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「これじゃあ高校野球じゃねえかよ!」選手たちからの猛反発を受けながらも、広岡達朗が“管理野球”を貫いた理由

日刊SPA! / 2024年3月9日 15時52分

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『92歳、広岡達朗の正体』が3月14日に発売

現役時には読売ジャイアンツで活躍、監督としてはヤクルトスワローズ、西武ライオンズをそれぞれリーグ優勝・日本一に導いた広岡達朗。彼の80年にも及ぶ球歴をつぶさに追い、同じ時代を生きた選手たちの証言や本人談をまとめた総ページ数400の大作『92歳、広岡達朗の正体』が発売前から注目を集めている。
巨人では“野球の神様”と呼ばれた川上哲治と衝突し、巨人を追われた。監督時代は選手を厳しく律する姿勢から“嫌われ者”と揶揄されたこともあった。大木のように何者にも屈しない一本気の性格は、どこで、どのように形成されたのか。今なお彼を突き動かすものは何か。そして何より、我々野球ファンを惹きつける源泉は何か……。その球歴をつぶさに追い、今こそ広岡達朗という男の正体に迫る。

(以下、『92歳、広岡達朗の正体』より一部編集の上抜粋)

◆西武ライオンズ時代、選手たちに課した“食事改善”

八一年オフ、四九歳の広岡達朗は満を持して西武の監督に就任。最初に取り組んだのは選手たちの食事の改善だった。疲労回復を促進するアルカリ性の食材を多く摂り入れることを厳命した。当時、あまりに先鋭的だった食事改善について広岡達朗はこう語る。

「年によって必要な食べ物も違うし、考え方も違う。大人になるための素材を大地の神様が作っているという考えで、二〇代までは動物性タンパク質を摂って身体を作り、三〇になったらそれらをできるだけ減らしていく。四〇代以降は動物性タンパク質を摂らず、野菜や果物を食べて長生きする。これが『自然の法則』なのだ。ヤクルト時代もそうだったけど、こうした自然の法則にできるだけ逆らわないよう指導しただけ」

今では中学生でも、徹底したカロリー計算のもとバランス良く食事を摂る〝食育〟を行うことが基本となっている。

だが、当時は無法状態だった。一晩でどれだけ飲んで食った かが武勇伝のように語られた。水島新司の伝説の漫画『あぶさん』のように、二日酔いで ホームランを打つ選手が破天荒として人気を得た時代だ。テレビの世界でも、情報バラエティー番組『久米宏のTVスクランブル』(八二〜八五年)に天才漫才師の横山やすしが酒を飲んで出演していたくらいだ。観ているぶんには面白かったが、すぐさま降板となった。そりゃそうだろう。今なら絶対にできない。

◆東尾修、田淵幸一…西武のベテラン陣からの反発

打って投げて、試合が終わったらバカみたいに肉を食ってアホみたいにビールをかっくらう。これが当時のプロ野球選手の食生活で、良くも悪くも〝豪快〟という言葉で許された時代。コンディションの維持はアマや弱者がやることだという風潮がいまだ根強かったプロ野球界では、広岡の考えは異端だった。当然、ヤクルト時代と同様に選手からは総スカンを食らった。特にベテラン陣からの反発は凄まじかった。

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