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JFA田嶋幸三会長、退任会見で任期8年間を回顧「森保監督を信じて戦った」「院政を敷くつもりは一切ない」

ゲキサカ / 2024年3月23日 19時2分

宮本恒靖新会長にバトンを受け継いだ田嶋幸三会長(写真右)

 日本サッカー協会(JFA)は23日、東京都内のJFAハウスで定時評議委員会と臨時理事会を開き、元日本代表DFの宮本恒靖氏が第15代会長に就任することが正式に決まった。同日、退任が決まった田嶋幸三会長が記者会見に出席し、任期8年間を振り返りながら宮本新会長へのエールを送った。

 以下、田嶋会長の退任記者会見要旨。

●田嶋幸三会長
「8年間お世話になりました。私は2016年に会長に選任され、災害も含めていろんなことがあった。特に僕は代表チームが強くなければならないといけないということをずっと言ってきた。自分が技術畑にあり、指導者養成をしてきたこともあったので、そのことを言い続けてきた。2018年のW杯では2か月前にハリルホジッチさんと西野さんを交代した。普通ではありえないことをやることとなった。それはやはり代表チームが絶対に勝たないといけない、強い代表チームでなくてはならないと信念のもと、決断したことであった。そして西野監督を信じ、サポートしてきた結果、(初戦で)コロンビアに勝ち、(ラウンド16で)ベルギーに良い勝負をしてくれたことは西野監督以下、選手たちに感謝したい。あそこで負けていたら自分は今ここにいないし、もっと前に去っていたと思う。

 その後、東京五輪代表に森保監督を決めた時には、『ハリルホジッチさんの後は森保監督が代表チームの監督だ』ということを決めていた。それは西野さんと技術委員長と話し合って決めた。(ロシアW杯では)西野さんの継続論も多くの方から出ていたが、東京五輪の監督を決める時にロシアの後は次が森保監督だと決めていた。これは今だから話していもいいと思うが、西野さんの継続は考えながらも、西野さんと自身と話をしてそのようなことになったのはよく覚えている。

 森保監督は東京五輪ではベスト4に入りながらメダルを取れなかった。選手たちは言えないかもしれないが、自分はメダルを取れる実力があるチームだったと思っている。できることなら有観客でやらせてあげたかったのが本音。負け惜しみと捉えられるかもしれないがそう思っている。その2週間後、代表が招集され、(W杯最終予選の)オマーン戦に臨んだが、(東京五輪で)6試合フルに戦った選手がかなりの人数いて、オマーンを甘く見ることはなかったが、1-2で敗れる結果になった。その後に中国に勝ったが、サウジアラビアに敗れ、これ以上はというところまで追い詰められた。その中でも森保監督をサポートし、森保監督を信じ、予選を一緒になって戦った。コロナ禍ではあったが、彼をサポートしてきた。これは彼の友人であるからとか、好きだからとかでやってきたわけではない。もっとふさわしい人がいるなら代えたかもしれないが、本当に日本代表を強くするためには、これは森保監督自身にも伝えたが、一番ふさわしいのが彼であるという信念のもと、彼に継続して監督をずっとやってもらった。その結果、カタールW杯で素晴らしい結果を出してくれたことに本当に感謝している。

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