永守重信、柳井正、孫正義…「大ぼら3兄弟」が低成長の日本から超成長企業をつくれた本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年8月4日 15時15分
※本稿は、名和高司『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■資本主義に背を向けて貧困や飢餓は撲滅できない
今、「成長の限界」が問われています。そして世界は「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」に向けて大きく舵を切ろうとしています。そう、今やおなじみの「SDGs」です。
そもそも、SDGsとは2015年の国連サミットで採択されたもので、「貧困をなくそう」から始まる17の目標には、どれをとっても素晴らしい理想が謳われています。また、「誰ひとり取り残さない」という原則は、まさに人間愛に溢れています。しかもその到達地点は2030年。残された時間は10年を切っています。
しかし、それらは本当に現実になるのでしょうか?
資本主義に背を向けて、貧困や飢餓の撲滅は実現できるのでしょうか?
SDGsは、そのような基本的な生存権にとどまらず、生活、社会、産業構造の抜本的な変換も掲げています。たとえば、石炭や石油などの化石燃料から、クリーンエネルギーへの大転換。消費(使い捨て)型経済から循環(リサイクル)型経済への移行。住み続けられる街づくり。
これらの高い目標を、どうすれば10年以内に達成できるのでしょうか?
SDGsが取り上げている社会課題は、本質的なものばかりです。解決できれば大きな社会価値を生み出すだけでなく、次世代の事業機会にもつながるので、多くの企業はSDGsに積極的に取り組もうとしています。
ただし、そこには大きな落とし穴が待ち構えていることにお気づきでしょうか?
世の中には、社会課題にさいなまれている人は数多く実在しています。すなわち需要はすでに顕在化しているのです。しかし、それにもかかわらず、これまで有効な解決策が出てこなかった。つまり供給が生まれてこないのです。どうしてでしょうか?
実は答えは明確です。儲からないからです。
社会課題を通常のやり方で取り上げようとすると、投資やコストが発生してしまいます。そうなると、利潤を生み続けるという資本主義の原理原則から大きく逸脱しかねません。
利潤追求を目的としないのであれば、非営利事業や公共事業として手がければいいのでは、と考えるかもしれません。しかしその場合でも、資金や税金が底をつくとゲームオーバー。つまり持続可能な解決は期待できません。
■SDGsで利潤を生む魔法の杖は「イノベーション」
持続可能性を追求するためには、その事業が利潤を生み、その利潤を再投資するというダイナミズムを生み出さなければなりません。それこそが資本主義の本質であったはずです。そう、地球や社会の未来を危うくしたのは資本主義でしたが、資本主義はうまく使うと持続可能性を担保する有効な役割も果たしうるのです。
資本主義には、持続可能性の答えを出すこと以外にも、さまざまないい属性があります。まさに「魔法の杖」です。
では、この「魔法の杖」の本質とは何でしょうか?
シュンペーターは、それこそが「イノベーション」の力であると看破しました。イノベーションとは、人間の英知によって生産性、そして創造性を飛躍的に高める営みを指します。それによって、価値をケタ違いに高め、コストをケタ違いに低くすることが可能です。しかし、そんなに虫が良い話が本当にあるのでしょうか?
シュンペーターは、イノベーションを生み出すためには5つの切り口があると説きます。
商品、プロセス、市場、サプライチェーン、組織の5つです。それぞれの切り口で、これまでとは非連続な発想を持ち込むことによって、イノベーションが生み出されるというのです。
イノベーションは「技術革新」と訳されることが多いですが、これは明らかに誤訳です。「革新」は正しいのですが、「技術」だけにとらわれる必要はありません。
儲からないSDGsを儲かるものにするのは可能でしょうか。
それが難しくて、これまで放置されてきたとも言えます。これを解決するには、これまでのやり方やしくみを、抜本的に組み替えなければなりません。シュンペーターはそれを「創造的破壊」と呼びました。そのためには、従来の常識にとらわれない異次元の知恵と勇気が必要となります。
それこそがイノベーションの力です。
■行き詰まったのは「利己的な欲望」の追求
資本主義が行き詰まってしまったのは、このイノベーションの力を、ひたすら人間の利己的な欲望の追求に注ぎ込んでしまったためです。社会課題という利他的な価値の創造にイノベーションの力を振り向けることができれば、今の成長の限界を突破することができるのではないでしょうか?
しかしこれを実行するのは難しく、きれいごとだけでは答えにはなりません。持続可能な未来を作り出すためには、イノベーションの力を復活させる必要があります。それこそが、今日、シュンペーターのイノベーション論が注目されている最大の理由です。
シュンペーターの価値を再発見したのは、ピーター・ドラッカーでした。
シュンペーターより26年後に同じオーストリアで生まれたドラッカーは、シュンペーターのイノベーション論に触発されて、最先端のマネジメント論を次々に生み出していきました。
そのドラッカーが提唱したのが「ソーシャル・イノベーション」です。イノベーションの力で社会課題の解決を目指すという思想です。
シュンペーターの思想はドラッカーに受け継がれ、100年後の今、まさに花開こうとしています。
■あらゆる産業にイノベーションを起こすDX
シュンペーターは、あらゆるイノベーションには共通する方法論があると言います。それをシュンペーターは「新結合(Neue Kombination)」と名づけました。
新結合を一言で言えば、「これまでとは異なる要素の組み合わせによって新たな価値を創造すること」を指します。これこそが、イノベーションの本質であることをシュンペーターは見抜きました。
この「新結合」こそ、デジタル時代にイノベーションを力強く牽引するものと期待されています。
なぜだと思われますか?
デジタルの本質は、あらゆる情報を0と1のビットに変換してしまうことにあります。そうなると、これまで融合できなかったもの同士を融合させることが可能になります。
たとえばバーチャルとリアルの融合です。フィン(金融)テック、アグリ(農業)テック、フード(食品)テック、ヘルス(医療)テック、リテール(小売)テックなど、「○○テック」があらゆる産業で創造的破壊をもたらしています。いずれも、既存の産業にデジタル技術を「新結合」させることで生み出されるイノベーションです。
■業種の垣根も超えられる
さらには、デジタルを介して「異業種」間の新結合も始まっています。
保険と医療を組み合わせた「インシュアヘルス」、農業と食を組み合わせた「アグリフード」など。「スマートシティ」にいたっては、衣食住や社会インフラなど、多様な産業を融合させ、集積効果を狙ったものです。
今、「オープンイノベーション」も注目されています。組織のイノベーションを起こすために外部とアイディアなどを融合させることを指します。これも、まさに「新結合」にほかなりません。
デジタル時代は、100年前にシュンペーターが唱えた新結合の機会をいたるところに見つけることができます。
しかもデジタルのパワーを活用すれば、生産性も創造性もケタ違いに高めることができるはずです。DXが時代のキーワードとなっている今日、シュンペーターの「新結合」はそのイノベーション量産パワーを全開にするはずです。
■イノベーションの担い手はアントレプレナー
では、イノベーションの担い手は、いったい誰なのでしょうか?
若きシュンペーターは、その答えとして「アントレプレナー」という言葉を生み出しました。
この言葉は、イノベーションの担い手という意味でイノベーターと言い換えてもいいでしょう。
日本では、アントレプレナーは「企業者」「企業家」「起業家」などと訳されてきました。ただ、アントレプレナーという言葉は、今や日本でも定着しつつあります。そこで本稿では、この言葉を原語のまま使おうと思います。
アントレプレナーとは、一言でいうと、イノベーションを通じて、新しい事業を大きく立ち上げていく人財を指します。
では、どういう人がアントレプレナーになれるのでしょうか?
シュンペーターは、アントレプレナーの特徴を「行動する人」と表現しています。新結合の機会は、ふんだんに存在しています。しかし、それを夢想するだけでは、何も生まれません。「行動」には、未来に向けて大きく踏み出していく志(パーパス)と熱意(パッション)が求められているのです。
シュンペーターの時代、つまり20世紀前半の代表的なアントレプレナーといえば、自動車王ヘンリー・フォードや鉄鋼王アンドリュー・カーネギーでした。日本でいえば、さしずめ三菱グループの創設者の岩崎弥太郎が代表格でしょう。
シュンペーター没後の20世紀後半も、アントレプレナーは続々と登場しています。たとえば、世界最大の小売業ウォルマートの創業者サム・ウォルトン、ヴァージン航空の創始者リチャード・ブランソンなどが挙げられます。日本でも、ホンダの本田宗一郎、ソニーの井深大などの顔ぶれが真っ先に思い浮かびます。
■永守重信、柳井正、孫正義は現代のアントレプレナー
では現代のアントレプレナーとしては、誰があげられるでしょうか?
スティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスなどのGAFA創業者やイーロン・マスクは、アントレプレナーの殿堂入り間違いなしです。
日本電産の永守重信、ファーストリテイリングの柳井正、ソフトバンクの孫正義の3人は「大ぼら3兄弟」などと揶揄されていますが、日本を代表するアントレプレナーといえるでしょう。
この人たちは、どれも今や超大企業の顔ぶればかりで、違和感を覚えるかもしれません。しかし、アントレプレナーとは、パーパスとパッションを持って新しい事業を作る人のことだとさきほどいいました。世界に冠たるアントレプレナーは、いずれも当初はベンチャー企業として誕生したことを思い出してください。そしてそこから新しい産業を立ち上げ、チャンピオンにまで成長していったのです。
シュンペーターは、ゼロから1を生むだけのスタートアップを泡沫(ほうまつ)企業と呼んで相手にしません。世界を創造的に破壊するだけのパワーを持ちえないからです。ゼロから100へと事業をスケールアップさせることこそが、アントレプレナーの腕の見せ所です。
成長の限界を突破するためには、イノベーションが不可欠です。そして、そのイノベーションの担い手である真正アントレプレナーの登場が、今こそ求められているのです。
■資本主義は50年周期
明治維新以降の日本は、近代化の波に乗って目覚ましい成長を遂げました。そして戦後の日本は再び高度成長を実現、「東洋の奇跡」と呼ばれました。
その立役者は、明治・大正・昭和を代表するアントレプレナーたちでした。
ハーバード大学の社会学者エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出版されたのが1979年です。このころが、まさに日本のピークだったのではないでしょうか?
それから10年後、平成に入ってバブルが崩壊、日本は坂道を転げ始めます。それが今や四半世紀を超えてずっと続き、「失われた30年」と言われるようになりました。
シュンペーターは、「景気循環論」を提唱しました。
これは、資本主義はイノベーションによって、50年の周期で好況と不況の波を繰り返すというものです。「コンドラチェフの波」として知られています。
日本では今、「平成の失敗」説がまことしやかに唱えられています。失われた30年が、ちょうど平成とかぶるからでしょう。しかしその中でも、先述した「大ぼら3兄弟」をはじめ、超成長を遂げた日本企業も少なくありません。彼らにとっては、不況期こそ、次世代成長を仕掛ける絶好の機会なのです。
■世界恐慌も健全な循環
シュンペーターは、1929年に世界をどん底に陥れた大恐慌ですら、経済にとっての「適度なお湿り」だと看破しました。循環論からみれば、イノベーションがもたらす健全な波動に過ぎないというのです。
日本もこの世界的な波を頭からかぶって昭和恐慌に陥りましたが、その後見事に立ち直っていきました。そしてコンドラチェフの波の予言通り、50年後の1979年には、まさに世界の頂点に立ったのです。
この波動説に従えば、次のピークは10年後にやってきてもおかしくありません。だとすると、今こそ日本にとって、次の成長の波に向けた大きく舵を切る絶好のタイミングだといえるのではないでしょうか?
■社会課題から出発すると間違える
では、次世代のイノベーションの機会はどこにあるのでしょうか? これは学生たちが、常に問いかけてくる質問でもあります。
私は一橋ビジネススクールで10年間、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)や企業変革をテーマに教鞭をとってきました。2022年4月からは、京都先端科学大学に新設されたMBAコースでも、イノベーションやアントレプレナーなどのコースを教えています。
聴講する学生の皆さんは、30代が大半です。いわゆるミレニアル世代、なかにはZ世代まで混じっています。中でも一橋の学生は、7割が外国人、そのうちのさらに9割が中国をはじめとするアジアの国々からの留学生です。いずれの大学でも、学生のほとんどが企業の中で活躍する人たち、あるいはみずから起業を目指す人たちです。いわば、アントレプレナーの卵たちといっていいでしょう。
MZ世代の若者たちは、目をキラキラ輝かせて、イノベーションの機会を探しています。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリではありませんが、SDGsのような世界共通の社会課題の解決にはことのほか高い関心を示しています。持続可能な未来を、自分たちの手で作っていきたいという並外れた意気込みを感じます。ただ、社会課題はあまりにも大きすぎるため、どこから始めていいのかがわからなくて、戸惑ってもいます。
そこで私は、「社会課題から出発すると間違える」と忠告することにしています。すると学生たちは、一瞬キツネにつままれたような表情を見せます。
そこですかさず「あなたの志はなんですか」と問いかけなおすことにしています。
種を明かすと、これは吉田松陰が松下村塾で、やがて明治維新の立役者となる若者たちに語りかけたセリフそのものです。
■自分の思いから始めよう
シュンペーターは、外部環境にとらわれるな、と説きました。自分たちの内発的な思いこそが、イノベーションの起点となる、と。アントレプレナーは、「観察の人」から「行動の人」にならなければならない。その時のパワーの源泉は、自らの志(パーパス)と情熱(パッション)なのです。
そして私は、ベルギーの詩人メーテルリンクの『青い鳥』を思い出してもらうことにしています。チルチルとミチルは、幸福の青い鳥を探しに夢の中で冒険の旅にでます。そして夢から覚めてみると、家の中の鳥かごに、探し求めた青い鳥がいたことに気づくのです。
自分の身の回りにこそ、実は貴重なイノベーションの機会が転がっています。それに気づいて行動を起こせる人が、アントレプレナーとなって、いずれ世界を変えるまでにイノベーションの翼を広げていくことができるのです。
MZ世代は、サステナビリティ・ネイティブであると同時に、デジタル・ネイティブでもあります。自分ならではのワクワクする未来を作るという志と情熱に、デジタルパワーを使って大きくスケールさせていくという知恵が加われば、次世代の持続的な成長の扉を拓くことができるでしょう。
そのような彼女、彼らにとって、シュンペーターの教えは学びの宝庫となるはずです。
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京都先端科学大学ビジネススクール 教授、一橋大学ビジネススクール 客員教授
東京大学法学部卒、三菱商事(東京、ニューヨーク)に約10年間勤務、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。シュンペーターおよびイノベーションを主に研究。2010年まで、マッキンゼーのディレクターとして、約20年間、コンサルティングに従事。著書に『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』『企業変革の教科書』(ともに東洋経済新報社)、『稲盛と永守 京都発カリスマ経営の本質』『経営改革大全 企業を壊す100の誤解』(ともに日本経済新聞出版)などがある。
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(京都先端科学大学ビジネススクール 教授、一橋大学ビジネススクール 客員教授 名和 高司)
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