希林さんのように"がん"と付き合うコツ5

プレジデントオンライン / 2018年10月14日 11時15分

葬儀場に設けられた故樹木希林さんの祭壇=9月30日、東京都港区。(写真=時事通信フォト)

がんを受け入れ、がんとともに生きた、女優の樹木希林さん。麻酔科医の筒井冨美氏は「希林さんの生き方や病気への向き合い方は多くの人々に勇気を与えた」と話す。誰にもいずれやってくる人生の最期にうろたえないよう「がんになっても生涯現役」を貫くための5つのコツとは――。

■樹木希林式「がんになっても生涯現役」で生きるコツ

2018年9月15日、女優の樹木希林さんが長年のがん闘病の末に75歳で亡くなった。筆者は「来るべき時が来てしまったか……」との思いで訃報を聞いた。

希林さんは2004年頃から乳がんを患い、2013年には「全身がん」と告白。脊髄・副腎・腸など全身にがんが転移しているにもかかわらず、女優として長く活躍したのはご存知の通りだ。「年金暮らしのワケあり祖母」を演じた映画『万引き家族』は、2018年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した。授賞式でレッドカーペットを颯爽と歩いていた姿は印象深い。

早すぎる死だったが、「あんなふうに、生涯現役のまま逝く人生も悪くないかもしれない」と、受け止める人も多かったように思う。今回は、そんな希林さんの闘病生活から「がんになっても生涯現役」として生きるためのコツやヒントを紹介したい。

【コツ1 あえて白黒をつけない】

希林さんと言えば、ついつい気になってしまうのが、夫でロックスターの内田裕也氏との結婚生活である。「長年の別居生活」「離婚裁判」「夫の女性関係」などと報道されてはいるが、ひとり娘の也哉子氏を立派に育て、晩年には長年連れ添った夫婦ならではの絆もあったようだ。

ここのところ盛んに報道される「家事・育児を含む男女共同参画」「イクメン」にはほど遠い夫婦だったが、世の中は白黒や善悪の決着をつけないほうがよい場合も多い。とりわけ、夫婦間の問題は。ロックスターの正妻ともなれば、むしろ「清濁あわせのむ」という器の大きさが役だったのではないか。

彼女の闘病生活にも「白黒つけない」人生観を垣間見ることができる。「先端・高度な手術で完勝を目指す」よりも、「小さなトラブルがあれば、その都度ちょっと処置してもらうことで、小康状態を維持する」治療方針だったと聞いている。これが結果的には、乳がん発覚後14年間も生き延びて、亡くなる数カ月前まで現役女優として活躍することを可能にしたのかもしれない。

【コツ2 ナンバーワンよりオンリーワン】

希林さんは「個性派女優」の肩書きで紹介されることが多かった。郷ひろみとのデュエットソング『林檎殺人事件』でのコミカルな姿や、「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに写ります」というコピーが流行語ともなったで知られる「フジカラー」のCMなど、数多くのドラマ・映画・CMでオンリーワンの存在感を示した。

老いも病いも、自分を苦しめるものとして闘うのではなく、あえて受け入れて個性の一部として次の仕事に生かす。これが栄枯盛衰の激しい芸能界で、彼女が独特のポジションを取りつつ長年現役で活躍できたコツだったのではないだろうか。

■がん治療に「絶対」「奇跡」を求めない「一流の患者」

【コツ3 放射線療法を上手に利用】

「手術・抗がん剤・放射線治療」が「がんの3大治療」だ。「芸能人の手術」は、派手な記者会見で報道されることも多いが、抗がん剤は「髪の毛がごっそり抜ける」「嘔吐で悶絶(近年では吐き気止めが発達しており、不快感は軽減されている)」のようなネガティブなイメージが強いかもしれない。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/mr.suphachai praserdumrongchai)

それらに比べ、やや地味な治療法なのが、希林さんが主に受けていた放射線治療だろう。放射線治療は、「がんを根こそぎ退治」というイメージよりは、「進行を遅らせる」「痛みを減らす」といったイメージに近い治療法である。手術ほど体力を消耗しないので、「仕事の合間に照射」といった小回りの効く治療ができる。

彼女が長く活躍できたのも、この放射線治療を上手く取り入れて、奏功した結果だろう。特に2011年の東日本大震災での原発事故以降、日本中にアンチ放射能ムードが広まる中で、雑音に惑わされず冷静に放射線治療を続けたことが生涯現役を貫くことができたコツだったように思う。

【コツ4 民間療法にハマらない】

民間療法にハマってしまう著名人は少なくない。最近でも、金の延べ棒で患部をさする「ごしんじょう療法」や、野菜ジュースだけを摂取する「ジュースクレンズ療法」にハマり、早くして亡くなった著名人がいたようだ。

民間療法の特徴は、耳触りのよい宣伝文句でがん患者を誘惑することである。「自然派」「オーガニック」「副作用が無い」「体に優しい」「奇跡の生還」「絶対に治る」……。これに比べて、現実の医師による説明は患者にとっては物足りなく感じるかもしれない。診察時は「おそらくは」「有効なのは3割程度」「5年以内に亡くなる率が75%」など、患者が期待するような「絶対」「奇跡」のような言葉は出てこない。そのため病気で心身とも弱った人間は、つい民間療法にハマってしまうのだろう。

多くの女優が美しくあることを期待されるのに比べ、「病も老いも芸の肥やし」と受け止めてきた希林さんのほうが、結局のところ最後まで強い心を持って生きられたのだろう。

【コツ5 がんとともに生きる】

9月末、希林さんが亡くなった約2週間後、美容外科医の高須克弥さん(73歳)が希林さんと同じ「全身がん」であることをSNSで告白した。希林さんと高須さんには共通点がある。それは、「がんとともに生きる」という考え方だ。

高須さんは、大規模災害時に積極的寄付したり、スポーツ選手のスポンサーになったりするとともに、各種メディアでの歯に衣を着せない発言でオンリーワンの存在感を示している。

また、漫画家の西原理恵子さん(53歳)と交際していることでも知られる。「高須クリニック」代表である高須さんの財力ならば、トランプ大統領のように「ナイスバディの若妻を次々チェンジ」することも可能だろうが、50代の恋人と入籍せず、白黒つけない内縁・事実婚の状態で、仲睦まじく暮らしているようだ。

■「医学の最先端を自分の体で実験できるってハッピー」

がん告白の直後から、断食療法などの民間療法を薦める人物も現れたというが、高須さんはそれらを一蹴し、現在は化学療法を中心とした治療を受けているという。

今年のノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑さんは、免疫細胞の表面にあるブレーキ役の分子「PD-1」を発見し、この分子の働きを妨げる新薬「オプジーボ」の開発に道筋をつけた。ただ、高須さんはノーベル賞の権威にもなびかない。「(オプシーボは)副作用が心配なので、現状では使っていない」「次のステージでは選択するかもしれない」と冷静な対応をしている。

さらに、「お年寄りはがんで死ぬ前に、寿命で死ぬから怖がることはない」「医学の最先端を自分の体で実験できるってハッピー」など、高須さんらしい表現で「がんと共に生きる」ことの意義を語っている。

高須さんにも希林さんのように「がんになっても生涯現役」というライフスタイルを貫いてもらい、多くの患者を勇気づけてほしい。

(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美 写真=時事通信フォト)

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