これで歳を重ねても生涯現役でいられる…宮沢賢治「雨にも負けず」が伝えている人生で最も大切な要素
プレジデントオンライン / 2024年4月30日 15時15分
※本稿は、坂東眞理子『与える人 「小さな利他」で幸福の種をまく』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■人は他人の不幸に接すると心を痛める
「感謝する心」の基本は、他人の境遇や気持ちを推しはかる力です。
つまり「共感力」です。これは利他心を育む基礎中の基礎です。
性善説や性悪説など、人間性というものに対してはさまざまな見方がありますが、サイコパシーのような病的な性格でない限り、人は他人の不幸に接すると心を痛めます。
ロシアの侵略に苦しむウクライナの人々、イスラエル軍との衝突で犠牲が増えるばかりのパレスチナ・ガザ地区の人々、地震に被災した人々、飢餓に苦しむアフリカの子どもたちの映像などを見ると、ほとんどの人が「つらいだろうな」「悲しいだろうな」と感じるはずです。
身近な例でも、若くして配偶者を亡くした人、子どもの犯罪に苦しむ親、貧しくて学校に通えない子どもたちなどを見ると、気の毒に思うのが普通です。これが「共感力」。多くの人々は、多かれ少なかれ苦しみや悲しみのなかにいる人への共感力を持っています。
苦しみや悲しみばかりではありません。他人の幸せや成功をわがことのようによろこぶのは、一般的には難しいことですが、それが自分の子どもや配偶者なら、自分のことのようにうれしく感じるはずです。
いえ、わが子の成功は自分のこと以上にうれしいという人もいます。スポーツチームの監督やコーチ、塾の教師なども、教え子たちの活躍や成功をわがことのようによろこびます。また「推し活」のように、ファンとしてアーティストやスポーツ選手の活躍をよろこぶ人もいます。
■共感力の高さは育った環境も影響
よくいわれるように、よろこびは、ともによろこぶ人がいると倍増し、悲しみは、ともに悲しんでくれる人がいると半減します。
人生の節目節目の儀式や、結婚式、お葬式などにみんなで集まるのは、結婚をみなでよろこび、人の死をみなで悼む機会を持つことで、よろこびを倍増させ、悲しみを半減しようという、古来の知恵に違いありません。
しかし、この共感力も個人によって差があります。同じ共働き家庭でも、親が忙しくて時間に追われていることがわかって助けようという子どももいれば、親の忙しさなどまったく気にせず、自分の要求だけしか考えない子どももいます。
学校でも、いじめられている友達の様子が変だと気づく生徒もいれば、自分のことで頭がいっぱいの生徒もいます。
団体競技のスポーツや合唱、オーケストラのように、集団で行なう活動をしているとチームメイトの調子に気がつくが、授業を受けているだけの教室では気づかないというように環境の差も影響します。
共感力が高いか、低いかは、生まれつきの差もありますが、それ以上に育った環境に影響されるように思えます。
■小説や歴史が「人間性」に対する洞察を生む
共感力を育てるためには、いろいろな経験をすることが大事です。いつもスマホやPCを見て一人で行動するのでなく、スポーツやイベントなどで協力したり、コミュニケーションを取ったりする経験をすること。
それによって仲間がどう感じているか知ることができます。実際の経験は大事ですが、そのほか小説やドキュメントで背景や登場人物の思考や行動を知るのも効果があります。
私は子どものころから小説や歴史を読むのが好きで、自分では経験していない栄光や悲惨、恋愛や友情を、本を通じて知っていたことが「人間性」に対する洞察を生んだように思えます。
社会に出て、いろいろな職場で働きましたが、強い仲間意識で結ばれていた職場もありますが、あまり親しくならず、淡々と過ごした職場もありました。
その差はもちろん、チームの仲間との相性、仕事が厳しかったかどうかなど、さまざまな要因がありますが、リーダーのあり方も大きく影響しました。
部下思いで部下の公私の状況を把握し、何気なく気配りしてくれるリーダーのもとでは仲間意識が高まり、自分の業績と評価に頭がいっぱいの上司のもとでは、みんなの心はバラバラでした。
古いタイプのリーダーは大きな権力と影響力を持って部下を指導し、目標を達成させるための強い意志や闘争心を持つことが期待されていました。
■普段は「淡い交わり」でいながら、困難な状況には手をさしのべる
しかし最近は、そうしたトップダウン型のリーダーではなく、チームメンバーの困難を除き、面倒を見るサーバント型リーダーや、メンバーに当事者意識を持って目標達成に巻き込むインクルーシブ型のリーダーが成果を上げるといわれています。
こうした新しいリーダーシップには共感力が不可欠です。部下が抱えている公私の困難に共感し、それを除くために動く必要があるからです。こうしたリーダーに適した女性も多いのではないかと思います(もちろん、個人差はありますが)。
職場だけでなく、家庭でも親と子だけでなく、夫婦の間でも兄弟の間でも、たとえ解決に至らなくても、お互いの困難を思いやり、共感することで、絆は強くなっていくはずです。
ただ、現代ではこの共感力は、やや危機的状況にあります。
現代のように人々が自由を求める社会では、他人への思いやりは「干渉」として、むしろうとまれかねないからです。
「困っている状況を人に知られたくない」「その人の『自己責任』で他人は関係ない」「個人情報はお互いに詮索しないように」という風潮が強くなり、共感力が育つ機会が減少しています。
べたべた束縛する関係をつくれというのではありません。普段は「淡い交わり」でいながら、いざ困難な状況になった人にはそっと手をさしのべる……そんな関係が広がっていけば、この世は温かく住みやすくなります。
■同じ苦しみを抱える人に共感することで救われる
どんなに苦しく厳しい状況にある人を見ても、「自分とは関係がない他人事」と思う人と、たとえその課題を解決できなくても、「大変だな」と共感し、「自分に何かできることはないか」と考える人がいます。
「共感したって、具体的行動をしなければなんの役にも立たないよ」と批判されるかもしれませんが、「誰かが自分の苦しみを知ってくれている」とわかれば、それだけで苦しみが少し和らぎます。「共感の力」は偉大なのです。
難病に苦しむ患者の会、子どもを失った親の会、犯罪被害者の会など、理不尽な不幸に遭ってやり場のない悲しみや怒りに苦しんでいる人たちが、同じような境遇の人に出会い、この不幸に見舞われているのは自分だけではないと知るだけで、自分も頑張ろうという勇気が湧いてくるそうです。同じ苦しみを抱える人に共感することで救われるのです。
共感は、苦しむ個人の気持ちを癒すだけでなく、勇気づけ、苦しみや困難に打ち勝つ力を与えてくれます。
「人間は生まれてくるときも一人、死ぬときも一人。そう達観すれば、生きているときに一人であることをさびしがることはない」といわれます。
たしかにそうなのですが、ほとんどの人は、自分の努力を、あるいは苦しさや理不尽な仕打ちに耐えていることを知ってもらいたい、認められたい……と願っています。
自分が何をしても、どうなっても誰も関心を持ってくれないのだと思うと、深い孤独感にとらわれてしまいます。
■「自分を励ます一番いい方法は人を励ますことだ」
私も20代のころ、長女の子育てをしている駆け出しの公務員で、仕事にも子育てにも自信が持てず、「自分はどうなっていくのだろう」「力がないから子育ても仕事も両方は無理かな」と、将来が見えず苦しんでいました。
そのとき、「大変なのによく頑張っているね」と声をかけてくれた人に、どれだけ救われたことでしょうか。
若いときは、物事を成し遂げるのに大事なのは自己実現の意欲や上昇意欲だと考えていましたが、長い人生を生きてきて、いまは共感の力が社会活動、経済活動の源になるのだと思うようになりました。
宮沢賢治の「雨にも負けず……」の詩も、「飢饉の夏はおろおろとするだけでなんの役にも立てないけど、人々の苦しみに寄り添う存在がじつは大事なのだ」と伝えてくれます。
私は、これからのリーダーは「3つのS」――sympathy(シンパシー〈共感〉)、share(シェア〈分かち合い〉)、support(サポート〈助け合い〉)し合うことが大事だと考えています。
大きな課題や目標を他人事だと思わず仲間とshareする、お互いに力を出し合い補い合って取り組む(support)、そして何よりも困っている人、苦しんでいる人に共感する(sympathy)、この3つのSです。
この3つとも、困っている人、苦しんでいる人への共感が背景にあります。それがエネルギーの源になるのではないかと思います。
「自分なんて何もできない」「誰からも必要とされていない」「人に迷惑をかけないのが一番」などという気分になると、穴に引きこもりたくなりますが、おそらくそうした3つのSがあれば、どれだけ歳を重ねてもやるべきことがたくさん見つかって、生涯現役でいられるのではないかと期待しています。
共感する力は、自分に生きる力を与えます。アメリカの文豪マーク・トウェインも「自分を励ます一番いい方法は人を励ますことだ」と、素敵な言葉を遺しています。
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昭和女子大学総長
1946年、富山県生まれ。東京大学卒業後、総理府(現内閣府)に入省。内閣総理大臣官房男女共同参画室長。埼玉県副知事。在オーストラリア連邦ブリスベン日本国総領事。2001年、内閣府初代男女共同参画局長を務め、2003年に退官。2004年、昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長。2007年に同大学学長、2014年理事長、2016年総長。2023年に理事長退任。著書に300万部を超えるベストセラーの『女性の品格』(PHP研究所)のほか『70歳のたしなみ』(小学館)など多数。
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(昭和女子大学総長 坂東 眞理子)
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