技術を開発してきているとのことです。

今後宇宙で求められる、医療用画像機器とは

現在宇宙で最も有用性の高いエコーですが、その解像度と判断できる病態には限界があることをお話しました。

これに対して、身体内部にカメラを投入する内視鏡では直視下に病態を視認することが可能なため、画像の明瞭さは圧倒的です。

出血性胃潰瘍、腹腔内臓器損傷など生命にかかわる病態の診断・治療に用いることができ、特に消化器分野で内視鏡の用途は高いと思われます。

また、エコーが苦手とする脳においても、頭蓋骨に1個の孔をあけることで頭蓋内出血などの診断を超音波で行うことができれば、治療としてその孔を利用した内視鏡での血腫除去術を行える可能性はあると考えられます。

地上でもすでに多くの手術で低侵襲化が進んでおり、かなりの割合で内視鏡が使用されるようになってきています。

 

また、微小重力環境では、大きな創(きず)で開腹手術を行うと創部から腸管が脱出したり、体液や血液が飛散することが外科治療の問題点として指摘されています。

さらに、創が大きければ清潔な体内にコンタミネーション(異物混入)による感染が起こりやすいことが明らかであり、手術時の感染予防にも侵襲は小さいほどよいと考えられます。

これらのことから、超音波の次に宇宙で求められる画像機器は、全身に対して利用できるように改良された小型内視鏡ではないでしょうか。

内視鏡の参考画像(Credit: ABLab)

内視鏡の参考画像(Credit: ABLab)

現在の内視鏡では、例えば消化管では口や肛門などの入り口から目的の場所まで誘導に技術を要すること、手のひらに収まるエコーと比較するとやはり大型となってしまう点があります。

これらの問題点が克服され、必要性に応じて開腹手術などの直達術と内視鏡治療を組合わせることができれば、宇宙での外科治療の可能性は大きく広がる可能性があると考えられます。

画像診断機器は現在の高度医療で欠かすことができない存在ですが、宇宙で使用できるものは限られています。

技術革新はもちろん待たれるところですが、最小限の画像機器で完璧とはいかなくとも生命危機回避には必要十分な判断を行い、現地治療に繋げられる画像機器が求められていると考えます。

AIによる自動診断や診断・治療手順を示す超音波機器など、超音波機器には今後もさらなる進化が大きく期待されます。

 

参考資料 Venous Thrombosis during Spaceflight. N Engl J Med, 2020 Ultrasound Guided Lumbar Puncture and Remote Guidance for Potential In-Flight Evaluation of VIIP/SANS.  Aerospace Medicine and Human Performance, 2019 Assessment of Jugular Venous Blood Flow Stasis and Thrombosis During Spaceflight. JAMA Netw Open, 2019 Non-Invasive Intracranial Pressure Estimation During Combined Exposure to CO2 and Head-Down Tilt.  Aerospace Medicine and Human Performance, 2018 Technique for Performing Lumbar Puncture in Microgravity Using Portable Radiography.  Aerospace Medicine and Human Performance, 2016 Trauma sonography for use in microgravity. Aviation, space, and environmental medicine, 2007 FAST at MACH 20: clinical ultrasound aboard the International Space Station. The Journal of trauma, 2005 Ocular examination for trauma; clinical ultrasound aboard the International Space Station. The Journal of trauma, 2005 Sonographic detection of pneumothorax and hemothorax in microgravity. Aviation, space, and environmental medicine, 2004 Percutaneous aspiration of fluid for management of peritonitis in space. Aviat Space Environ Med, 2002 New England Journal of Medicineから宇宙飛行士のロングフライト血栓症明らかに地上での常識は通じない宇宙旅行時の予防策. 日経メディカル そこが知りたい!救急エコー 一刀両断! 三輪書店 MSDマニュアル 家庭版 中心静脈カテーテル留置 阪和記念病院 心臓血管センターHP

 

Source: ABLab
文/後藤正幸 (Twitter)(Facebook)
「宇宙に、医療を」目標とする脳神経外科医。医療分野での宇宙ビジネス創出を目指して、日々活動中。最新の宇宙医学研究を、多くの人に分かりやすく伝える発信を行なっている。

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