『美味しんぼ』海原雄山の「振る舞い」、料理のプロはどう見る? 現役シェフに聞く
マグミクス / 2020年1月23日 7時10分
■序盤には、現役シェフも苦言を呈する「目に余る行為」も
2019年末、俳優の木村拓哉さん主演のTVドラマ『グランメゾン東京』(TBS系)が最終話で同時間帯のトップとなる平均視聴率16.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、好評のうちに幕を閉じました。
マンガの世界に目を向けると「グルメブーム」を牽引した作品として、まず思い浮かぶのが1983年より「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載開始した『美味しんぼ』(原作:雁屋哲 作画:花咲アキラ ※2014年から休載中)ではないでしょうか?
東西新聞社に勤務するグータラ社員・山岡士郎と、新人ながら味覚に優れた栗田ゆう子が同社の「創業100周年の記念事業」として「究極のメニュー」作りを任され、さまざまな「食」にまつわるストーリーが展開していきます。そのなかに登場する強烈キャラとして忘れられない存在が、主人公・山岡の実父であり、後にライバル新聞社である帝都新聞の「至高のメニュー」を担当する海原雄山です。
陶芸を中心に書道や絵画、文筆にも優れた希代の芸術家にして、銀座裏の一等地にある会員制の料亭、「美食倶楽部」を主催する美食の大家(たいか)として描かれた人物なのですが、物語の序盤は、実はかなり横暴なキャラクターとして描かれ、現実の食のプロから見れば「やらかした」といってもいいレベルの行為も少なくありません。
先に発行された『ミシュランガイド東京2020』で2年連続「二ツ星」を獲得した東京・浅草のフレンチレストラン「ナベノイズム」を営む渡辺雄一郎シェフに、『美味しんぼ』序盤の海原雄山の言動について、意見を聞きました。
渡辺シェフが特に気になったのは、第12話「ダシの秘密で」の海原雄山の行動。フィクションであることはふまえつつも、「人としてあるまじき行為でしょう」と苦言を呈します。
■物語中盤以降は「人格者」へと路線変更
『美味しんぼ 107(偉大なる名人・名店 2)』(小学館)
第12話の舞台は赤坂の料亭「花やま」。東西新聞社の大原社主が「究極のメニューを完璧なものにするには何としても海原雄山の協力が必要」と思い立ち、会食の場を設け、士郎との和解を画策するのですが、その席で吸い物を「ムホッ」とひと口飲んだ海原雄山は「女将を呼べ!」と激高。
さらには魚の煮物をひと口食べた後、皿を床に払い、叩き割ってしまいます(あの『巨人の星』の星一徹ですら、「嘘をついた飛雄馬を殴ろうと立ち上がったら、勢いあまって食卓がひっくり返ってしまった」という状況でした)。「料理の味が気に入らないという理由で食べ物を粗末にする行動はいかがなものでしょうか」と渡辺シェフは話します。
また、第10話『料理のルール』では、フランスの「ル・キャナル」の名物である「血のソースを使ったカモ料理」を食する際、高級フレンチの店内にわさびと醤油を持ち込み、「うーん、この方がうまい。皆さんも試されてみるかな」と他のお客にもオススメする始末。
この回では士郎にも「フランスの偉大な文化であるフランス料理を尊重するがゆえにオレはカモをわさび醤油で食べるような真似はしたくない。他者の文化を理解しようともせず、嘲笑したり、破壊しようとする行為は野蛮で下劣だ」と正論を説かれています。
さらに加えて第32話『ハンバーガーの要素』では、美食倶楽部の料理人である宇田が独立し、ハンバーガーショップを開きたいという意向を雄山に伝えると「味覚音痴のアメリカ人が食べるあのハンバーガー」と、偏見に満ちたセリフをためらいなく吐き捨てます。今の時代ならアウトな発言でしょう。
このような「問題行動」と「発言」があいついだ雄山も、物語の中盤から終盤は「厳格な人格者」に路線変更。さすがに物を壊したりや食材を粗末に扱ったりするなどの描写は少なめとなりました。悪役のヒールキャラという設定が薄まった分、インパクトに欠けるという一面もありますが、渡辺シェフも「『食べる』という行為は『命を頂いている』という原則を忘れてはなりません」と強調。この判断は正しかったと考えられます。
食材や生産者に対する敬意を忘れずにお客様においしい料理を提供するうえで、食の安全性に配慮するのも当然の行為です。それを追求するあまり、『美味しんぼ』が休載状態となっているのは何とも皮肉なのですが……行為の内容には問題あれど、「初期型・海原雄山」の傍若無人なパワーは、さまざまな問題を(かなり強引に)乗り切ってしまえたかも、と思えるほどの勢いがありました。
(渡辺まこと)
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