「ピアノ・レッスン」30年前に撮られたすごい映画 普通とはちがうコミュニケーションで発情する二人、それぞれの人生の孤独【二村ヒトシコラム】
映画.com / 2024年3月30日 22時30分
スチュワートの叔母(この女性が実質スチュワート家を支配していて、嫁に来たエイダのことは産む機械としか思っておらず、スチュワートは一種のマザコンであることがわかります)に、フローラは「自分のお父さんはお母さんのピアノの先生だったけど、お父さんは雷に打たれて炎につつまれて焼け死んで、それから私が生まれたの」などと、エイダからそう聞かされているのだろう明らかにフィクションであるエピソードを語ります。言葉で語られる自分の嘘の出自。こういう一筋縄ではいかない細部がこの映画、本当にたまらないんですよ。
エイダはベインズに、ピアノをスチュワート家まで運んでくれないかと頼みますが、ベインズは何を思ったのかスチュワートに「先住民から買える土地を紹介するから、替わりにあのピアノをおれにくれ」ともちかけ、自分が一人で住んでる小屋に運びこみます。そしてエイダに「おれもピアノが弾けるようになりたいんで、教えてくれ。最初はあんたが弾いて見せてくれ。今このピアノはおれのものだが、おれにピアノを聴かせてくれたら、そのたびに少しずつ、鍵盤のキーひとつぶんずつ、あんたに返していこう」と提案します。こうしてレッスンが始まります。
▼ピアノのレッスンを介し、官能的に深まっていく二人の関係
ピアノを弾くときエイダの感情は揺れます。美しい音色を聴きながらベインズは、そんなエイダをガン見しています。そして「弾いてるときの腕が見たいから上着を脱いで弾いてくれ」と言って、そのエイダの腕に触ったり、ぜんぜんピアノと関係ないのに「スカートをめくったまま弾いてくれ」とか、いろいろエッチな要求をしていく。エイダはそれに少しずつ応じることで少しずつ、本来自分のものだったピアノを取り戻していく。
このニ人の、恋というよりも、ある取引を通じて欲情していく展開。エイダは言葉は発しないわけですからこれも僕の解釈にすぎないのですが、ベインズにいろいろ求められながらピアノを弾いているときエイダ自身も発情していると僕は思います。僕は「ピアノ・レッスン」は純愛のドラマとか不倫の恋のドラマとか呼ぶよりも、普通とはちがうコミュニケーションの仕方をするニ人の発情のドラマと呼ぶべきだと思うのです。その発情から、二人それぞれの人生の孤独が見えてくる。
ベインズは強引なことはしませんしニ人の仲が深まっていく過程はとても繊細に描かれていますが(ベインズは自己嫌悪に陥ったりもします)、それでもエイダはピアノを取り戻すためにベインズに逆らえないといえば逆らえないわけだし、言葉でエイダの同意をとれてないベインズの誘惑は威圧的だと感じる人もいるでしょう。いきなりちんこも見せるし。ピアノを弾く行為そのものを性のメタファーとして撮ってるこのシーンを「けしからん」と感じる人もいるかもしれません。そもそもピアノを弾いてる女性にボディタッチをする男というのが不謹慎です。
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