1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

大量の管理職が少ない若手医師にバンバン仕事を投げる…「旧帝大病院より美容クリニックに就職したい」ワケ

プレジデントオンライン / 2023年9月1日 11時45分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

2023年8月、ある若手医師(26)の過労自殺ニュースが報じられた。

神戸市内の病院に勤め、2020年度から研修医、2022年度からは内科専攻医(旧後期研修医)として消化器内科で働いていたが、2022年5月に自宅で自殺した。死後の調査で「死亡まで100日連続勤務」「直前1カ月の時間外労働208時間」だったことが認定され、労働基準監督署によって労災として認定された。

■病院側vs.遺族、埋まらない溝

病院は8月17日に記者会見し、「認定された時間外労働には、高度な専門性を身に付けるための自己研鑽(けんさん)や睡眠時間などが含まれている」として、「全てが労働時間にあたるわけではない」と主張。「自主性を考慮した職場環境で、過重な労働を課した認識はない」との見解を示している。

一方、遺族の記者会見によると、2022年2月ごろから業務量が増え、遺書には「知らぬ間に一段ずつ階段を昇っていたみたい」「おかあさん、おとうさんの事を考えてこうならないようにしていたけれど限界です」と記されていたそうで、病院側に民事裁判で損害賠償を求める意向を示した。

■医師の「働き方改革」は2024年度から施行予定だが…

2019年4月から、いわゆる「働き方改革関連法」が施行され、一般労働者には「残業時間の上限(年720時間)」「勤務間インターバル」などが施行されるようになった。一連の改革によって、厳守されてはいないものの「昔よりは仕事が楽になった」と感じるビジネスパーソンも増えているかもしれない。

しかしながら、医師に関しては「長時間労働の背景に業務の特性があることから、時間外労働の上限について適用が5年間猶予」さらに「時間外労働最大年1860時間(月155時間相当)」と、定められた。

それでも、2024年度から施行される「罰則付き時間外労働制限」で負担軽減に淡い期待を持つ医師も存在したが、本事件によって現実を思い知らされた。

■文春砲が暴いた“自己研鑽”の真実

2024年4月からの医師の「働き方改革」施行が近づくにつれて、勤務医がよく聞くようになったフレーズがある。「自己研鑽」である。病院に入院患者がいる以上は、当直を行う医師は不可欠だ。そして、「当直(17時~翌9時)」を月5回行えば、それだけで「時間外労働月80時間」を超えてしまう。

本来の自己研鑽とは「自らの知識の習得やスキルアップを図るために自主的に行う学習や研究」のはずだが、「長時間労働厳禁」を要求された病院管理職は、「労働時間を圧縮しつつ、人件費を節約する魔法の言葉」として「自己研鑽」を多用するようになった。

聴診器は手に持ち、腕を組んでいる医師
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

例えば、「夜中に緊急手術になったが当直医だけでは手が足りないので、若手医師を呼び出して“自己研鑽”として手術を手伝ってもらう」のようなケースである。

さらにこういうケースでは、当直医は当直手当金をもらって朝には帰宅できても、呼び出された若手医師は「自己研鑽(≠時間外労働)」なので「深夜の無料奉仕かつ、翌朝から通常業務」となりがちなのだ。本事件の病院側も「出勤している時間すべてが労働時間ではなく、自己研鑽や休憩も含まれる」「(死亡前月の時間外業務)申告は30時間30分」と主張している。

一方、遺族も記者会見で「常識的な残業申請をするように。若い頃から経験より金を取るのは駄目だ」と、病院側に叱責されたエピソードを公表し、「時間外労働の実態は申告よりはるかに多かった」旨を主張している。

文春オンライン8月21日号「《「院外持出厳禁」文書入手》 病院が職員に配った「あれも業務外、これも自己研鑽」マニュアル」記事は“自己研鑽”の実態を世間に広く示した。

同記事によると、同院で事件後に作成された「医師の時間外労働と自己研鑽についての取り扱い指針」によると、「手術や処置等の予習や振り返りは自己研鑽」「(業務/自己研鑽は)最終的には上司が判断します」などの文言が並んでいた。「長時間労働の軽減」「再発防止」というより「書類上の労働時間を減らして、病院管理者の罰則を避けたい」としか思えない内容であった。

■医療界に根強く残る年功序列文化

大学病院や有名病院の多くは公立病院であり、令和になっても年功序列文化が強い。常勤医はめったにクビにはならず、管理職として決定権を持っているのは60~70代の高齢男性がほとんどだ。

高齢管理職医師は概して「若手はベテランの決定に従うべき」「最初の10年は24時間体制で滅私奉公すべき」という昭和的感覚から卒業しておらず、その結果「めんどくさい問題は若手に押し付ける」ことで職場内の諸問題を片づけたと錯覚しがちだ。

それでも昭和時代のように「外科や内科には、毎年10人以上の若手医師(しかも男性が大部分)が就職する」時代ならば、組織はピラミッド型となり、年功序列にモノを言わせて「雑用は若手」方式でも組織は回った。

しかしながら、近年の若手医師は自分の生活優先タイプが主流となり、かつてメジャー科と呼ばれて花形だった外科や内科は「拘束時間が長くコスパが悪い」と不人気科となり、新規就職者も減少の一途である。

加えて、女医率は上昇の一途であり、育休・育児時短は「当然の権利」となった。それ自体は問題ないが、同僚が育休や時短を取得しても患者数や仕事量は変わらない。育休時短職員の仕事の穴埋めは、同僚や後輩の無料奉仕でカバーされることが多く、特に若手男性医師は穴埋め要員とされやすい。

本病院のホームページを確認すると内科に女医は少なくないし、また内科の中だけでも「部長」「診療部長」「参事」「消化器センター長」「副院長」「院長代行」……と序列は不明だが管理職を想起させる肩書の医師が多い。「不人気内科の少ない若手」「多い管理職」「増える女医率」のような環境で、「内科には毎年10人就職」だった昭和的感覚の管理職が数少ない若手医師にバンバン仕事を回せば、若手医師はメンタルを病んでしまっても不思議はない。

■大手美容外科就職者数が東大病院を上回る

内科外科の不人気と表裏を成して、美容医療への就職が大人気である。美容外科を全国展開するTCB東京中央美容外科の2022年医師採用実績は119人だったそうで、大学病院研修医採用数ベスト3の東大病院(97人)、東京医科歯科大(94人)、京大(75人)を超える時代となった。

画像=TCB採用求人サイト「医師・クリニックスタッフ・バックオフィス募集」より
画像=TCB採用求人サイト「医師・クリニックスタッフ・バックオフィス募集」より

「初年度平均年俸2500万円」とうわさされる一方で「コロナ前は3000万円だったのに」「1年で3割が雇止め」とささやかれる厳しい世界であるが、若手医師の就職は増加の一途である。

美容外科の魅力は高年収もさることながら、「報酬や職務内容(ジョブ)を明確に定義して職務記述書を締結する」という医療界ではまだまだ少数派のジョブ型雇用にあると思う。

■無能な人はすぐ淘汰される「ジョブ型」がいい

「地方出張や長時間労働は報酬で報われる」「年功序列文化が薄くアラサーで院長可能」「時短勤務も可能だがフルタイム同僚と報酬差があるので軋轢がない」といったジョブ型の雇用スタイルが若手医師を引き付けるのだろう。

「雇い止めされやすい」という不安定雇用も「ダメな同僚は淘汰されるので、長期間フォローしなくても良い」「働かない高齢高級管理職がいない」と好意的に受け取る若手も多い。

また、渉外弁護士事務所や外資系コンサルティング業界も激務で有名だが、若手の人気は高く過労自殺ニュースを聞かない。というのも、美容外科同様のジョブ型雇用であり、長時間労働は報酬で報われるし、優秀なら若手でも出世できるし、ダメ管理職は淘汰されるからだろう。あるいはメンタルを病んだ職員は早めに雇い止めされるので、自殺まで追い込まれにくいとも言える。

過労自殺は「長時間労働」のみで発生するのではなく、「報われない長時間労働」で発生しやすい。そして「助け合い」「奉仕の精神」のような聞こえの良いフレーズで無償労働を強要する日本型年功序列雇用が続く限りは、医師に限らず過労自殺はなくならないだろう。

今後のさらなる女医率上昇が不可避である以上、年功序列組織の破綻は時間の問題である。

撲滅すべきは「長時間労働」ではなく「長時間サービス残業」である。小手先の労働時間制限よりも、美容外科や外資系のようなジョブ型雇用の導入こそが過労自殺対策であり、同時にそれが女医支援策となり、内科外科へのリクルート策やプロフェッショナルファームとしての職場の健全化にもつながるだろう。

----------

筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

----------

(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください