入居当初は修繕積立金なんてなかったのに…都内マンションの17.4%に管理不全の兆候があるという衝撃
集英社オンライン / 2024年3月16日 10時1分
「空き家問題は地方の問題で、都心に住む自分には関係がない」と思っている人は、すぐにでも認識を改めるべきだ。人口が減少している日本で、住んでいるマンションに空き家が増え、修繕積立金が回収できないと、管理がいき届かなくなってしまうからだ。書籍『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』より一部抜粋し、都内では既に17.4%のマンションに管理不全の兆候があるという衝撃の実態をレポートする。
1億1800万円で解体された廃墟マンション
2020年1月、日本の住宅史に残るであろう大きな出来事が起きた。国内で初めて行政代執行によるマンションの解体が行われたのだ。
対象となったのは滋賀県野洲市の「美和コーポB棟」。1972年に建てられた鉄骨3階建て・全9戸の小ぶりな建物は解体の10年ほど前から無人になっていた。誰もいなくなったマンションは劣化が進む。2012年には上階の廊下の手すりが外れてぶらさがり、階段も崩落して見るからに危険な状態になる。
野洲市は区分所有者に改善指導書を送付したり、連絡がついた数名と協議を行ったりと対応を試みるが事態は改善しない。2018年6月には大阪府北部地震の影響で県道に面した外壁がすべて崩れ落ち、室内に捨て置かれた家具や家財があらわになった。
同年8月、市が行った調査で、むき出しになった鉄骨の吹き付け材から基準値をはるかに上回るアスベストが検出される。市がすぐさま自主解体を求める所有者説明会を開催すると9人中7人が集まった。その場では全員の賛同が得られたが、マンションの所有権を定める区分所有法では解体や建て替えには所有者数の5分の4の賛成が必要とされており、欠席者は「反対」に数えられる。結果、解体の決議には至らなかった。
市はその後、空き家対策特措法に基づき特定空き家に指定。行政代執行による解体に踏み切った。かかった費用は1億1800万円に上る。各所有者に納付命令書を送付しているが欠席者2名のうち1名は長らく所在不明になっており、全額回収のめどは立っていない。現在も7900万円が未回収のままだ(2021年10月時点)。
都内のマンションの17.4%は「管理不全の兆候あり」
この出来事は全国の自治体やマンション管理関係者を震撼させた。2040年には全国のあらゆる都市に廃墟化したマンションが林立する──そんな未来予想が現実味を帯びたからだ。
国交省の調べによれば、2022年末時点で築40年以上のマンションは全国で約125.7万戸に上る。これは全マンションの20%近くにあたり、10年前の29.3万戸から4.3倍に増加した。今後も増え続け20年後には現在の約3.5倍に増加する見込みとなっており、その数は450万戸近くに迫る。
番組では、そうしたマンションが全国で今後どのように増えるかを予測する2040年時点の「〝高経年マンション〟予測マップ」を独自に作成した(図8)。すると、2040年には首都圏の8自治体で3万戸超、近畿では5自治体で2万戸超になることが判明。そのほかにも札幌市や福岡市といった県庁所在地を中心に、18の自治体で1万戸を超えるという試算結果になった。
築40年が目安になるのは、給水管や排水管などの設備の耐用年数が一般的に40年程度であることが理由の1つだ。鉄筋コンクリート造の寿命は100年ともいわれ、築40年を境にすべてのマンションが老朽化するわけではないが、建物を維持するためには長年にわたるこまめな管理や修繕が欠かせない。
ところが、築年数の古いマンションほど管理が行き届いていないのが実情だ。日本で最もマンションの戸数が多い東京都では、1983年以前に建てられたマンション約1万2000棟に対し、管理状況の届け出を義務付けている。
届け出のあった1万440棟中、「管理組合の設置/管理者(管理組合理事長等)の設置/管理規約の存在/組合総会の年1回以上の開催/管理費の徴収/修繕積立金の徴収/大規模修繕工事の計画的な実施」という7項目のうちいずれかが「ない」「いない」と回答した物件は1811棟で17.4%に上った。
こうした7項目はマンションを維持管理するための必須項目として東京都が定めたものだ。この調査で最も多く「ない」という回答が集まったのは「大規模修繕工事の計画的な実施」(11.1%)、次いで「組合総会の年1回以上の開催」(7.3%)となっている。
一般に分譲マンションでは各部屋の所有者全員で組織する管理組合があり、建物の管理運営を行う。所有者は管理費と修繕積立金を毎月支払わねばならず、前者は共用部分の光熱費やちょっとした不具合の修理費、組合の運営費などに使われ、後者は大規模修繕工事、つまり建物の躯体の補強や給排水管の補修、外壁の塗り直しなど、文字通り日頃はできない大掛かりな修繕に備えて積み立てていく。
国交省のガイドラインなどでは大規模修繕は12〜15年に一度の周期で行うことが理想とされる。にもかかわらず、東京都のマンションのうち2000棟近くが40年間で一度も実施したことがないのだ。
都ではこうしたマンションを「管理不全の兆候あり」としている。管理状況の届け出を行っていないマンションも1500棟近くあることを考慮すると、管理不全マンションはさらに多い可能性が高い。
天井が割れ、鉄筋がむき出しになった階段
管理不全が進むマンションではどんなことが起きるのか。東海地方にある築38年のマンションを訪ねた。
大勢の利用客で賑わう最寄り駅から10分も歩かないうちに建物が見えてくる。5階建てのどっしりとした外観はごくありふれたマンションのようだが、近づくと徐々に状態の悪さが伝わってきた。外階段には雨だれの跡が濃く残り、日当たりが良いはずなのにエントランスはどこか薄暗い。敷地内にはお菓子の袋のごみが捨てられている。
「これはクラックですね。コンクリートは長年経つとひび割れが出てくる」
マンション管理士の木村幹雄さんがそう言って指差す先には、大きな裂け目があった。マンションの工法として多用される鉄筋コンクリートはメンテナンスが行き届かないと中の鉄骨がさびて膨張し、覆っているコンクリートを押し出して破裂させる。
そうしてひび割れた箇所から雨水が侵入し、ますますさびが進む悪循環に陥ってしまう。このマンションでは外壁のあちこちにひびが入り、住人が行き来する階段の天井部分も大きく割れていた。
「鉄筋がむき出しになっていますね。頭なんかに落ちますと怪我をすることもあって非常に危ないです」
床を這うひびに沿って水分が染み込んだ共用廊下を進むと、木村さんが「見てもらいたい」というエレベーターがあった。灰色の機体は全体にさびが浮いて汚れ、床と接する部分は欠けている。破片が辺りに散乱していた。
「エレベーターは年に一度、必ず法定点検をして整備しないといけないんですが、やっていなかった。非常に危険な状態だということで止めています。もう7〜8年は動いていないですね」
建物ができた当時、この地域ではエレベーター付きのマンションは珍しく、人気の物件だった。売り出し時のパンフレットを見せてもらうと「独身ヤング向けの快適なワンルーム中心」と時代を感じさせるキャッチコピーが躍っていた。
「修理もしようがなくて取り換えないといけないんですが、そんなお金はない」と木村さんはこぼす。取り換え工事の見積もりは1600万円。ほかにも外壁の補修や塗装工事が2500万円、屋上の防水工事が450万円、給水システムの改修工事は240万円と、すべての箇所を直すには計5100万円程度かかるといわれている。だがこのマンションでは修繕積立金を一切集めておらず、そうしたことを取り仕切るはずの管理組合も長年存在しなかった。
7年前に住人から依頼を受けて木村さんが管理を請け負ったときは、下水のタンクが壊れて建物内に悪臭が漂っているような状況だったという。その後ようやく管理組合ができ、管理費の中から少しずつ積立をして水道や電気など生活に欠かせないインフラ部分を優先して修繕。今日までなんとか維持してきたが、大規模な修繕には程遠い。
危険な管理不全マンションの現状
全50戸のうち現在はちょうど半数の25戸が埋まっており、内6戸には部屋を自ら所有する住人が、そのほかは賃貸入居者が暮らす。木村さんは管理組合の総会のお知らせを全国に散らばる区分所有者全員に毎年送付するが、出席率は低い。
居住していない所有者は特に建物への関心が薄く、中には管理費を滞納している人もいる。ここから管理費・修繕費の値上げは望むべくもない。1階に住む70代の住人は「年金暮らしで手いっぱいで、とてもじゃないがこれ以上お金を出すことはできない。エレベーターが動かないと上の階の人は困るだろうけど、とりあえず自分は今困っていないから……」と本音を漏らす。
木村さんに管理を依頼する住人がいたということは、マンションの状況に危機感を覚えている人はいる証左だ。しかしそれ以上に積極的な姿勢は見えてこない。住人同士の交流はほぼなく、取材中に行き合う人にあいさつをしても返ってくることはなかった。カメラを持って生活空間に入り込んできた人間に対する警戒心と同じくらい、自室の外で人とコミュニケーションをとりたくないという思いを感じた。
木村さんも80歳になり、日々の管理作業が体に響くようになってきた。いつまでこの業務を続けられるかわからない。
「管理不全マンションの現状はこんなに危険なんだと、たくさんの人にわかってもらいたい。これからこういうマンションはどんどん増えていきます」
そう訴える声は切実さを帯びていた。
図/書籍『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』より
写真/shutterstock
老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威(マガジンハウス新書)
2024/1/25
1,100円
248ページ
978-4838775224
2023年10月1日と8日の二夜にわたって放送された『NHKスペシャル』「老いる日本の“住まい”」全2回を、番組の反響を受けて緊急書籍化。人口が減少していく日本各地において、日に日に深刻な社会問題化していく空き家と、好景気時に建てたマンションが住民とともに老朽化、放置されている問題の2点を取り上げる。
不動産価格の高騰やタワマン建設ラッシュの陰でじわじわと進行する「空き家」と「老朽マンション」は、もはや人口の問題と並行として他人事ではないレベルで私たちの前に突き付けられた課題となっている。現状のリポートに加え、日本人の住まいに対する価値観の変化、これらがもたらす社会の未来予測についても番組の丹念な取材をもとに掘り下げる。巻末の付録として、専門家監修による「老いる住まい」への具体的な悩みに応えるQ&Aも収録。問題の解決に向けた第一歩につながるようにも活用できる一冊。
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