フランス美食外交に潜む深謀遠慮──異色外交官が明かす食と政治の深い関係とは
ニューズウィーク日本版 / 2019年8月21日 18時0分
<2020年3月にフランス政府が初めて開く「食のダボス会議」。共同議長を務めるのは、駐日フランス大使などを歴任したフィリップ・フォール元外務事務次官だ。将来を約束されながら一度は外交の世界を離れ、レストランガイドの社長を務めた異色の外交官に、フランス美食外交の真髄を聞く>
フランス政府は2020年3月、食の国際会議「パリ・フード・フォーラム2020」を開催する。エマニュエル・マクロン大統領が共同議長に任命したのは、駐日フランス大使や外務事務次官を歴任したフィリップ・フォールと著名フレンチシェフのアラン・デュカスだ。世界のトップシェフや医療関係者、歴史学者、ジャーナリストら約500人を招き、美食にとどまらず健康や食糧の維持といった「食の未来」について話し合う。
さながら「食のダボス会議」だが、フランスが食分野で主導権を握ろうとするのには理由がある。
年間8940万人という世界最多の旅行者が押し寄せる観光立国のフランスにとって、美食は重要な切り札だ。GDPの約8%を観光が占め、フランス外務省によれば「観光客の3人に1人は、美食を目的にフランスを訪れている」。
だが、政府資金を投じてフランス料理を振興するようになったのはここ10年ほどのことだ。フランス料理がユネスコの無形文化遺産に登録された2010年ごろまで、国を挙げてその魅力を発信することはなかった。
フランス外務省は15年、世界5大陸で同じ日にフランス料理を楽しむイベント「グード・フランス」をスタートし、その規模を年々拡大している。次のステップとして「食のダボス会議」構想が生まれ、美食外交官に白羽の矢が立った。
セーヌ川に浮かぶサン・ルイ島は、ノートルダム大聖堂が建つシテ島と並んでパリ発祥の地といわれ、かつては貴族らが邸宅を構えたフランス屈指の高級住宅街だ。そこに、古い建造物が多いパリの中でも一際歴史を感じさせる17世紀のアパルトマンが佇む。重厚な扉を開け、らせん階段を上ると、上品な紺色のスーツに身を包んだフォール大使自身が筆者を出迎えた。
「このすぐ隣にポンピドゥー元大統領が住んでいたのですよ」。年代物であろう調度品に囲まれた瀟洒なサロンに腰を下ろし、フォールは微笑む。
「(パリ・フード・フォーラムの共同議長に)アラン・デュカスが選ばれたのは当然でしょう。エマニュエル・マクロン大統領が17年、訪仏したドナルド・トランプ米大統領との会食に選んだのは、エッフェル塔内の彼のレストランだった。気候変動サミットの晩餐会でも料理を担当した。そして、このフォーラムは国際会議であり、外交と直結している。政府の内情に通じ、国際的なパイプを持つ人物として、私が選ばれたのだと思う」
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