日本企業は外からは謎な「闇ルール」が多すぎる
プレジデントオンライン / 2019年9月30日 6時15分
■独自すぎる日本の行動様式
現在の国際社会をざっくり眺めれば、4つの文明がしのぎを削っている。西欧キリスト教文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明、中国儒教文明。
これらは、多かれ少なかれ、内部に言語や民俗や文化の可能性を抱えており、それを統合する普遍性に軸足を置いている。その軸足が、宗教だ。
宗教は、「大勢の人びとが、同じように考え、同じように行動するための、装置」。人びとの、何億人単位の大集団をこしらえることができる。
では、日本は、これらの文明とどういう関係にあるのだろうか。
歴史的にも地理的にも、日本に近いのは、中国である。
日本は中国文明の周辺部にあって、影響を受けた。重要な文明アイテムはみな、中国から持ち込まれたと言ってよい。漢字。仏教。儒教・道教。建築、冶金、医学薬学、栽培植物、衣服……。しかし、間に海があった。日本は中国の一部にならなかった。
もうひとつ、圧倒的な影響を与えたのは、西欧である。
大航海時代に、鉄砲を伝えた。幕末維新からあとは、文明開化の怒濤(どとう)の洪水だ。文明開化とは、西欧を真似(まね)して近代化することである。西欧インパクトは、現在に至るまで続いている。
では、日本は、西欧文明に加わったのか。そうは言えないと思う。日本は日本の独自性を残しているからだ。
■世界の大文明を理解する「4行モデル」
世界の大文明の人びとの行動様式を、4行モデルで表わすと、
(2)相手も自己主張している。
(3)このままでは、紛争になる。
(4)○○○○があるので、大丈夫。
のように書くことができるのだった。○○○○のところには、西欧キリスト教文明の場合は「法律」、イスラム文明の場合は「イスラム法」、ヒンドゥー文明の場合は「人びとが別々の法則に従っている」、中国儒教文明の場合は「順番」が入る。
■まずは、「相手の様子をみる」
では、日本人の行動様式を、4行モデルで表すとどうなるか。それは以下のようになる。
(2)相手も、同じことをしている。
(3)このままではなにも決まらない。
(4)みなで話し合って、決める。
世界の大文明の人びとと日本人とでは、行動様式が根本的に異なっていることに注意しよう。
1行目がまず、異なる。「まず自己主張をする」ではない。日本人は、「相手の様子をみる」。
自己主張するのは、それが最適な生存戦略だからだ。自己主張しなければ無視され、不利になる。日本人が、自己主張をあと回しにして、相手の様子をみるのは、そのほうが安全だから、やはり生存戦略のためである。日本では、ほかの人びと違って突出することは、攻撃されやすく、危険なことなのだ。
ぜひ注目してもらいたいのは、4行目、「みなで話し合って、決める」である。
日本の組織は、人びとを拘束するルールを決めることができる。その場にいるひと、その組織に属するひとは、この決定に従わなければならない。
このやり方は、江戸時代かそのもっと前の、農村共同体の慣行にさかのぼる。
このやり方は、近代的なものか。
近代的ではない。近代的な組織は、法律が行動の規準である。人びとは、社会に通用する法律に基づいて行動する。そもそも人びとは、自由と権利をもっており、それを制約できるのは法律だけである。組織が、施行規則のようなものを決めるとしても、根本の法律に反することはできない。
■現場のルールが法律に優先する日本
日本の組織はどうか。学校を例にとろう。どの学校も、その学校だけにあてはまる規則(校則)を決めることができる。スカートは膝上10センチまで。髪は染めるのは禁止で、黒。地毛が黒でないひとは、地毛証明書を出させられたりする。あるいは、黒く染めるように指導される。
服装や髪の色は、本人の人格や自由に属するもので、学校がルールで規制することになじまない。日本の学校にいると、「法の支配」ではなく、「所属する組織が恣意(しい)的に決めるルールに従います」、つまり、4行モデルの(4)を身に付けていく。
あるメーカーの検査部門。製品検査のやり方が、法令で決まっている。でも、人手不足や納期の関係で、現場のみなで相談し、法令に違反して検査をパスさせることにする。配置転換で現場にやってきたひとは、違反に気がづいても声をあげることができない。現場のルールが法律に優先するからである。
日本の組織は、こうした闇ルールに満ちている。
■「法の支配」を社会の行動原理に取り込め
日本の企業に就職すると、職務の説明(ジョブ・ディスクリプション)がない。雇用契約書もない場合が多い。辞令が一枚、渡されるだけである。どういう仕事を遂行すればいいのか、誰にも説明できない。どの現場も、暗黙のルールに満ちていて、それを全員が一様に意識しているわけでもなく、説明もできないからだ。「だんだん慣れてください」と言われるだけ。
欧米の契約文化に慣れたひとが、日本の企業に就職すると、びっくりする。すぐ辞めてしまう場合も多い。
日本の企業が現地法人をつくったり、合弁企業をつくったりすると、最初にぶつかるのは、双方の組織文化がまるで違う、という問題だ。ヨーロッパ、アメリカ、中国、ベトナム、メキシコ……、どこが現地であるかによって、解決は異なる。そして、その社会の背景を、猛烈に勉強しなければだめだ。
日本企業が現地法人をつくると、台湾総督府か朝鮮総督府か、満洲国のようになってしまう。日本ルールと本社の意思決定を、トップダウンで、現地の組織に押しつける。このやり方では、グーグルやアップルのような、世界的な巨大企業を動かすことはできない。
グローバル社会の標準的な行動様式は、「法の支配」である。これは、西欧キリスト教文明が、グローバル社会に残してくれた、置き土産だ。
この貴重な社会資産を、日本社会の行動原理に取り込んでいくこと。これが、これからの100年、日本が世界に飛躍するための土台になる。
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社会学者
1948年神奈川県生まれ。東京工業大学名誉教授。大学院大学至善館教授。1977年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学後、1989~2013年東京工業大学に勤務。『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』『ふしぎなキリスト教』『おどろきの中国』『げんきな日本論』(講談社現代新書)、『丸山眞男の憂鬱』『小林秀雄の悲哀』(講談社選書メチエ)、『世界は四大文明でできている』(NHK出版新書)、『世界は宗教で動いてる』(光文社新書)など、著書多数。
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(社会学者 橋爪 大三郎)
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