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視聴者から「危険な映像」を集めつつ、自分たちは「安全な場所」にいる…災害報道で視聴率を稼ぐテレビ局の罪

プレジデントオンライン / 2023年9月1日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PhotoTalk

災害報道に求められるものとは何か。神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「近年の災害報道は一般人が撮影した『視聴者提供映像』に依存している。テレビの役割は、生々しい映像によって被害の実情を伝えるところにもあるが、身を守ってもらうべき視聴者からの映像を乱用するべきではない」という――。

■台風中継の「安全を確保してお伝えしています」

きょう9月1日は、「防災の日」だ。関東大震災から100年を迎えた。

今年の夏は、異常な暑さに加え、お盆休みを台風が直撃し、例年にも増して災害列島・日本を印象づけている。

テレビ各局では、いわゆる「台風中継」がこれでもかと繰り返された。

台風の上陸や接近が予測され、雨や風が強まる場所から、アナウンサーや記者が、立つのもやっと、といった中で状況を伝える。こうした中継は、夏から秋にかけての風物詩となって久しいものの、ここ数年で強まっている、ある傾向を気にしている人も多いのではないだろうか。

「安全を確保してお伝えしています」との言い訳である。

以前は、NHKの専売特許と思われていた。私が関西テレビに勤めていたころ、何度か中継現場を担当したときもそうだった。

「NHKは車や建物に引きこもってる。あれじゃ、臨場感は伝えられない」と、民放各局は揶揄していたのである。

しかし近年では、すべてのテレビ局がこのエクスキューズを使っているかに見える。

おそらく視聴者からの苦情への対応であり、より細かく言えば、クレームが寄せられないための予防に違いない。

ここまでなら、テレビ局が、品行方正というか、事なかれ主義になった、だけの話で済むが、この先に問題がある。

■一般人が撮影する「スクープ映像」

NHKの「スクープBOX(*1)」をはじめテレビ各局は、視聴者投稿を広く募っている。

テレビ朝日の「みんながカメラマン(*2)」が代表する通り、取材を仕事としていなくても、いや、仕事としていない、ふつうの人だからこそ「あなたのスクープ映像」(当該テレビ朝日のサイトより)を撮影できる。

マスメディアは、どこかで何かが起こってからでないと、その「現場」に行けない。

そこで「台風中継」は、強い風雨が予想される地点に行って、いままさに被害が起きつつあるかのような実況をして、ライブ感を高めるのである。

これに対して「あなたがスマホやビデオカメラで撮った感動・驚きの映像(*3)」(TBS「スクープ投稿」のサイトより)は、何気なくスマホのカメラを動かしていたときに、記録的大雨、土砂崩れ、といった予期せぬ映像を、たまたま撮れてしまう。

■「視聴者提供映像」に依存する日本の災害報道

NHKは、さすがに「撮影や投稿を行う場合は、安全に十分気をつけてください」(NHKスクープBOXのサイトより)と、注意をうながしているとはいえ、ほかの民放局は、ひたすらネタをおねだりしている。

フジテレビ系列にいたっては、「あなたの撮った映像や写真が、FNN各局のニュース番組で採用されるかも……⁉(*4)」と、虚栄心を煽るばかりで、撮影者の安全確保は、まったく考えていない。

「衝撃映像」を売り物にしたテレビ番組のほとんどが、YouTubeをはじめとする動画投稿サイトの流用と言っても過言ではないのと同じく、いまや日本の災害報道は「視聴者提供映像」に依存しているのではないか。

視聴者の側は、「採用されるかも……⁉」との甘い誘いにそそのかされて、みずからの危険をかえりみず無茶をしている場合もあるのではないか。

■映画『イントゥ・ザ・ストーム』の描いた近未来?

2014年に公開された映画『イントゥ・ザ・ストーム(*5)』では、「ストームチェイサー」と呼ばれる人々の姿が描かれた。

彼らは、竜巻(ストーム)にできる限り近づき、身を危険に晒して撮った映像を、テレビ局に売ったり、研究に役立てたりして生計を立てている。

日本では、まだポピュラーとまでは言えないし、視聴者投稿をするために無茶をして命を落とした事例は、少なくとも大きな議論にはなっていない。

ただ、テレビ各局が、災害からも苦情からも自分たちの身を守ろうとするあまり、本来なら何よりも優先すべき視聴者の身の安全を危うくしているとしたら、本末転倒でしかない。

それどころか、こうしたマスメディアの姿勢が、災害報道そのものをエンタメとして消費する姿勢を助長している、そこを憂慮しなければならない。

ニュース速報を報告するカメラの前のリポーター
写真=iStock.com/andresr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/andresr

「こんなにすごい被害が!」と驚き、「被災者のみなさんが心配です」と同情し、「一刻も早い支援が望まれます」と政府や行政の尻を叩く。

一連の報道は、投稿映像をはじめ視聴者の立場にもとづいている。弱者の味方であり、その見方をもとにした視線は、共感を呼ぶばかりで、どこからも批判されない。

被害者に過剰とも言えるほど感情移入する報道は、かえって、何が安全なのかを置き去りにし、恐れと焦りを増やす結果となりかねない。

災害報道は、正しく恐れさせなければならないが、パニックにさせてもならないし、無自覚に高みの見物を決め込む人たちを増やしてもならないのである。

■鉄道各社の「計画運休」を支持するネット世論

他人事だから、とまでは言えないが、ここ数年の鉄道各社による「計画運休」をめぐるネット世論には、こうした最近の災害報道の難しさがあらわれている。

雨量計が規制値に達した時点で、安全な運行を確保するために運転を見合わせる、これは、誰しもが納得するし、当然である。

かたや「計画運休」は、どうか。

たしかに、電車に大勢の利用者を乗せたまま立ち往生するよりは、あらかじめ運転をやめたほうが被害を少なくできるときもある。

今年1月24日の大雪の影響で東海道本線(JR京都線・琵琶湖線)が立ち往生し、乗客およそ7000人が車内に閉じ込められ、最大では9時間50分も出られなかった人が出た。このトラブルは記憶に新しい。

運行していたJR西日本は、2005年に福知山線で脱線事故を起こし、乗客107人を死亡させていることから、安全には同業他社にも増して高い意識を持とうとしてきた。

同社が先月15日の台風7号の接近に伴って行った「計画運休」は、その意識のなせるわざだったのかもしれない。

2023年8月14日、東京駅の東海道新幹線切符売り場で、切符を交換するために並ぶ乗客たち。強力な台風7号が西日本に接近する中、JR東海とJR西日本は15日から東海道・山陽新幹線の名古屋―新大阪間と新大阪―岡山間の運転を見合わせると発表した。
写真=EPA/時事通信フォト
2023年8月14日、東京駅の東海道新幹線切符売り場で、切符を交換するために並ぶ乗客たち。強力な台風7号が西日本に接近する中、JR東海とJR西日本は15日から東海道・山陽新幹線の名古屋―新大阪間と新大阪―岡山間の運転を見合わせると発表した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■ネットで炎上した辛坊治郎氏の発言

同社が果たしてどれほど安全性を高めてきたか、その成否は置こう。

キャスターの辛坊治郎氏が、「JRの計画運休は旧国鉄時代の名残か。責務も自覚を」とラジオ番組で述べた(*6)ところ、彼がその放送で言及したネット世論によって叩かれた(*7)

辛坊氏個人への批判と、彼の意見への賛否が混ざり、論点が拡散していく……。いかにもネット世論らしい展開なのだが、「計画運休」についての問題提起を見逃してはならない。

人々の移動手段を制限してでも安全を確保する、その観点で「計画運休」が支持されるのなら、テレビ局は視聴者の身を守るために虚栄心を抑えなければならない。

東日本大震災を機に、テレビ・ラジオ各局は、「逃げてください!」との大声での連呼をためらわなくなった。混乱を防ぐために抑え気味に放送するばかりではなく、行き過ぎに思えたとしても、見る側の命を大事にする。覚悟を決めたと言えよう。

■災害報道は何を優先し、どうするべきなのか

もちろん、テレビの役割は、生々しい映像によって、被害の実情を伝えるところにもある。

いままさに災害が起きつつある場所の状況は、現地にとどまらず、全国や全世界に届く。インパクトを持った映像は、多くの支援へとつながるし、政府を動かす。

だからといって、自分たちは「安全な場所から中継しています」と優等生を決め込み、身を守ってもらうべき視聴者からの映像を乱用して良いわけではない。

100年前の日本には、ネットは言うまでもなく、テレビどころかラジオも放送されていなかった。

見る側が被害を投稿する未来があるとは、誰も思っていなかったかもしれない。

私ごとながら、関東大震災の半年前に東京・日本橋で生まれ被災した祖母は、8年前に亡くなるまで繰り返し、その地獄絵図を語ってくれた。

実感を伴う震災の記憶は遠くなったとはいえ、それゆえに、あらためて災害報道が何を優先し、どうするべきなのか、誰かを叩くためではなく、フラットに考えなければならない。

きょう、9月1日は、そのためにこそ忘れてはならない日なのである。

(*1)NHK「スクープBOX」
(*2)テレビ朝日「みんながカメラマン」
(*3)「TBSスクープ投稿」
(*4)「FNNビデオPost」
(*5)『イントゥ・ザ・ストーム』
(*6)「台風7号直撃で関西の鉄道がまひ 「JRの計画運休は旧国鉄時代の名残か。責務も自覚を」辛坊治郎が注文」ニッポン放送 NEWS ONLINE 編集部、2023年8月15日
(*7)「辛坊治郎氏『簡単に止めすぎ」JR計画運休への私見に『無責任男』集まる批判『遭難で救助された人が言っても』」Smart Flash、2023年8月16日

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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