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まるで電車に乗る感覚…ベテランカウンセラーが富士急ハイランドの絶叫マシーンに10回以上乗った驚きの結果

プレジデントオンライン / 2023年9月3日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pressdigital

高所が怖い、スピーチが怖いという人は、どうしたらその恐怖を克服できるのか。30年以上の経験を持つ、認知行動療法を得意とするカウンセラーの伊藤絵美さんは「認知行動療法の主要技法の1つに『曝露療法』がある。これは、恐怖の対象をあえて避けず、その場に自分をさらすものだ。私もスカイダイビング、絶叫マシーン、バンジージャンプ、学会での質問など、自分が恐怖を感じるものについて曝露療法を試してみた」という――。(第3回/全3回)

※本稿は、伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)の一部を再編集したものです。 

■エクスポージャー(曝露療法)をいろいろ試した

エクスポージャーとは認知行動療法の主要技法の1つで、日本語訳だと「曝露(ばくろ)療法」というおどろおどろしい名前がついています。

「曝露」とは「さらす」という意味です。私たちは普通、不安や恐怖や不快を感じる対象は避けたいですよね。たとえば高所恐怖の人であれば、高いところに行って下を見渡すのは怖いから避けたいと思います。スピーチ恐怖の人であれば、人前でスピーチをするのはとても不安なのでやはり避けたいでしょう。パニック症の人で、電車で発作が起きそうであれば、電車に乗ること自体を避けようとします。

しかしエクスポージャーでは、あえて避けずに、その場に自分を「さらす」のです。

そしてさらすことによって生じる恐怖心や不安感や不快感にも自分をさらし、それらのネガティブな感情をそのまま感じようとします(このへんはマインドフルネスとも重なりますね)。エクスポージャーをしているうちに、あるいはエクスポージャーを繰り返しているうちに、私たちはさらすことに慣れていき、ネガティブな感情に耐えられるようになり、場合によってはネガティブな感情のピークが徐々に弱まっていきます。

そうすると、従来であれば避けていた状況を避ける必要がなくなり、自分にとって必要な行動が取りやすくなっていきます。これがエクスポージャーのメカニズムで、先ほど紹介した高所恐怖などの不安症を抱える人は、エクスポージャーによって大幅に回復することがよくあります。

さて、私や私のオフィスのスタッフたちは認知行動療法のカウンセラーとして、多くのクライアントにエクスポージャーを実践してもらっています。認知行動療法の場合、クライアントに実践してもらう技法は、カウンセラー自身が実践しておく必要があります。

そういうわけで、一時期、私たちは様々なエクスポージャーを集中的に実践しました。それがとても面白かったし役に立ったので、ここで紹介してみたいと思います。

■怖がりの人でもここまでの変化が起きる

ちなみに私は結構な怖がりです。怖いことが大好きなのではありません。そういう怖がりの人でも、ここまでのことができる、ここまでの変化が起きる、というのがエクスポージャーという技法の面白さです。怖がりの人ほど、参考にしてもらうとよいのではないかと思います。

スカイダイビング

まずは思い切って、ずっとあこがれだったスカイダイビングに2度、皆と挑戦しました。お値段がかなり高いのですが、そこは「エクスポージャーの練習だから」と言い訳しながら(笑)。

私たちが参加したツアーは、セスナに乗って4000メートルの高さまで上昇し、そこからダイブするというものでした。高度1000メートルぐらいでパラシュートが開くので、3000メートルぐらいはフリーフォールということになります。4000メートルの高さから生身でダイブするのは、めちゃめちゃ怖かったけれども(マジでちびりそうでした)、やってしまえば、気持ちがよいというか、爽快感がすごいというか、とにかく圧倒的にすごい体験でした。

終わったあとは、「やり切ったぜ!」と無駄に自己効力感が上がり、若干ハイになりました。エクスポージャーによって少々ハイになるクライアントさんがおられますが、「こういうことか」と納得しました。

ただし、私たちのようなライセンスのない人間はインストラクターとタンデム(2人で一緒に飛ぶ)でやるしかなく、曝露としては若干主体性に欠けるのと、とにかくお金が万単位でかかるので、そうそう気楽にチャレンジできるエクスポージャーではありません。とはいえ、機会があれば、またトライしてみたいと思っております。

スカイダイビング
写真=iStock.com/vuk8691
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vuk8691
富士急ハイランドの絶叫マシーン

次に私たち「曝露部」(そういう部活を作りました!)がチャレンジしたのは、遊園地の絶叫マシーンです。

私が思うに、日本一、絶叫マシーンをあれこれ楽しめる遊園地は、山梨県にある富士急ハイランドです。普通に富士急ハイランドに日帰りで行って、絶叫マシーンに乗ろうとすると、休日だと待ち時間が1、2時間となってしまい、1日にそう何回も乗れません。

一方、エクスポージャー的には、繰り返し体験することが重要です。繰り返し恐怖の対象に自分の身と心を「さらす」ことで、恐怖のピークが下がってくることを実感したいからです。

そこで私たちは毎回、富士急ハイランドのオフィシャルホテルに前泊することにしました。そうすると当日優先的に30分早く入園できます。そして開園時間と共に「優先乗車券」を販売する窓口で、1枚1000円(当時)で並ばずに絶叫マシーンに乗れるチケットを何枚も大人買いします(少々下品ですが「金に物をいわせて」という感じです)。

■1日合計8回絶叫マシーンに乗った

当時確か1人8枚まで購入できました。つまり並ばずに1日合計8回も「フジヤマ」だの「ええじゃないか」だの「ド・ドドンパ」といった絶叫マシーンに乗りまくることができます。それで実際に乗りまくりました。それを1回きりでなく数年続けました。つまり私はフジヤマもええじゃないかも、計10回以上は乗っていることになります。

私が1番好きなフジヤマを例にとって、それがどんな体験だったかご紹介しましょう。

フジヤマはシンプルなジェットコースターで、最初は地上79メートルまでゴトゴトとコースターが上がっていって、しばらく止まったあと、落下が始まります。私が数えたところものすごいスピードで13回落下を繰り返す仕組みになっています。

乗らずに外から眺めているだけで、えぐいコースターであることはわかります。乗っている人の悲鳴も響き渡ります。

初めて乗ったときのことは今でも忘れられません。上に登っていくときから怖くて怖くて、美しい富士山を堪能する心の余裕もありません。そして登り切って一瞬の静寂のあと、落ちては登り、落ちては登り、恐怖で悲鳴を上げながらそれに翻弄(ほんろう)されているうちに終わってしまいました。もう何が何だかわからない恐怖体験でした。

それが2度目に乗り、3度目に乗り……と繰り返しているうちに、不思議と余裕がわいてきます。落下するたびに「1回目~」「2回目~」などと数えられるようになってきました。富士山の美しい姿をそのまま眺めて堪能できます。落ちるときの風を切る感じ、あの何ともいえない内臓がふわっと持ち上がる感じも、そのまま感じられるようになりました。

だんだん怖くなくなってきたので、悲鳴を上げることもなくなりました。逆に楽しくて笑っちゃったりしていました。そう、これがエクスポージャーによる変化というか効果なのです。曝露し続けることによって、反応が軽く、小さくなっていき、余裕が出てきます。最初に感じていた恐怖や不安は、最後にはほとんど出なくなってしまいました。

■まるで仏様のようだった

最後にフジヤマに乗ったときのことを、私はよく覚えています。乗るのを待っている間、他のお客さんのグループはみんな高揚し、「こわーい」とか「どうしよう」とか「やばい」とかいっているのに、私たちのグループだけはとても落ち着いており、チーンとしています。

私たちはもう、電車を待っている人たち程度の落ち着きを得てしまったのです。心拍数も全く上がりません。マシーンに乗り込んでも、何とも感じません。本当に電車に乗るような感覚です。ゴトゴトと上がり始めて、だいぶ高いところまで行くと、やはり周囲の人たちは「こわーい」「やばーい」といいながら、みな高揚しています。でも私たちは、先ほどと同様、完全に落ち着いており、チーンとしたままです。まるで仏様のようだな、と思ったことを覚えています。

■心だけでなく身体の反応を大きく変える

そしてそのとき、「ああ、私はもう2度と、このフジヤマに乗って、キャーキャー興奮することはできないんだ」という自動思考が出てきて、一瞬、寂しく感じたのです。そして改めてエクスポージャーという技法の威力を実感したのでした。エクスポージャーは心だけでなく身体の反応を大きく変えてしまうのです。それを身をもって知った体験でした。

ちなみに私はその後、頸椎を痛め、「ジェットコースター禁止」というドクターストップを食らってしまいました。今後もう一生、絶叫マシーンに乗ることはないと思いますが、それについても残念に思うというよりは、「もう一生分乗ってしまったからいいか」と満足感を抱いています。実に楽しく、充実したエクスポージャー体験でした。

バンジージャンプ

そして、とうとう私たち「曝露部」は、バンジージャンプに手を出しました。まずは、当時、日本で最も高いバンジージャンプがあった群馬県の水上(みなかみ)に皆で出かけることにしました。

みなかみの場合、橋から川に向かって約40メートルの高さからダイブします。40メートルとはマンションの12階に相当するそうです。バンジーの場合、インストラクターと一緒に飛ぶスカイダイビングとは違い、また乗れば勝手に機械が動いてくれる絶叫マシーンとも異なり、自分の足で踏み切って飛ばないといけません。不謹慎ないい方かもしれませんが、「リアルな身投げ」なんです。

これは本当に怖いし、勇気と思い切りがいります。パニック症で電車に乗れない人がエクスポージャーをするときは、自らの足で電車に乗るしかありません。それと似ています。エクスポージャーに挑むクライアントさんたちはなんて勇気があるのだろう、とあらためて敬意を感じました。

ともあれ、バンジーのスタッフのカウントダウン(「3、2、1、バンジー!」)の声に乗って、文字通り死ぬ気でダイブしました。恐怖の絶頂からの飛び降りです。ところが飛び降りた直後、落下するほんの短い間に感じたのは、得もいわれぬ解放感でした。「解き放たれるってこんな感じなんだ!」という自動思考が出てきたのを今でも覚えています。これは私にとってものすごく大きな体験でした。

エクスポージャーという意味では、バンジーについても、1回きりではなく、何度も繰り返すところに意味があります。そういうわけで、同じ日に2回目も飛び(2回目は割引になります)、翌年にも、さらにその次の年、さらに3年後4年後にも、皆でみなかみに行き、毎回2回ずつ飛びました。計10回飛んだことになります。

■「普通のこと」になっていった

その結果は、富士急ハイランドのフジヤマと全く同じでした。最初はあれほど怖かったダイブが、「普通のこと」になっていきました。多少の怖さはありますが、最初に感じた強大な恐怖を感じることはもうなくなってしまいました。パニック症の人がエクスポージャーの最初は死ぬ気で電車に乗ったのに、繰り返すうちに大丈夫になっていくのと、おそらくプロセスは同じだと思います。エクスポージャーの体験としてバンジージャンプはうってつけでした。

学会での質問

最後にちょっと真面目なエクスポージャーの話を。

伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)
伊藤絵美『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社)

学会で大勢の人の前で話したり質問したりするのも、私にとってはエクスポージャーです。というのも、元来、その手のことが苦手だからです。小さい頃から習っていたピアノも、発表会だと緊張しちゃってミスばかりしてしまうような子でした。だから学会で発表したり質問したりするのも、声や手が震えてしまい、滑舌が悪くなったり、いいたいことがうまくまとめられなくなったりしてしまい、やはりとても緊張します。

発表はまだいいんです。発表する内容をすでに準備しているので、それを話せばいいのですから。最も緊張するのは、フロアから質問するときですね。発表者に対してどうしても質問して確認したいことがある。でも皆の前で「はい!」と手を挙げて、マイクのところまで歩いて行って質問するのは、とても緊張する。「だったら質問するのを止めちゃおうかなあ」と思って、実際に質問することを回避して、あとで「訊いておけばよかった」と後悔することが何度もありました。

そこで私は決意したのです。「訊きたいことがあったら、エクスポージャーだと思って、勇気をもって質問しよう」と。

そういうわけで、今でも緊張しますが、「今こそエクスポージャーのチャンスだ!」と自分にはっぱをかけて、手を挙げて、声や手足が震えても、質問したいことを質問するようにしています。エクスポージャーという技法のおかげで、自分にとって大切な行動を取ることができるのです。

以上、いくつか私自身のエクスポージャー体験をご紹介しました。人間、生きていれば、苦手なこと、不安なこと、怖いことは避けられないときがあると思います。そんなときに、「あ、これはエクスポージャーのチャンスだ!」と思えると乗り切りやすくなるかと思います。私自身、今後もそうやって生きていこうと思っています。

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伊藤 絵美(いとう・えみ)
公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。主な著書に、『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房)、『自分でできるスキーマ療法ワークブックBook1&Book2』(星和書店)、『ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK1&BOOK2』『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1&BOOK2』(いずれも医学書院)、『イラスト版 子どものストレスマネジメント』(合同出版)、『セルフケアの道具箱』(晶文社)、『コーピングのやさしい教科書』(金剛出版)などがある。

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(公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士 伊藤 絵美)

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